02 タイプ


 翌日、美波はいつも通りだった。

 ただし、髪はバッサリと短くなっていた。

 活発な性格の彼女には、とてもよく似合っている。

 むしろ前よりも良いまである。

 彼女の周りに集まったクラスメイト達も、口々に髪型を褒めている。

 そんな様子を、僕は窓際の二番目の席から見ていた。


「なあ、昨日なんかあったのか?」


 後ろの席の亮介がなにげなく僕に訊ねる。その視線の先には美波がいる。

 彼女が髪を切った理由を僕が知っていると思っているようだ。

 もしかしたら昨日の告白が、その理由かもしれない。

 だとすれば、僕はその「なんか」を知っていることになる。

 しかし、告白はノーカンだと彼女に言われた。

 お互いにきっぱりと忘れて、いつも通りに過ごそう。

 それが彼女との約束。

 告白のことを誰かに口外することは、彼女を裏切ることになる。


「別に、なにも」

「……そか」


 けだるそうに亮介は返事をする。

 もっと追求してくるかと思ったが、拍子抜けだ。

 助かったけど……。


「亮介さあ。僕の好きな女子のタイプ、誰かに言ったでしょ?」


 ふと昨日のことを思い出して、亮介を問いただした。

 その場のノリで言ったことを、言いふらされては困る。

 だって僕はそれを忘れているのだから。整合性がとれない。


「わりぃ、話しの流れで言ったかも……。

 でも巨乳で長髪とか、わりとふつーだし、別に良いだろ?

 変態ちっくなヤツなら、さすがに言わなかったけどさ」


 なるほど。

 男なら誰でも言いそうなことを僕はチョイスした。

 それが逆に良くなかったらしい。

 今度は、変態ちっくなタイプを考えておくのもアリだ。

 そうすれば、言いふらされることもない。


「そういえば、亮介のタイプはどんなやつだっけ?」


 聞いたことはあるけど、忘れてしまった。

 ちょっと、参考にしたいので改めて訊ねた。


「まず巨乳だろ。あと髪は長め」


 亮介は指を一本、二本と立てた。


「一緒じゃん」


 巨乳で長髪がなぜか前提条件のようになっていた。

 たしかに男女を見た目で区別するには、髪型と胸ぐらいしかない。

 裸なら股間を見れば分かるけど、服を着た状態だと確認はできない。

 だから一目で性別が分かる要素が重要視されるのだろう。たぶん。


「ここまではな。重要なのは中身、性格だ。

 ズバリ! 清楚でおしとやかな子が俺のタイプ」


 なるほど性格か、それは盲点だった。

 たしかに、おしとやかな性格は女性らしさの一要素といえる。

 でも、おしとやかは変態ちっくとは正反対。このままでは使えない。

 ならば変態ちっくな性格とは、いったいなんだろう?

 ファンキーやロックな性格とかだろうか。あまりしっくりこないが……。


「ふーん、そうなんだ」


 僕は教室内を見渡す。

 亮介のタイプと一致する人物がいないかを探してみる。

 容姿については見れば分かる。だけど中身は分からない。

 クラスメイトの女子がどんな性格なのかは、あまり把握をしてなかった。


「冬坂さん、とか?」


 静かに本を読んでいる冬坂詩音ふゆさかしおんに目に止まった。


「お、正解」

「マジ?」

「ああ、誰にも言うなよ」


 亮介はイタズラっぽく笑った。


 彼女は胸が大きく髪も長い。それに、おしとやかそうに見える。

 亮介の言ったタイプと一致する。

 それにしても驚いた。

 まさか亮介に、好きな特定の誰かがいるとは思わなかった。

 なぜなら亮介は「すべての女を愛す」と公言しているからだ。


 亮介は頭が良く運動神経も良いので、女子から告白されることが良くあった。

 その度に「すべての女を愛してるから君だけを愛せない」と言って断っていた。

 その断りの文句が噂で広がると、いつしか亮介に告白する女子はいなくなった。

 今思えば、それは亮介の処世術だったのだ。

 好きでもない女子からの告白を事前に予防するという。


 すべての人間に興味がない僕と、すべての女を愛する亮介。

 正反対の僕たちは、ある意味で同じだと思っていた。

 しかし、それは間違いだった。

 なんだか一人ぼっちになって、取り残された気分になった。


 人を好きになるって、どんな気持ちなのだろうか。

 僕には良く分からない。

 僕はまだ、人を好きになったことがないから……。


「…………」


 ふと冬坂さんが本から顔をあげて、僕たちの方を向いた。

 距離があるので僕たちの話は聞こえていないはずだけど、少しだけ緊張した。


「あ、こっち見た。

 こりゃあ、俺の愛が届いちまったのかもな。やっほー」


 平然と亮介は冬坂さんに手を振る。

 冬坂さんはキョロキョロと周りを見回す。

 そして、自分に向けて手が振られていることに気付くと、オロオロしながら本で自分の顔を隠した。


「なにあれ、めっちゃ可愛くね?」

「たしかに」


 思わず同意してしまった。

 あれがおしとやかな女性というやつなのだろう。

 なんとなく守ってあげたくなる感じ。


「でも、あんまり変な絡みかたするのは可哀相だよ。

 こっちを意識しちゃって、本が読めなくなってるし」


 冬坂さんは顔のすぐ目の前に本を持ってきている。

 あれでは近すぎて読めていないはずだ。


「意識してるってことは、俺のこと好きなんかな?

 これって両想いじゃん」


「冬坂さんって、いつもあんな感じじゃなかった?」

「おい、マジレスすんなよ」


 亮介が僕の腕を軽く小突いた。


「なら、告白して確かめてみれば?」

「……俺だけ彼女作ったら、お前が可哀相なんでやめとく」

「そりゃ、どうも」


 適当に返事をする。

 ふと美波の方を見ると、美波もこちらを見ていた。

 一瞬だけ視線が合うが、すぐお互いに視線をそらす。

 それを亮介が無言で見ていた。

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