11 仲直り
翌朝、僕はいつもの1時間前に家を出た。
そして学校の最寄り駅で冬坂さんが来るのを待っていた。
ミオンは無言で僕の隣に立っている。
いつもはくだらないセクハラを言って場を和ませてくれるのだが、今日に限ってはなにも言わない。
ミオンは昨日からほとんど口を利かなくなっていた。
むすっとしたままで僕と視線を合わせもしない。
どうも昨日の出来事が不満らしい。
気まずい雰囲気の中で待っていると、冬坂さんがやって来た。
彼女は改札を抜けると、チラリと僕に視線を向けた。
しかし、何も見てなかったかのようにスタスタと一人で歩き始めた。
僕は彼女へ走り寄る。
「おはよう冬坂さん。今日も早いね」
「…………」
「こんなに早いと起きるの大変じゃない?」
「…………」
「もっとゆっくりすれば良いのに。前と同じ時間に戻すとかさ」
「…………」
顔を背けたまま歩く冬坂さん。
僕は完全に無視をされていた。
なんだか自分が幽霊にでもなった気分だ。
ミオンはいつもこんな感じなのだろうかと、ふとそんなことを思った。
それでも僕はめげずに話しかけた。
「もう、無理に無視しなくて大丈夫だよ。
夏川美波と僕はもう恋人じゃなくなったから。
と言っても、最初から恋人じゃなかったんだけどね。
美波が勝手に言いふらしてただけなんだ」
「……春岡くんと夏川さんが恋人か、そうじゃないかは私に関係ないことです」
前を向いたままだったが、冬坂さんはやっと答えてくれた。
「関係大ありだよ。
クラスのみんなは僕と美波が付き合ってると思っていた。
それなのに僕と冬坂さんはいつも一緒にいる。
だから冬坂さんが僕を奪おうとしてるみたいな変な空気になってたんだ。
みんなの誤解を解くように美波にお願いしたから、もう冬坂さんが仲間ハズレみたいになることはないよ」
「そうですか。ありがとうございます」
まだ冬坂さんの態度はそっけない。
「だから、また前みたいに一緒にいても平気。問題はなくなったから」
「…………」
冬坂さんは答えない。
それは暗に嫌だと、僕と一緒にいたくないと言っているに等しかった。
「冬坂さん、怒ってる?」
「別に、怒ってません」
態度が明らかに怒っている。
僕はミオンに視線で助けを求めた。
ミオンは深いため息を吐いて理由を説明する。
「『僕と冬坂さんが付き合うなんてことは絶対にない』ってカズキが言ったから怒ってるの」
そんなことも分からないのと、ミオンは吐き捨てた。
「…………」
男女で仲良くなったら、恋人にならないといけないというルールはない。
ずっと友達のままでもいいはずだ。
実際に、僕はそれで良いと思ってる。
けれど冬坂さんは、そうは思っていないらしい。
「ごめん、昨日のあれは売り言葉に買い言葉で、つい口走っただけで……」
「だから、別に怒ってませんから」
言葉では否定しているが、まだ口調は怒っている。
このまま押し問答を続けても埒が明かない。
一先ずは、冬坂さんに合わせて話を進めよう。
「分かった。怒ってない。なら隣を歩いても構わないよね?」
「春岡くんこそ、無理に私と一緒にいる必要はありませんよ」
「別に、無理なんか……」
「じゃあ、聞きますけど。どうして春岡くんは私と一緒にるんですか?
私なんか好きでもなんでもないのに、どうして?」
「…………」
すぐに答えることはできなかった。
どう答えるのが正解かも分からない。
本当のことは言えないし。
……いや、待てよ。
本当のことを言ってはいけないというルールはない。
幽霊のことや未来のことを誰かに言ってはいけないと、僕が勝手に思い込んでいただけだ。
むしろ言ってしまって本人に危険を知らせた方が、良いかもしれない。
「理由がないのなら、一緒にいる必要はありませんよね?」
冬坂さんは今日、初めて僕の顔を見た。
「……理由はある。信じてもらえるかは分からないけど」
「なんですか?」
「ちょっと待って。今、確認する」
そう言って、僕はミオンに視線を向ける。
「ミオンのことを言ったらまずいかな?」
「え? まさか正直に言うつもりなの?」
ミオンは驚いて僕と冬坂さんを見比べていた。
もちろん冬坂さんも驚いている。
いきなり僕が何もない空間に話しかけたからだ。
冬坂さんにはミオンが見えていない。
ミオンは僕にしか見ること話すこともできない。
「その方が良いじゃないかと思ったけど。ダメかな?」
僕の質問にしばらく考えてから、ミオンは答える。
「……うーん。別に言っちゃダメっていう制約はないよ。
でも、ワタシが未来からきた冬坂詩音だってことは内緒にして欲しいかな。
あれやこれやと訊かれても面倒なだけだし。
あともうすぐ自分が死ぬってことも黙っておいて。
知ったとしても、どうせ回避はできない。不安にさせるだけ。
ワタシのことは、そこらへんの幽霊ってことにしておいてくれれば言っても良いよ」
「なるほど、分かった」
ミオンとの話がついて、再び視線を冬坂さんに戻す。
「……今、幽霊と?」
恐る恐るといった感じに、冬坂さんが訊ねてくる。
「うん、実は僕、幽霊に取り憑かれているんだ」
「…………」
「前に幽霊を見た話をしたよね。
ほら、授業中に窓の外を落ちていく幽霊を見たって。
その幽霊に取り憑かれる」
「…………」
冬坂さんはミオンのいる場所をチラチラと見ている。
「あ、別に悪い幽霊じゃないから安心して。
その幽霊はミオンって名前なんだけど。
なんだか冬坂さんのことが好きみたいでさ。
近くにいたい近くにいたいって、僕にお願いしてくるんだ」
ミオンの正体と冬坂さんの死は秘密にしつつ、適当な理由をでっちあげた。
近くにいたいという気持ちがあるのは、あながち間違いではない。
それとミオンが僕の側から離れられないという制約はない。
僕から離れて自由に行動することは可能だ。
しかし、それだと僕が冬坂さんの近くにいる理由にはならないので、あえて制約がある風を装うことにした。
ミオンは納得がいかず首をひねっていたが、文句は言ってこなかった。
「ミオン、さん。……私と似た名前ですね」
「ああ、そういえば似てるね。だからシンパシーを感じてるのかも」
未来から来た詩音でミオン。それが名前の由来。
似ていて当たり前だが、知らないフリをした方がいいと判断した。
「しらじらしい」とミオンがツッコミを入れるが無視。
ミオンも少しずつ、いつもの調子を取り戻しつつあった。
「どういう幽霊なんですか? その、見た目とか性格とかは?」
冬坂さんはミオンに興味津々のようだ。
「ワタシの正体は言わないでよ」とミオンが念を押してくる。
「分かってるよ」と僕は頷いてから、冬坂さんの質問に答える。
「うちの学校の女子の制服を着てる。
性格は冬坂さんとは、ぜんぜん違うね。正反対」
「ま、同一人物なんだけどね」とミオンが笑って付け足す。
「それで、そのミオンさんのために?」
「うん、それが冬坂さんと一緒にいたい理由」
「ねえカズキ。さん付けをやめるように、詩音に言って」とミオンが注文をつける。
過去の自分にさん付けされるのは、むずがゆいのだろうか。
僕はその経験がないので、良く分からないが……。
特に困ることもないので、ミオンの注文をきく。
「あ、ミオンさんじゃなくて。ミオンって呼んで欲しいみたい」
「分かりました。ミオンですね。
それで、ミオンはそこに? いるんですよね?」
冬坂さんがミオンのいる場所に視線を向ける。
「うん、いるよ。ミオンって呼ばれて嬉しそうに笑ってる」
「捏造すんな! 別に嬉しくないから」とミオンは怒っていた。
冬坂さんにはミオンが悪霊ではないことをアピールしないと、気味悪がられてしまうので、多少の味付けは必要だ。
もし気味悪がられたら、冬坂さんの近くに僕がいられなくなってしまう。
それだけは回避しなければならない。
「ミオンは私のどこが好きなんですか?」
「…………」
冬坂さんに質問されるも、ミオンは黙ったままだ。
冬坂さんはミオンが見えないし、声も聞こえない。
なので僕に視線を向けて通訳をお願いしてくる。
「ミオン、質問されてるよ。冬坂さんのどこが好きなんだ?」
「……ワタシは詩音が好きだなんて一言も言ってない。
カズキが勝手に言ったんだから、自分で処理しなさいよ」
ミオンは知らんぷりをする。
たしかに自分で自分の好きなところを言うのは難しい。
ここは僕が適当に理由を考えるしかない。
「ああ、うんうん。なるほどなるほど。
ミオンは冬坂さんの女性らしいところが好きだってさ」
「女性らしいところ、ですか?」
冬坂さんはピンと来ていない様子。
「うん、ミオンは冬坂さんと性格が正反対でさ。
だから、冬坂さんみたいな人に憧れてるみたいなんだよ」
「なに適当なこといってんのよ! そいつもワタシなの! 憧れてるわけないでしょ」とミオンはクレームを入れてくる。
だが僕はそのクレームを無視する。
もしそのクレームを受け入れたら、ミオンが冬坂さんの幽霊だと言わなくてはいけなくなる。
ミオンが自分で正体を隠して欲しいと言ったくせに、まったく注文が多すぎる。
「そんなことを言われたのは初めてです。
とても嬉しいです。ありがとうミオン」
冬坂さんはミオンにお礼をするが、ミオンはぷいっと顔を背けて照れくさそうにしている。
「ミオンはとっても喜んでるよ」
ミオンを見えない冬坂さんに嘘の実況をする。
「喜んでない」とミオンは小さく反論していたが、僕はそれを冬坂さんには伝えない。
あくまでミオンと冬坂さんは別人だという設定を貫く。
「それで、これからも冬坂さんの近くにいたいんだけど、いいかな?」
話の主題をぐいっと戻す。
そもそもミオンの話をしたのは、僕が冬坂さんの側にいる理由を説明するため。
これで冬坂さんを説得できただろうか?
「……はい。理由があるのなら一緒にいても構いません。
ミオンのためならしかたないですもんね」
そう言って冬坂さんは微笑んでくれた。
一時はどうなるかと思ったけど、なんとか丸く収められた。
これでまた冬坂さんの近くにいることができる。
「良かったなミオン。――わーいわーい、ワタシ今、最高に幸せ。とってもハッピー」
僕は勝手にミオンの心の声を代弁した。
「うえ、キモ」とミオンは顔を歪める。
そんなミオンとは反対に、冬坂さんは笑っていた。
「それでさ。ミオンのことは秘密にしてもらえるかな?
ほら、幽霊が見えるとかって、普通の人からは気味悪がられちゃうし」
「ええ、いいですよ。二人だけの秘密ですね」
「ありがとう、助かるよ」
こうして僕は冬坂さんとの関係を修復させた。
ミオンは口では文句を言うが、本気で嫌がっている様子はない。
僕と冬坂さんの関係が戻ることは、ミオンにとっても悪いことではない。
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