12 休日


「あの感じ。……夏川と話をつけたんだな」


 休み時間、ぼそりと亮介が話しかけてきた。

 その視線の先には、美波と冬坂さんが楽しそうにおしゃべりをしている。

 前日までは、二人が話すということはほとんどなかった。

 急な変化にクラスメイトたちも困惑気味だが、静かに二人を見守っている。

 その様子を見て何かが変化したことに亮介は気が付いたらしい。


 二人が仲良くしていれば、クラスメイト達の誤解もすぐに解けるだろう。

 美波が約束を守って行動してくれていることに、少しほっとした。


「まあね」

「もしかして、お前らマジで付き合い始めた?」


 勘の良い亮介だが、その予想はハズレ。


「いや、冬坂さんとは付き合ってないってことを、ちゃんと説明しただけ」

「……ふーん。じゃあお前、どっちとも付き合ってないんだな」


 まるでどちらかと付き合った方が良いみたいな言い方だ。

 高校生ぐらいだと、恋人がいることがステータスになる。

 お互いにそれほど好きでもないのに、ステータスのために恋人を続けている人達も割りといる。

 僕にはまったく興味がない話だけど……。


「そうだね」


 僕が頷くと、亮介は真剣な表情で訊いてくる。


「じゃあさ、俺がコクっても良いんだよな?」

「……マジ?」

「良いんだよな?」


 亮介が念を押してくる。

 どうやら亮介は本気で、冬坂さんへの告白を考えているようだ。


「うん、良いよ。僕がそれを拒否する権利はないし」


 むしろ亮介と冬坂さんが恋人になることは、良いこと尽くめのように思う。

 美波と交わした約束「冬坂さんを好きにならない」を守ることにも繋がる。

「好きにならない」はつまるところ「恋人にならない」と同義。

 亮介が恋人になれば、自然とその可能性は消える。美波もきっと安心する。


 それに、亮介と冬坂さんが肉体関係を結べは、ミオンの願いも成就する。

 冬坂さんの死を回避できなかった場合の保険になる。

 悪いことはなにも無いように思えた。


「そっか、ならついでに手伝ってくれねーか?」

「手伝い? なんの?」

「告白する前に一回遊びに行く。それから告白しようと思う」

「なるほど。その遊びに僕もついてこいってワケね」


 現時点で冬坂さんと一番仲が良いのは、たぶん僕だ。

 僕と一緒ならば冬坂さんを遊びに誘いやすいということだろう。


「ああ、いきなり二人っきりで遊ぶのハードルが高い。だからまずは数人で。

 そうだな……。俺と和樹、あと夏川と冬坂。この四人でどうだ?」


「良いと思う」


 男女の比率もちょうど良い。

 それに亮介が告白することを美波に伝えれば、きっと協力してくれるはず。

 ベストな人選だと思う。


「おっけー。それじゃ善は急げってことで。

 おーい夏川、冬坂も。ちょっといいか?」


 そう言って、亮介は冬坂さんと美波の方に近づいていった。

 お前も来いと手招きをされて、僕もその後に続く。

 そして、僕たちは今度の休みに4人で遊ぶことになった。



 休日、僕たちはボウリング場にやって来ていた。

 メンバーは僕と亮介、美波と冬坂さんの4人。それとおまけのミオン。

 まずはボウリングをやって、そのあとに併設されているゲームコーナーで遊ぶ予定。


「美波は告白のことを知ってるの?」


 ハウスボールを選びながら、僕は亮介に訊ねた。

 美波と冬坂さんは少し離れた場所にいるので、この会話は聞こえていない。


「ん? ああ。……言ってないな」

「じゃあさ、美波にも言って手伝ってもらうのはどうかな?」

「うーん、そうだな……」


 亮介は考え込む。


「美波に手伝ってもらえれば、フォローもしやすいし。

 それに二人きりにして、告白のチャンスも作れると思う」


「手伝ってくれとは言ったが、そこまで気を使わなくてもいいぞ?

 今日4人で遊べるだけで俺は満足してるんだからさ。

 別に告白も今日するって決めてるわけじゃねえし」


「告白するのなら早い方が良いよ。

 それに遠慮はいらないから。

 ……もし迷惑って思うならやらないけど?」


「いや、迷惑じゃねぇけど……」


 少し困ったように頭を掻く亮介。


「美波が告白のことを後から知ったら、怒るんじゃない?」

「そうか?」


「怒るまではいかないかもしれないけど。

 どうして教えてくれなかったの? ぐらいは言いそう。だからさ」


「まあ、お前に任せる。お前の好きなようにやってくれて構わない。

 別に邪魔したければ、しても良いからな?」


 そう言って亮介は笑った。


「え? いや、邪魔なんてするつもりはないよ」


 もしかしたら亮介は、僕が冬坂さんを好きだと疑っているのかもしれない。


「……ふーん、そうか」

「じゃあ、好きにやらせてもらうからね」

「ああ、どうぞお好きに」


 亮介の許可を取りつけた。

 僕は美波に告白のことを伝えて協力をしてもらうつもりだ。

 美波を探すと、すでにボール選びを終えてレーン脇の椅子に一人で座っていた。

 僕はボールを持って美波の元に向かう。

 すると、ミオンが話しかけてきた。


「ねえカズキ、ほんとに手伝うの? それで良いの?」

「ああ、そのつもりだけど? 何か問題でもある?」


 ミオンの声に否定的な意味合いを感じて質問をした。

 僕が見逃している問題でもあるのだろうか。


「秋野くんと詩音がくっついたら、カズキは詩音とエッチができなくなる」


「まあ、そうだね。でも僕は最初から冬坂さんとそういうことをするつもりはないから。

 僕の代わりに亮介がしてくれれば、ミオンの願いが叶って良いんじゃない?」


「……ワタシ、前に言ったよね? 詩音はカズキが好きだって」


「ああ、言ってたね。

 でも、亮介と恋人になるってことは、亮介を好きになるってことだし。

 問題はないでしょ」


 ミオンの願いは好きな人に抱かれること。それが僕限定というわけではない。


「カズキは本当に……」


 ミオンは途中で言葉を切った。


「なに?」

「なんでもない。ただ変な感じがするのよね」

「変な感じ?」

「本当に秋野くんは詩音が好きなのかな?」


 ミオンは以外なことを口にする。


「え? それは間違いないよ。

 最初から亮介は冬坂さんが好きだって言ってたし」


「まあ、それなら良いんだけどね……」


 ミオンは意味ありげに頷いた。

 僕はミオンの言いたいことが良く分からなかった。

 だけど、亮介と冬坂さんがくっつくことは嫌だと思っている節がある。

 なぜかは分からないけれど……。

 もう少しミオンと話していたかったが、美波のすぐ側までやってきたので会話を打ち切った。

 ボールリターンにボールを置いた後、僕は美波の隣に座る。


「話があるんだけどいいかな?」

「うん、何? もしかしてボウリングは初めてだった?」


 あははと美波は笑う。


「いや、そうじゃなくて。美波に協力をして欲しいことがあるんだ」

「協力? 私に?」

「うん、実はさ。今日4人で遊びに来たのは、ある目的があったからなんだ」

「目的?」


 美波は小首をかしげた。


「亮介が冬坂さんに告白をするって目的。

 それの協力を美波にも手伝ってもらいたい」


「へえ、秋野が……。そっか、ふーん。

 分かった、良いよ。それで具体的には何をすればいいの?」


「具体的にすることはないね。

 なるべく二人が会話できるようにアシストするぐらいかな」


「おっけー。あんまり不自然にならないようにするね」


 そう軽く答えて美波は協力してくれることになった。

 すぐに冬坂さんと亮介がやってきてゲームが始まった。


 もちろん亮介と冬坂さんを隣同士の椅子に座らせた。

 そして誰かがストライクを取ったら、みんなでハイタッチをする流れを作った。

 パワーがある亮介が一番ストライクを取りやすい。

 亮介をヨイショすると同時に、亮介と冬坂さんが触れ合う機会を作った。


 美波が喉が乾いたからと、二人にジュースを買いに行かせたりもした。

 不自然にならないようにアシストをしつつも、和気あいあいとゲームは終了した。


 パワー系の亮介が一番スコアが良く。

 二位はコントロールの良い美波。

 そして三位は冬坂さん。

 僕は最下位だった。


 つまり僕のスコアはさんたんたる有様だったのだ。

 普通にプレイできれば、美波と同じぐらいのスコアにはなっていただろう。

 しかし、暇を持て余したミオンが僕の投球を邪魔をして、何回ガーターにさせるかという一人遊びを始めたため。

 僕はまるで初めてボウリングやったかのようにガーターを連発した。


 亮介と美波が僕のへっぽこぶりを笑うなか、冬坂さんだけは違った。

 僕にだけ聞こえるように「ミオンのせいですよね?」とフォローしてくれた。

 冬坂さんだけは、ちゃんと分かってくれたみたいで嬉しかった。



 ボウリングを終えた僕たちはゲームコーナーへと移動する。

 始めはみんなでレースゲームやエアホッケーを遊んだ。

 しらばくして2対2に分かれる。僕と美波、亮介と冬坂さんだ。


 僕と美波は、亮介たちの様子を遠巻きに眺めていた。

 しばらく見ていたが、亮介が告白した気配はなかった。

 しかし、解散になる直前に亮介が口を開いた。


「一応お前らには言っておこうと思うんだが……」


 そう言って亮介は冬坂さんを見る。冬坂さんは無言で頷く。


「俺達、付き合うことになったから」


 亮介は少し照れくさそうに言った。

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