第126話
「……」
ポツンと立ち尽くす義弥は、俺のことを見つけても、何も言葉を発しなかった。
「どうしたの」すら、なし。
ただ、神妙な面持ちでこちらをじっと見つめている。
足元にバスケットボールが落ちているから、何もしていないわけではなかったのだろうけど、何だかまるで、俺がここに探しに来ることを分かっていたかのようだった。
それもそのはず。
ほら、俺って委員長と同じクラスで、しかも副委員長だから。彼女の様子がおかしいと分かったら、いの一番に事情を聞きに来るだろうことは分かりきっている。
何だか、意外と交流の輪が広くなってきている明前咲也こと俺です。どうも。
「何で……」
逃げるように体育館に引っ込んでいたんだよ、と聞こうとした。けれど、続く言葉をぐっと飲み込んだ。
プライドの高い義弥がこうも意図的に姿をくらますというのは、普通じゃない。というか、知り合って六年以上経つけど初めてのことだ。
もしかしたら、アイツ自身も無自覚に知り合いと話すことを避けていたからなのかもしれない。
だから、ここで下手なことを言うと、聡い彼は自分の行動の意味を悟ってしまうかもしれない。他ならぬ友達の俺から「それ」に気付かされることで、彼のことをいたずらに傷つけてしまう気がした。
まあ、そもそも逃げたわけじゃないかもしれない。単に一人になりたかっただけの可能性もある。
何にせよ。
俺がいま聞かなければならないのは、「理由」じゃない。
「……委員長と何かあったの?」
「事実」だ。
「まあね」
義弥は、存外素直に首を縦に振った。
しかし、言葉は続かなかった。
「言いたくないわけ?」
「……」
「まあ、無理には聞かないけどさ」
義弥から聞けなくても、放課後に委員長本人から何があったかは聞けるから。
そう言うと、義弥は少しだけ眉を顰めた、ような気がした。
「……咲也はいいよね」
「何が」
ぼそり、と呟く彼に尋ねる。
義弥は足元のボールを拾い上げると、
「僕の方が顔も、頭も、運動神経も良いし、モテるし、周りの信頼もある」
曲げた両手を伸ばしてボールを放り投げた。
経験者のような、ムカつくほど綺麗なフォーム。
彼の手を離れたそれは、アーチを描いて飛んでいき、そのままゴールの網を潜って床にぶつかった。
「喧嘩売ってんのか」
喧嘩売ってんだな? 自慢だな?
わざわざシュートまでして。
よし買おう、それ。
義弥に近づく。
と。
「——でも、何でか『友達』の数は君の方が多いんだよね」
初めて見る悔しげな顔で、彼は言った。
思わず、身体が固まった。
「皆、僕の周りに集まりはするけど、同じ目線で話をしてくれるのは君や希空さんだけ。どこか一線引いて、もしくは一段下がっているんだ」
でも君は違う、と言葉が続く。
視界の端で、さっき床に落ちたボールがバウンドする音が響いている。
「変な言動ばかりしているのに、いつの間にか立場に関係なく、生徒会でも風紀委員会でも、そうでなくとも幅広い人と仲良くなっていくじゃないか」
「え? そうかなあ……」
自分で言うのも何だけど、そんなに友達多くないよね……?
あと変な言動ばかりってのは余計だろ。
俺は内心抗議したが、どうやら義弥は本気でそう思っているようだった。
「素直に思ったことを言葉にして伝えることの出来る君が、僕は羨ましかった」
さっきから、話す時の顔が、見たことのない程に真に迫っているからだ。
ふと、ボールの跳ねる音が止んだ。
「僕も——」
最後にそう言いかけて、義弥は言葉をつぐんだ。
そのかわりに、さっきゴールを通って床に落ちたボールを拾いに行くと、それを俺の方に放ってきた。
「咲也、僕と勝負してよ」
「は?」
「シュート三本勝負。勝ったら聞きたいこと、全て話すよ」
いきなり何なんだよ。
どうして……でも、義弥の真剣な表情を見ていたら、断ることなんて出来そうになかった。
「……分かった」
それでお前の気が済むなら。
「ありがとう」
そう呟く彼の顔は、なぜかホッとしたような表情をしていた。
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