目を覚ませ

平 遊

目を覚ませ

(ん・・・・)

ジリジリと鳴り響く目覚ましに安眠を妨害されて、けだるげに腕を伸ばそうとしたナツキの指先に触れたのは。

金属質の目覚ましではなく、何か柔らかいもの。

そう。

例えて言うならば、少しクセのある、人の髪のような。

(・・・・って、何や~?)

寝ぼけ眼をこじあけて、ナツキはようやくのことでベッドから半身を起こし、とりあえず目覚ましを止める。

そして、ふと隣を見やり・・・・

「・・・・げっ。」

思わず声を発したナツキの視線がとらえたのは、未だまどろみの中に身を置く、ケイタの姿。

しかも。

よく見てみれば、肌掛けから出ているケイタの肩は、何ものにも覆われておらず、ハッとして見てみれば、己の半身も外気にさらされたまま。

慌てて肌掛けをめくって、スウェットの下を身につけているのを確認し、ナツキはようやく息を吐く。

(でも、何でコイツが隣で寝てるんや?しかも、上半身ハダカで・・・・?)

ホッとしたとたんにガンガンと鳴り響き始めた頭に顔をしかめて、ナツキはベッドから出る。

と。

「・・・・何やコレ・・・・」

床に散乱していたのは、ビールの空き缶。

頭痛と。

グラグラ回っている天井と。

記憶が一気によみがえる。

(そや、あいつに飲まされたんやった・・・・)



「お前も飲め」

「だからっ!俺はまだあと数日間は未成年やっちゅーのっ!未成年に酒飲まそうとすなっ!お前もいい加減にやめっ・・・・」

既にホロ酔い顔で、同じ大学に通うケイタがナツキの家を訪ねて来たのは、日曜の午後11時過ぎ。

ナツキとケイタは同じ専攻で、選択した一般教養の授業も、殆ど同じ。

ボーッとしたところもあるが、どこか人懐っこいケイタと、世話焼き体質のナツキは、なんとはなくウマが合い、ナツキはケイタと行動を共にする事が多くなっていたのだが。

バイトの打ち上げでスタッフに飲まされたというケイタは、お裾分けにと持たされた大量のビールを手に、その足でナツキの家へやって来たのだ。

一足先に二十歳を迎えていたケイタは、既に結構酒がいけるクチらしい。・・・・本当に、二十歳まで酒を飲んだ事が無かったとは思えない程に。

「だいたい、お前のバイト先のやつらも、何考えとんねん!二十歳になったばっかの奴にこない飲ませたあげく、こない大量に土産まで持たせるなんて・・・・・・」

「お前、まだ酒飲んだこと、ないのか?」

「あたりまえやろっ!」

「クスッ・・・・」

勢いよく缶をあおり、空になった缶をそのまま後ろへ放り投げると、ケイタはトロンとした目をナツキに向けた。

「もうすぐ、二十歳なのに。案外、イイ子ちゃんなんだな」

「なんやて?」

「意外」

クスクスと笑いながら、ケイタは新しい缶に手を伸ばし、

「ナツキも、酒なんかとっくに飲んでると思ってた」

言いながら、目に笑いを滲ませて、ナツキを見る。

「俺、割と前から、飲んでるから」

事も無げにそう言って、プシュッと小気味の良い音を立てるケイタに、ナツキの中で何かが外れた。

「貸せっ。」

開けたばかりのビールの缶をケイタの手から奪い取り、ナツキは一気に中身をノドの奥へと流し込む。

「・・・・ぐぇ・・・・」

(にがっ!)

ノドへの刺激は、炭酸飲料と似ているようで、だが、口に残る苦さは初めての味。

(なんやコレ・・・・)

「無理するな。マズイだろ?」

「誰もマズイなんて言うてへんやろ。コレくらい俺にかて飲めるっちゅーねん。」

「ふぅん・・・・じゃ・・・・」

初飲酒に、乾杯。

と、おどけたように缶を軽く合わせ、ケイタはいつの間に開けたのか、新しいビールの缶に口を付け、グイッとあおる。

「あついな」

そう言って、上半身をはだけるケイタの前で、ナツキは。

(・・・・こんなん、よう飲めるな、ほんま・・・・)

そう思いながらも、仕方なく残りのビールをノドの奥へと流し込んだのだった。



(・・・・で、2人で何本空けたんやろ・・・・)

床に転がっている空き缶の数は、ざっと見ただけでも10本以上。

(一体誰が片づける思ってんねん!)

ますます重くなる頭をおさえ、ナツキはケイタを起こした。

「おい、ケイタ。早よ起き。」

「ん・・・・」

「朝やで、もう。」

「・・・・ん?」

ぼんやりと開いた瞳が、いぶかしげにナツキを見上げる。

「ん?やないわ、まったく・・・・お前、昨日の夜俺んち来て、山ほどビール飲んで・・・・俺も飲んでしもたけど、そのまま寝てもうたんや。ここ、俺んちやで。」

「・・・・あぁ。」

「あぁ、やなくて!!早よ起きっ!」

「・・・・そうだな。授業もあるし。」

ボーッとしたまま起きあがったケイタが、ボソリと呟く。

「・・・・授業・・・・」

「今日、月曜だろ?」

「・・・・そやった!」

昨晩の自分の行動と。

目の前の惨状と。

今現在の、最悪な体調とで。

ナツキの頭からは、授業の二文字はきれいさっぱり消えていたのだ。

慌てて時計を見てみれば、時間はもう7時半過ぎ。

(シャワー、シャワー浴びな!)

「先、シャワー使うからな。お前も浴びて行けや!」

あたふたとシャワー室に駆け込み、頭からシャワーを浴びる。

「あ~も~・・・早よ温まれや・・・・」

なかなか温まらないシャワーの水に文句をつけながら、シャンプーのボトルに手を伸ばすが、ポンプは空しく空気を吐き出すばかり。

(あちゃ~・・・切れとるんかい・・・・)

ため息をつきつつ、シャンプー代わりにボディーシャンプーを手に取り、頭を泡立て。

ついでに全身を泡まみれにして、ようやく温まったシャワーで洗い流す。

その間、わずか10分。

バスタオルを体に巻き付け、奥からもう1つバスタオルを取り出し、ボーッとしたままのケイタに投げつけながら、ナツキは怒鳴った。

「ケイタっ!早よシャワー!あ、シャンプー切れとるから、ボディシャンプー使たらええわ。ちょっとゴワつくけど、無いよりはマシやからな。」



「あ~、遅刻やチコク!やばいなぁ・・・・俺もう、結構欠席しとんねん、1限の授業。いい加減、単位落としてまうで・・・・」

焦るナツキの隣で一緒に走りながら、ケイタは先ほどから前髪をひと房つまんではしかめっ面を繰り返している。

「しゃーないやろ?シャンプー切れとったんやから。」

「・・・・いや。」

「あ~、にしても、何てまぶしいんや?!二日酔いにはまぶしすぎるっちゅーねん!」

「ナツキ」

「何や?」

「あんまり言わない方が、いい。」

「何を?」

「二日酔い。お前、まだ未成年だろ。」

「・・・・お前にだけは言われたないっちゅーねん・・・・」

(あ~も、ほんまサイアクや・・・・)

向かい風になびく髪は、やはりいつもより重く、パサついているのがイヤでもわかる。

アイロンを掛けそびれたシャツは、シワシワもいい所。

隣を走るケイタも、ナツキが貸した服がどこか合っていない感じがして、イマイチ決まっていない。

“あら、遅刻?”

などと、笑いながら声を掛けてくる近所のおばさんに愛想笑いを返しながら、ナツキは思った。

(・・・俺らいったい、どんな風に見えてるんやろ・・・・?)

「なぁ、ナツキ」

「なんや?」

「・・・・たまにはこういうのも、面白いな」

「アホぬかせっ!」

だが。

言いながらも、ナツキは思っていた。

(たまには、な・・・・この二日酔いだけはカンベンやけど・・・・)



【終】

(BGM「目を覚ませ」by 貴水博之)

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目を覚ませ 平 遊 @taira_yuu

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