未来のキミは死んでいる。

やなぎもち

01 告白


 放課後の教室で、僕は告白をされた。


「……私ね。ずっと前から和樹かずきのことが好きだったんだ」


 幼馴染の夏川美波なつかわみなみは、顔を赤らめ長い髪を手でいじっている。

 僕はその姿を見て、そういえば女子だったと改めて思い出した。

 こんな様子の彼女を見るのは珍しい。

 いつも元気はつらつで堂々と背筋を伸ばし、性別の壁を感じさせることなく、誰ともでも仲良くなれる人物。

 それが僕が抱く彼女の印象だ。

 だから、つい女子だということを失念してしまう。


「私たち、小学校からずっと一緒だったよね。

 小中は学区が同じだから当たり前だけど。高校は違う。

 私、和樹と同じ高校に行くって決めてたんだ」


「……そうだったんた」


 彼女の気持ちなんて考えたこともなかった。

 僕は自分の学力にあった一番近くの高校を適当に選んだだけで、何か目的があったわけではない。

 誰が一緒で誰が違うかなんて興味がなかった。


「私、髪伸びたでしょ? ……伸ばしたんだよ」


 そう言われて、初めて気付いた。

 たしか小学生の時の彼女は、かなり髪が短かった。

 性格もあいまって、よく男子と間違えられていた気がする。

 中学で少し伸びて、高校でさらに長くなったのだろう。


「和樹が長い髪の子が好きだって聞いたから、それで……」

「そんなこと言ったっけ?」


 長い髪の子が好きだと言った覚えはなかった。

 実際、僕は髪の長さにこだわりはない。

 その人に似合っている髪形が一番だと思っている。

 そういう意味で彼女の長い髪は正直、あまり似合っていない。

 活発な彼女には、もっと短い方が合っている。

 僕のために伸ばしてもらったようで悪いけど……。


「……秋野から聞いた」

「亮介から?」

「うん。あと胸は大きい方が好きだってことも……」

「ああ……」


 思い出した。

 少し前に男子達で集まって、好きな女子のタイプを話し合ったことがある。

 僕は特に好きなタイプがあるわけではなかった。

 けれど「無い」と答えると、その場がシラけてしまう。

 だから適当に「巨乳で長髪」と当たり障りない答えを言ったのだ。


「胸は普通だけど。私じゃダメかな?」


 緊張した面持ちの彼女が、僕を上目遣いで見る。

 ……あれ、こんなに小さかったっけ?

 彼女の背の小ささに今さらながら気付く。

 いつも堂々としている彼女は、実際の体よりも存在感がある。

 だから、小さいと感じにくいのかもしれない。

 たしか小学生の時は、僕よりも彼女の方が背が高かった気がする。

 それが、いつの間にか逆転していた。


「……小さいね」

「えっ?」


 彼女は小さく驚いて、自分の胸を手で隠した。

 顔も体も強張っている。

 どうやら勘違いさせてしまったようだ。


「そうじゃなくて、身長の話。昔は美波の方が高かったなと思ってさ」

「……いつの話? 中学に入って、すぐに私を追い抜いたじゃん」


 誤解が解け、再び彼女に笑顔が浮かんだ。


「そうだっけ?」

「追い抜いた方は覚えてなくても。追い抜かれた方は、しっかりと覚えてるんだからね」


 彼女は少しむっとして、本質を捉えたことを言う。

 たしかに。

 勝負事では、負けた方がいつまでも根に持つことが良くある。

 しかし、背の高さは勝負事ではない。

 男女の平均身長は、男の方が高い。

 僕が勝って当たり前の話。

 そんな当たり前のことでも覚えている彼女の記憶力には驚いた。


「よく覚えてたね。そんなこと」

「……だって、ずっと和樹のことを見てたから」


 どうやら僕にとって当たり前のことでも、彼女にとっては特別なことらしい。

 価値観は人それぞれ。

 僕が僕を好きな度合いと、彼女が僕を好きな度合いでは、彼女の方が大きいかもしれない。

 ふとそんなことを思った。


「それでどうなの? やっぱり、小さいのは嫌い?」


 身長の話から、再び胸の話に戻る。

 髪と同様に胸の大きさも、興味はない。


「僕は別に大きいのが好きってわけじゃないよ。

 亮介には適当に言っただけだから、気にしないで」


「そうなの! 良かったぁ。じゃあ、私でも良いんだ?」


 彼女は期待の眼差しを僕に向ける。

 それとは反対に、僕の心は冷めていた。

 彼女がこんなにも僕を好きでいたなんて、まったく知らなかった。

 そして僕が彼女にまったく興味がないことを改めて自覚した。


 彼女が特別というわけではなく、そもそも僕は他人に興味がない。

 それどころか自分にさえも興味がなかった。

 だから恋愛にも興味がない。

 いったい、彼女が僕のなにを好きになったのか分からない。

 良さの分からないものを、好きだと言われても困惑するしかなかった。


「恋人とか付き合うとか、良く分からないんだ。

 それに今は恋愛に興味はないかな。だから……」


 僕は当たり障りのないように、やんわりと断った。


「もしかして、他に好きな人がいる?」


 彼女がじっと僕の顔を見る。


「そういうのじゃない。本当に興味がないんだ」


 僕はしっかりと彼女の目を見て答えた。

 嘘ではないので、目をそらすことなく答えることができる。

 彼女は僕の答えに嘘がないことを確信すると、パッと笑顔を取り戻した。


「……そっか、分かった。

 じゃあ、今日の告白は無し! ノーカンにしよう!

 私、変にぎくしゃくするの嫌だから。

 今日のことはお互いに忘れて、無かったことにしよう?

 それで良いね?」


 正直、ありがたい提案だ。

 おそらく僕は今日のことをすぐに忘れる。

 けれど、彼女は忘れないだろう。

 負けた方が覚えているように、フラれた側はいつまでも覚えている。

 そうなると、さっきの身長の話のようにややこしいことになりかねない。

 僕としても、面倒ごとは嫌なので忘れてもらった方が助かる。


「……ごめん」


 ありがとうの代わりに僕は謝った。

 彼女に気を使わせてしまったこと、そして傷つけてしまったことに。


「もう、何回も謝らないでよ。私が惨めになるじゃん。

 こう見えても結構ショックなんだよ。家に帰ったらわんわん泣くかも。

 ……泣いてスッキリして忘れる。それで明日からはいつも通り。

 だから和樹も忘れて。もし気にしてたら殴るからね」


 彼女は拳を突き出した。


「分かった。努力する」


 別に、忘れるのに努力は必要ないけど。


「よろしい! じゃあ私、行くね」


 そう言って彼女は鞄を持って教室を出て行った。

 顔は笑っていたけど、目が赤くなっていた気がする。

 本当に彼女は家で泣くかもしれない。


「……なんで僕なんだろう?」


 いったい、彼女は僕のどこを好きになったか。

 それが謎だ。

 彼女はクラスの人気者で、誰からも好かれている。

 一方の僕は平凡。

 自称他称ともに、どこにでもいる人間。

 何かしらの特技があるわけでもない。


 小学校から一緒という理由以外で、彼女が僕を好きになる要素は一つもない。

 彼女はもっと自分に見合う人を好きになった方が良いと思う。

 それが彼女にとっても、僕にとってもお互いのため。

 僕は誰かを好きになったり、なられたりするのは苦手だ。

 どう接していいのか分からなくなる。


「…………」


 その時、窓の外を黒い影が過ぎていった気がした。

 振り返るが何もいない。

 ……ハトかカラスだろう。

 僕はそう結論付けて、深く息を吐いた。

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