13 役割


 朝、いつものように冬坂さんと学校へ向かう。

 だが、今日はそれにプラスして亮介がいた。

 亮介と冬坂さんは恋人になったのだから、一緒にいても別におかしくはない。

 なんとなく邪魔をしてはいけないと思い、僕は二人の一歩後ろを歩いていた。

 亮介が会話をリードして二人は楽しそうにしている。

 時折、僕にも話を振るが、だいたい一言を返して終わる。


「あーあ、秋野くんに詩音を取られちゃった」


 ミオンが隣で呟く。僕は返事をせずに視線だけを向ける。


「カズキはこれで用無しだね。守ることも抱くことも全部、秋野くんがやるんだから。

 もう詩音の近くにいる必要はないんじゃない?」


「…………」


 ミオンの言う通りだ。

 亮介がいれば、僕はいらない。

 僕が冬坂さんをわざわざ守る必要はない。亮介が守れば済む話。

 肩の荷が下りて楽になったはずなのに、どうしてか喜べない。

 心にぽっかりと穴が空いたみたいだ。


「ねえ、カズキ。約束を覚えてる?」

「なんの?」


 僕は小さく答える。


「カズキが詩音を助けられない、もう無理だと思ったらエッチをするって話。

 秋野くんに役割を取られたってことは、もうカズキは詩音を守れない。

 つまり失敗したってことだよね?」


「失敗じゃないよ。ただ僕の仕事がなくなっただけ」

「それってもう諦めたってことだよね?」

「諦めたんじゃないよ。僕がやる必要がなくなった」


 亮介が僕の代わりになったのだ。


「約束の条件はカズキが詩音を守ることだよ。

 秋野くんが守ったら、それは条件とは違う。

 つまり失敗。だからカズキはエッチしないといけない。約束したよね?」


「……失敗。まあ、そうかもね。

 僕の役割は終わった。あとは全部亮介がやればいいことだし。

 約束はしたけど、亮介がやってくれるよ。きっと」


「ダメ、ちゃんと約束を守って。いますぐ詩音とエッチして」


 なぜかミオンはしつこく迫ってくる。


「冬坂さんには恋人がいるからできないよ」

「カズキの嘘つき」

「別に嘘じゃ……」

「嘘つき嘘つき、嘘つき嘘つき嘘つき」

「――もう、うるさいな!」


 僕はつい大声で言い返してしまっていた。

 前を歩いていた二人が驚いて振り返る。


「どうした和樹?」

「春岡くん?」

「あ、いや。虫が飛んでて、うっとおしかっただけ。気にしないで、あはは……」


 そう言って、虫を追い払うジェスチャーをして誤魔化した。

 ミオンは僕をにらみつけると、どこかに行ってしまった



 それから数日、学校でも冬坂さんと亮介はいつも一緒だった。

 最初の頃は僕も二人に混じって会話をしていた。

 けれど、だんだんと居づらくなり、遠くで二人を見守ることが多くなった。

 亮介は話題が豊富で、いつも冬坂さんを楽しませていた。


 僕と一緒の時よりも、亮介と一緒の方が冬坂さんの笑顔が多い気がする。

 そんな二人の空間に、僕が入って邪魔するのは申し訳ない。

 そして、僕はいつしか冬坂さんを守ることをやめていた。

 ミオンも僕の側にいることが少なくなり、代わりに亮介の側にいることが多くなった。

 僕の役割は終わり、ミオンに見限られつつあった。



 放課後、教室を出たところで美波に呼び止めれた。


「和樹、ちょっと良い?」

「え? なに?」

「こっちに来て」


 美波に袖を引っ張られて、廊下の隅に移動する。


「今日、秋野と冬坂さんがデートするんだけど。後をつけない?」


 美波から予想外の提案を受けた。


「いや、そういうのは良くないでしょ」


 折角のデートを邪魔するのも無粋な話だ。

 それに、なんでそんなことをするのかも分からない。

 後をつけるぐらいなら、一緒に遊べばいい。


「大丈夫大丈夫。気付かれなければ問題ないから、ね?」

「……うーん」


 僕はあまり乗り気にはなれなかった。

 どう言って断ろうかと考えていると、そこにミオンが現れて耳打ちをしてくる。


「なんだか嫌な予感がする。もしかしたら今日かも……」


 深刻な表情をミオンは浮かべていた。


 ――今日かもしれない。


 つまり冬坂さんの死が今日かもしれないと、ミオンは言っている。

 ミオンは自分の死の瞬間のことを覚えていない。

 だが、こうして不安を口にするということは何かを感じたのだろう。


 ミオンの声を聞くことができるのは僕だけ。

 たとえミオンが亮介の側にいたとしても、亮介に声は届かない。

 ミオンが頼れるのは僕しかない。

 正直、尾行は乗り気ではない。

 しかし、冬坂さんの命が掛かっているのならば、放ってはおけない。


「ね? 行こう?」

「……分かった」


 ミオンに背中を押される形で、デートの尾行をすることになった。

 そのまま廊下の隅に姿を隠して、亮介と冬坂さんが教室を出て行くのを見送る。

 二人に気付かれない距離を保ちつつ、僕と美波、それとミオンは尾行する。


 僕はなんだか懐かしい気持ちになっていた。

 冬坂さんを尾行するのは、ミオンと出会ってから一番最初にやったことだ。

 影ながら彼女を守ろうとしたけど、早々に無理だと諦めて、冬坂さんと友達になり隣を歩くようになった。


 こうしてまた尾行をすることになるとは思いもしなかった

 以前はミオンと二人きりだったが、今は美波もいる。

 尾行をする対象も亮介が増えている。

 ずいぶんと大所帯になったものだ。

 と感慨にふけり、ふと笑みが漏れた。

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