03 幽霊
授業中、僕はなんとなく窓の外を眺めていた。
昨日の放課後に見た影が、どうも心に引っかかっていた。
あの時は鳥か何かだと思ったけど、もっと大きかった気がする。
そんな思いを僕が抱いていると、それは突然にやってきた。
――窓の外。
黒い影が落ちる。
制服を着た。
髪の長い。
人間――。
「…………」
僕は思わず椅子から立ち上がっていた。
先生とクラスメイトたちが不思議そうに僕を見ている。
「春岡、なにか質問か? それとも具合が悪いのか?」
「い、今、人が……」
声が震えていた。
「人? 人がどうした?」
先生が怪訝な様子で聞き返した。
「今、人が窓の外を落ちていきました」
僕がそう言うと、教室中が一気に騒がしくなった。
「お前見たか?」「見てない」「どうせ鳥だろ」「飛び降りか」「授業中止だ」
野次馬のごとく窓際に、生徒たちが集まる。
「おーい席に戻れ。先生が確認するから!」
先生がベランダに出て下を覗く。
「……何もなかった。授業やるぞー」
先生がそう言うと、生徒たちは残念そうな声を上げた。
そして何事もなく授業は再開された。
クラスメイトの小さな笑い声が、僕の耳に残った。
休み時間、僕は影の落下地点に向かった。
僕は確かに見た。女子生徒が落下していく瞬間を。
顔はよく見えなかったけど間違いない。
しかし、落下地点には何かが落ちた形跡はなかった。
僕は自分の教室を見上げて、位置を再確認する。
「ここだよな。……ん?」
ふと視線を感じた。
屋上に目を向けると、誰かが僕を見下ろしている。
すぐに体を引いて見えなくなってしまったけれど。
誰かが屋上にいた。
「……屋上か」
女子生徒はおそらく屋上から落下してきた。
屋上にいけば何かあるかもしれない。
僕は屋上に向った。
階段を登り、屋上へ出る鉄扉を開ける。
「…………」
一陣の風が吹きぬけ、一瞬だけ視界が奪われる。
目を開くと、そこには女子生徒がこちらに背を向けて立っていた。
他には誰もいない。
僕はその女子生徒に近づく。
そこで違和感を覚えた。
たしかに目で見えているが、彼女から存在感をまるで感じない。
そこにいるのに、いないような不思議な感覚。
「あのー、ちょっと良いですか?」
僕は女子生徒の背中に声を掛けた。
女子生徒が気付き、振り向く。
その瞬間、
「おい!」
肩に手を置かれ、僕は振り向かされた。
そこには血相を変えた亮介がいた。
「ああ、びっくりした。亮介か。どうしたの?」
「どうしたの、じゃねえよ。お前こそどうしたんだ?
廊下でお前が上に行くのを見たから、心配で追いかけてきた。
前の授業の時から変だったし。なんでこんな場所にいるんだよ?」
「ごめん。心配かけて。
ただ、本当に僕の見間違いだったのかを確かめたくて」
僕の答えを聞くと、亮介は安堵の笑みを浮かべる。
「……そっか。それで確かめられたのか?」
「この人なら、何かを知ってるかなと思ってさ。
今、話を聞こうとしていたところ」
「……お前、なに言ってんだ? この人って、誰だよ?」
なぜか亮介の顔色が青ざめる。
「いや、この人だよ? ……あれ?」
僕は振り返る。そこには誰もいない。
先ほどまでいた女子生徒が忽然といなくなっていた。
「おかしいな。さっきまでここに女の人がいたんだよ?
亮介は見なかった?」
「……いや、俺が屋上に来たときから、お前はずっと一人だったぜ。
それに俺は誰ともすれ違ってねえ」
「…………」
亮介には女子生徒が見えていなかった。
もしかして、僕にしか見えてない? まさか幽霊?
僕の心臓は早鐘のように打っていた。
これは恐怖というよりも、ワクワクの気持ちだ。
それから僕は女子生徒の幽霊を校内で見かけるようになった。
その度に僕の心臓はドクドクと脈打った。
なんの確信もないけれど、彼女と話が出来れば、何かが変わると思った。
平凡な僕の人生に意味が生まれる。そんな気がした。
しかし、すぐに彼女を見失って話しかけることはできなかった。
飛び飛びの映像のように、現れてはすぐに消える。
まるで僕と彼女の時空がズレを起こしているような不思議な感覚。
そのことが、さらに僕のやる気を沸き起こした。
難易度が上がれば、その分報酬も上がるのがゲームの基本。そんな風に思っていた。
幽霊と一番接近したのは、廊下の角でぶつかりそうになった時だ。
無理に避けたのでバランスを崩して、僕は転んでしまう。
すると、クラスメイトが「一人でなにしてんだ」と笑った。
そこでぶつかりそうになったのが、例の幽霊だと気付く。
だが、その時にはもう彼女は消えていた。
この時、僕は大笑いをした。
僕がおかしくなったのではと、クラスメイトが心配するぐらいに。
普段の僕はあまり笑わないから余計にビックリしただろう。
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