14 嘘


 亮介と冬坂さんの二人は駅に着くと電車に乗った。

 僕たちも同じ電車の違う車両に乗り込む。

 そして繁華街のある大きな駅で降りた。


 二人はパフェを食べたり、雑貨屋を巡ったりしてデートを楽しんでいた。

 そんな二人とは対照的に、僕たちは楽しくない尾行をしている。

 特に危険なこともなく、ただただ楽しいデートを見せ付けられるというは、まさに苦行。

 美波の様子を伺うと、二人を羨ましそうな顔で見ていた。


 やがて二人は静かな公園に入っていく。

 休憩でもするのかなと見ていると、亮介はスマホを取り出してどこかに行ってしまう。

 冬坂さんは一人でぽつんと取り残されてしまった。

 しばらくすると、違う学校の男二人組みが冬坂さんに話しかけた。


 冬坂さんと男二人組は知り合いではない感じ。

 どうやらナンパのようだ。

 冬坂さんは身を縮こまらせて、男二人組の誘いを断っている。

 だが、嫌がる冬坂さんを執拗に男二人組は誘っていた。


「あれ、まずくない?」


 美波が呟く。


「すぐに亮介が戻ってくるよ……」


 僕は亮介が姿を消した方を見る。

 しかし、亮介の姿は見えない。いったい、どこへ行ったのだろう。

 僕たちが隠れて見てる間も、冬坂さんに言い寄る男二人組の行動はエスカレートしていた。

 腕を掴み無理やりに引っ張って行こうとしている。

 ナンパというか拉致でもする勢いだ。


「やめてください!」


 冬坂さんの嫌がる声が響く。

 僕たち以外には誰も公園にいない。

 おそらく男二人組は周りに誰もいないことを分かっている。

 だから強引な行動に出ているのだろう。


 冬坂さんを助けられるのは僕たちか、どこかに行った亮介以外にはいない。

 しかし僕たちは尾行中のため、助けに入ることはできない。

 今、冬坂さんを助けるべきなのは亮介なのだ。

 だが亮介は肝心な時にいない。


 僕は亮介に怒りを覚えた。

 こんなことでは冬坂さんの命を守ることなんてできない。

 僕の代わりに彼女を守ってくれると思ったから、身を引いたのに。

 亮介は冬坂さんに死の危険が迫っていることを知らない。

 僕が亮介に不満を抱くのは、お門違いだと分かってはいる。

 だが、そう思わずにはいられなかった。


「ねえ、あいつナイフ持ってない?」


 ミオンが顔を青ざめさせて呟いた。

 距離と光の加減でよく見えないが、男の一人の手に何かが握られている。

 西日に反射して手元が銀色に光った。

 その瞬間、僕は飛び出していた。


「あっ……」


 背中に美波の声が小さく響く。

 なぜかその声には悲しみを感じた。

 だが僕は振り返らずに、冬坂さんの元にかけた。


「おい、やめろ! 嫌がってるだろ」


 僕は冬坂さんと男二人組の間に割って入った。


「……春岡くん」


 冬坂さんは驚いて目を見開いていた。

 男二人組は不愉快そうに顔をしかめる。


「は? なんだよお前。邪魔すんなよ」


 男二人組がにらみつけてきた。

 何かスポーツでもやっているのか、僕よりも体格が良い。

 ミオンも僕の隣にならび、男二人組をにらみ返している。

 しかし、ミオンの姿は僕以外には見えないのであまり意味はない。

 もし意味があるとしたら、少しだけ僕に勇気を与えてくれたということだけだ。


「彼女には恋人がいる。だから諦めろ」


 臆することなく僕は言い放った。


「ふーん、そうなんだ。でもその言い方だと、お前がその恋人ってわけじゃないよな?」


「ああ、そうだ。たまたま変な奴らに絡まれてるを見かけて助けに入っただけ。

 僕は彼女の友達」


「その恋人も今はいないみたいだし。

 少しぐらい俺達と遊んでくれても良いじゃん?」


「もうすぐ戻ってくる。だから無理」

「もうすぐってどこにも見当たらないけど? フラれちゃったんじゃない?」


 男二人組はキョロキョロと周りを見て、ぎゃははと笑った。


「ねえ、こんなお友達なんかほっといて、俺達と遊ぼう? ねえ?」


 男の一人が後ろの冬坂さんに手を伸ばす。


「やめろ! 彼女に触るな!」


 僕は男の手を払いのけた。


「いってーな。暴力はんたーい」

「そっちこそ。ナイフで脅すのはどうかと思うけど?」

「……え?」「……は?」


 男二人組は一瞬だけ、間の抜けた顔をしてお互いの顔を見た。


「ナイフ? そんなの持ってねーけど? もしかして……これのこと?」


 男は手に持っていたモノを開いて見せる。


「このチョコバーのこと言ってる?」


 銀色の包装をされた長方形のチョコ菓子。


「あっれー、ナイフじゃなかったね。ワタシの見間違いだった、あはは……」


 ミオンが笑って誤魔化した。

 男二人組も笑い、後ろの冬坂さんもくすくすと笑い出す。

 僕は恥ずかしくなる。ミオンにそそのかされた。


「遠目だと、ナイフに見えたんだんよ!」


 険悪だった雰囲気が一転して笑いに包まれた。

 そこに亮介がやってくる。


「おーい、なに談笑してんだよ。ちゃんと演技しろよな」

「お、亮介。わりぃわりぃ。めっちゃおもろかったから、つい」


 そう言って、男二人組と亮介は仲良さそうに話を始めた。

 どうやら亮介の知り合いのようだ。


「演技って? どういうこと?」


 まさかと思いつつも僕は亮介に訊ねた。


「こいつらは、俺がお願いして演技してもらってたんだ」

「悪かったな春岡くん。でもチョコバーをナイフに見間違えたのはマジでうけた」

「…………」


 僕は呆然とする。

 そして男二人組は楽しそうに裏話を始める。


「で、お前なんでチョコバーなんか握ってたんだよ? おかしーだろ?」


「いやー演技するのって緊張するからさ。糖分摂ろうと思って。

 でも、なんか食べるタイミングを逃しちゃって、あはは」


「ぜってー、そのチョコ体温で溶けてる」


「だよな? でも食えなくはないから平気平気」


 男二人組の平和な会話。

 さきほどまでの雰囲気とは全然違う。悪い人たちには思えない。

 やはり演技だったのだ。


「じゃあ、俺達はもう行っていいんだよな?」

「ああ、サンキュ。今度なんかおごる」

「おう!」


 そう言って和やかな雰囲気で男二人組は去っていった。


「ごめんなさい春岡くん」


 いきなり冬坂さんは僕に謝罪した。

 謝るということは、冬坂さんも今回の件を知っていたのだろう。

 僕は騙されたことの怒りよりも安堵していた。

 それは冬坂さんが怖がっていたのが演技だと分かったからだ。

 本気で怖がっていたのではないと分かり、少しほっとする。


「それで、なんでこんなことをしたの?」


 僕は亮介に訊ねた。

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