04 出会い


 放課後、僕は一人で校内を歩き回っていた。

 もちろん女子生徒の幽霊と出会うために。

 こんなにワクワクした気持ちになったのは久しぶりだ。

 まるで小学生時代に戻って宝探しゲームをやっている気分。

 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、すでに日が暮れ始めていた。

 諦めて自分の教室に戻ると、僕の席に女子生徒がいた。


「…………」


 僕は息を呑む。

 女子生徒は力なく机につっぷしている。

 それに存在感がない。

 僕は直感的に例の幽霊だと確信した。

 大きい音を立てたら、彼女は消えてしまうような気がする。

 だから僕は足音を殺してゆっくりと近づいた。

 心臓がうるさいぐらいに、ドキドキしている。

 僕の心臓の音で彼女が起きしまうかもと、不安に思ったが杞憂に終わった。

 ようやく彼女に手が届く位置まで僕はやってきた。


「…………」


 彼女の息遣いが聞こえる。

 今までは見ることしかできなかったが、今は彼女の音を感じている。

 僕は感動をしていた。

 ずっと聞いていたいが、そうもいかない。

 いつ邪魔が入るとも限らない。

 誰かが教室に入ってきたら、きっと彼女は消えてしまう。

 その前に、もっと彼女のことを知りたい。


「あのー、ここ僕の席なんですけど?」


 嬉しさで声が震えた。

 彼女が僕の席にいることが嬉しかった。

 人見知りの猫が自分に懐いてくれたような、そんな気持ち。

 相手は幽霊だけど……。


「……んん」


 女子生徒はゆっくりと体を起こす。そして僕を見つめた。

 僕と彼女の視線が交差する。

 

「……え?」

「……え?」


 お互いに顔を見合って、固まっていた。

 

「冬坂さん、だよね?」


 僕は恐る恐る訊ねた。

 彼女はクラスメイトの冬坂詩音と瓜二つだった。

 他人の空似という可能性もあるので、一応確認する。


「……そうだけど」


 彼女は肯定する。

 どうやら僕は冬坂さんを幽霊だと勘違いしてしまったようだ。

 なぜそんな勘違いしたのか分からないけど……。

 僕の興奮は一気に冷めていた。


「あ、ごめん」


 僕は謝った。あえて理由は言わずに。


「え? なんで謝るの?」


 彼女が理由を聞いてくる。ならば言うしかない。


「いや、冬坂さんを幽霊と勘違いしちゃって……」

「え? 勘違いじゃないよ」

「……え?」


 僕は耳を疑った。

 さらに続けて彼女は言う。


「ワタシ、幽霊だから」

「…………」


 理解が追いつかない。

 ……冬坂さんは死んでいた?

 毎日、教室に来ていたのは幽霊だった?

 いや、亮介にも冬坂さんは見えていた。

 冬坂さんが生きているのは、間違いない。

 でも目の前の冬坂さんは自分を幽霊だと言っている。

 いったい、どういうことだ?

 僕の思考はぐるぐると回る。


「それよりも、春岡くんはワタシが見えるんだよね? ね?」

「う、うん、見えるよ」


 ぐいぐいと迫ってくる冬坂さんに、僕はたじろぐ。

 冬坂さんって、こんな感じではなかったような……。


「良かったぁ。やっとワタシを認識してくれる人に出会えた。

 ずっと誰にも認識されないから、寂しかったんだ」


 彼女は喜んでいる。そして僕は混乱している。


「あのー、現状が理解できないんだけど。説明してもらえるかな?」


「あ、そうだよね。いきなり幽霊だって言われてもビックリしちゃうよね。

 ワタシの名前は冬坂詩音」


 下の名前も同じだ。同姓同名。姉や妹でもない。

 ……やはり本人か? でも、おかしい。


「ちょっと待って。冬坂さんは生きてるよ。毎日学校に来てるし。

 それに、僕以外にもちゃんと見えてた」


「……ああ、それね。

 生きてるワタシと幽霊のワタシが同時に存在してるのが、おかしいって。

 そう言いたいんだよね?」


 僕はうなずく。

 その通りだ。

 幽霊は死んだ後になるもので、死ぬ前に存在しては時系列がおかしい。


「実はワタシ。未来からタイムスリップしてきたの」

「タイムスリップ!?」


 いきなりSFちっくな単語が出てきて驚いた。


「そう。未来でワタシは死んだ。それで幽霊になって過去に飛んできた。

 生きてるワタシが別にいるのは、それが理由ね」


 なるほど。霊体だけがタイムスリップして来たのか。

 僕はそこであることに気付く。


「冬坂さんと、君は見た目がほとんど同じだ。

 五年後や十年後の遠い未来の冬坂さんって、感じはしない。

 だとすれば、もうすぐ冬坂さんは死ぬってこと?」


「あ、気付いた? その通り! もうすぐこの世界のワタシは死ぬ。大正解!」


 まるでクイズに正解したように彼女は明るく言う。

 彼女のキャラに戸惑いつつも僕は話を続ける。


「……だとしたら君は、自分の死を回避するために。

 未来を変えるために、過去に戻ってきた。

 そういうことだよね?」


 タイムスリップといえば、過去改変が物語の定番だ。


「ううん、違う。別に死んでも良いんだけど。

 ヤり残したことがあるから戻ってきた、の方が正解かな。

 でも、過去のワタシはワタシを見えないから困ってた。

 それにワタシは物に触れない。ワタシ一人じゃ何もできない。

 だから、学校をうろついてワタシのことが見える人を探してたってワケ。

 春岡くんがワタシを見つけてくれて、ホントに助かった」


 彼女は幽霊だから物理的な行動ができない。

 過去を変えるには協力者が必要ということらしい。


「それで君のやり残したことってなに?

 僕に出来ることなら、なんでも手伝うよ」


 僕にしか彼女が見えないということは、僕にしか彼女を手伝えないということだ。

 僕にしか出来ない何かがあるのなら、それは僕の使命だと思う。


 ありがとうと彼女は笑う。

 そして、


「処女のままだと、死んでも死にきれない。だから抱いて」


 と予想外のお願いを彼女は口にした。

 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。

 僕の戸惑いをよそに彼女は続ける。


「春岡くんが男で良かった。

 もし女同士だったら、セックスできないもんね」


 どうやら聞き間違いではなかったようだ。

 それにしても、この冬坂さんはまるで別人だ。

 おしとやかとは真逆の性格をしている。


「あのー、なにを言ってるの? 意味が分からないんだけど?」


 幽霊になって過去に来てまで、やりたいこととはとても思えない。

 願わくば、なにかの比喩であってほしいと思った。


「だから、ワタシとセックスして、ってお願いしてるの。

 あ、ワタシっていうのはもちろん生きている方ね。このワタシじゃないよ。

 だってワタシは幽霊だからそういうことはできない。残念だけど。

 ……さっき手伝ってくれるって言ったよね? なんでもって?」


 絡みつくような視線を向けられる。


「いや、言ったけど。僕と冬坂さんは恋人でもなんでもないし。

 そういうのは、ちょっと……」


 すでに恋人同士ならば、ギリギリ分かる。

 けれど、それ以前に僕と冬坂さんは友達でもない。

 ただのクラスメイトにお願いすることではないと思う。


「大丈夫。ワタシ、春岡くんのこと好きだったし。

 よろこんで股を開くと思うよ」


「ちょ、そういうことを女の子が言うのは……」


 あまりに下品な物言いにぎょっとした。

 冬坂さんのイメージが、どんどん壊れていく。

 まさかこんな人だとは思ってもいなかった。

 冬坂さんをおしとやかだと評して、好きだと言った亮介が、この会話を聞いたらどう思うのだろうか。

 きっとビックリして面白い顔をすること間違いなし。

 それはちょっとだけ見てみたいが、お気の毒すぎる。


「え? 別に良いじゃん。

 ワタシはもう死んでるんだし。男も女も関係ないって」


 たしかに幽霊に性別は関係ないかもしれない。

 しかし、生きてる人間には大ありだ。


「君は良いかもしれない。だけど冬坂さんは良くないと思う」


「ええー。ワタシだって冬坂さんなんですけど?

 本人なんですけどー? 幽霊差別はんたーい」


 彼女は不満顔を浮かべた。


「君は冬坂さんだけど、冬坂さんじゃない。

 生きている冬坂さんとは別の存在。冬坂さんの幽霊だろ」


「もう! 冬坂さん冬坂さんって! どっちのこと言ってるのかわけわかんない!」


 彼女はバタバタと手足を動かした。

 たしかに混乱する。


「なら呼び方を分けよう。君のことはなんて呼べば良い?」

「じゃあ、詩音って名前で呼んで。ワタシもカズキって呼ぶから」

「分かった。詩音ね。じゃあ生きてる方は冬坂さんで」


 呼び方を決めて一息つく。

 だがすぐに彼女がそれをひっくり返す。


「いや、やっぱなしで。

 ワタシが詩音の呼び名を取っちゃうと、セックスの時に名前を呼んでもらえなくなっちゃう。

 冬坂さんって苗字で呼ばれたらシラけるし、かわいそう。

 やっぱりセックスの時は下の名前で呼ばなくちゃ。だよね?」


「だよねって、言われても……」


 そんなの知らないし。

 冬坂さんと、そういうことをするつもりはない。

 なんでも良いから、早く呼び名を決めて欲しい。


 彼女はうなりながら、自分の呼び名を考えている。


「うーん、そうだなぁ。

 未来から来た詩音だからミシオ?

 ……いやミオン。うん、ミオンなんて、どうかな?」


 まるで世紀の大発明をしたみたいに、彼女は目をキラキラとさせている。

 一方の僕は死んだ魚のような目をしている、たぶん。


「うん、良いと思う」

「おっけー。これからはワタシのことをミオンって呼んで」

「分かった。君はミオンね」

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