第124話

 夏休みになった。

 というか、すでに後半に差し掛かっている。

 俺何してたの?

 なんて言われると返答に困るけど、引きこもっていたわけではないんだよ。

 本当は家にいたかったけどね。

 何だかんだで結構出かけた気はする。

 銀水家のパーティーに出席したり、雨林院家と猪苗代にバカンスに行ったり、姉さんの付き添いで都心に買い物に行ったり、そこで綾小路くんと桜川と三宮さんたちに出くわしたり……中々に色んなことがあったというのはまた別の話。

 今年は暑さがとても厳しくて、外に出ると身体が悲鳴を上げるのがわかるほどだったから、外に出るたびに「もう二度と外には出ない」と決意を新たにしていたんだけど、結局誘われると断れないんだよ。

 でも夏休み後半はあまり予定がない。

 だから、今日は冷房の効いた自室のベッドに寝っ転がっている。

 最高〜!

 ……。

 冷房の可動音すら静かな部屋にいると、習い事づくめの初等部とは打って変わって目まぐるしい夏の日々が脳裏に蘇る。

 忙しなかった。

 楽しかったけどね。

 というわけで、新学期まで残すところ少し。

 俺は誰にともなくそっと呟いた。


「宿題、どうしようかな……」

 

 本当に。

 半分くらいしか終わっていなかった。

 問題集が真っ白け。

 一応弁解すると、忘れていたわけじゃない。

 時間に余裕があるから後回しにしていたのだ。

 そう、つまり一番ダメなやつ。

 だって中等部になってから、宿題のレベルと量が跳ね上がったんだもの。分からないことはないけど、一つ一つの問題を解くのに時間がかかってしまうのだから、まとまった時間で一気にやろうと思って……いや、言い訳しても意味はない。

 そんなことしてる暇があるなら問題を解いた方が有益だ。

 あ〜起き上がりたくない〜。

 自分に鞭打ち、のそりと起き上がる。

 机に向かい、問題集を開いた。

 途端に重くなる瞼。


「あ」


 飲み物がほしいな。

 寝ちゃダメだからね。眠くならないように紅茶を淹れてこよう。

 部屋を出て厨房へ。


「どれにしようかな〜」


 頂き物の紅茶がたくさんあるから、どの銘柄にしようか悩んでしまう。

 今日はウバ茶にしようかな。

 用意していたティーポットに、茶葉の缶を傾けて何回か振る。十分な量が入ったら、お湯を入れて蓋をする。

 こんな雑な淹れ方、亜梨沙が見たら怒り出しそうだ。でも、家でくらいお作法とか気にせずにお茶を飲みたいよね。

 さて、せっかく紅茶を茶葉から淹れたので、


「あ」


 お菓子が欲しいな。

 これまた大量にある洋菓子類をガサゴソと漁る。

 人からもらう缶の箱に入ったクッキーって食べるのワクワクするよね。大体真ん中に鎮座しているジャムが乗ったやつが俺は好きです。

 お、カステラもある。

 さて、両手一杯のお菓子と紅茶のティーポットとカップを盆に載せて部屋に戻る。


「あら、随分豪華なおやつね」


 途中、姉さんとすれ違う。

 まるで何もかもお見通しって顔で溜息をつかれてしまった。

 一応、取り繕っておく。


「集中して勉強するつもりなので……」

「やっぱり、まだ宿題終わってないのね」


 う。


「そういう姉さんはどうなのさ」

「とっくに終わってるわよ」


 うぐぐ。

 そらそうでしょうとも。

 あの女王、明前輝夜ですからね。

 

「はあ、遊んでばかりいるからこんなことになるのよ。はあ」

「溜息で小言を挟まないでよ!」

「なら溜息なんてつかせないでちょうだい」

「きょ、今日で終わらせるから!」

「へえ、果たして出来るのかしらね」


 盆に乗った大量のお菓子と紅茶を一瞥し、姉さんは再び溜息をついた。

 で、出来らあ!

 ちゃんと集中するから!

 ぐぐぐ、この話を続けるのは部が悪い。うん、話題を変えよう。


「ところで、姉さんはどちらへ?」

「咲也と同じよ」

「休憩ですか?」


 息抜きは必要だもんね。


「……あなたは勉強の準備をしに行ったのではなかったの?」

「…………」


 カマかけか。騙された!


「……何か言いなさいな」

「…………」


 さて。

 俺はお部屋に戻らなきゃ。参考書とドリルが帰りを待ってるからね。

 無言で踵を返すと、後ろでまたも姉さんの溜息が聞こえてきた……ような気がした。

 あまり溜息ばかりついていると、幸せが逃げてしまいますよ?


 部屋に戻って、まずは机の上に盆を置く。

 それから、ソーサーとカップをセットして、ポットからお茶を注ぐ。

 いい感じだ。

 よし、それではクッキーを一枚さくり。

 あ〜美味しい〜。

 真ん中のジャムがまたね、いいアクセントになっているんだよね。この歯にくっつく感じが、他のクッキーとは違うって特別感を味わうためのスパイスなのだ。

 さてさて。

 しっかり味わったところでそろそろ勉強を……。


「あ」


 義弥にメール返さなきゃ。

 夏休み後半の空いてる日を聞かれてたんだった。

 机の上に置いていた携帯を手に取り、ぽちぽち返信を打ち込む。

 うーん、遊びに誘ってくれるつもりなのだろうけど、何するんだろう。特にメールにはその辺り書いてなかったんだよね。

 まあいいか。

 よし、文面も出来たので送信と。

 携帯を置いて、クッキーをまた一つぱくり。お茶で流し込んで一息。

 さてさてさて。

 そろそろやらないとね……。


「あ」

 

 思い出した。

 義弥のメール、あれ多分プールに行くお誘いだ。

 銀水家のパーティーに出た際、「せっかくの夏だし、プールでも行きたいね」なんて、ちらりと話が出たんだった。

 水着用意しておかないと。

 慌ててタンスを探す。

 よし、これで大丈夫。

 さてさてさてさて。

 宿題を……。


「……」


 そういえば、このタンス。靴下とか下着が下の段にあって取りづらいんだよね。

 気づいたら最後、そのまま勉強に戻るのがとても居心地悪い。気になってとても集中出来ないよ。

 と、いうことで中身を入れ替えよう。

 時間もさほどかからないだろうし。

 さっさと終わらせて宿題をやろう。

 そうしよう。

 ………………。

 …………。

 ……。


 そして。

 夏休みの終わる数日前。

 宿題は、あの日と変わらぬまま俺の目の前に広がっていた。


「不思議だね……」


 残る数日、俺は夏休みの余韻を楽しむ暇もなく、ほぼ一日中宿題漬けとなったのだった。

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