第108話

 午後の競技再開がアナウンスされた。

 テントの下の皆も、お腹が満たされて体力が回復したのだろう。ワイワイ賑やかだ。

 ゲートには、午後の競技への出場者がすでに待機している。

 彼らに向けられた声援も大きく、士気が高いことを肌で感じる。玲明の体育祭はいつもこのような感じで盛り上がりを見せるらしい。

 俺も、亜梨沙に凍らせてもらった水筒をタオルに包んで首に当てながら、その輪に加わる。


「午後も暑いわねえ」

「全くですわ。ですが、午後が正念場です」


 テラさんと委員長の話す内容が聞こえてくる。

 正念場というのは、順位のこと。

 いま、一位は亜梨沙たちのクラス。俺たちのクラスとは少しだけ点差をつけてトップに君臨している。意外にも食らいついているのだ。


「今でこそ二位ですが、これからの競技次第では優勝を狙える位置ですし、『あの子』のいるクラスなど相手ではありません。必ずや、我々が一位になってみせますわよ」

「『あの子』って……」


 亜梨沙のことだよねえ。

 許嫁の妹——つまり、将来の義妹であるにもかかわらず、委員長と亜梨沙は折り合いが悪いようだ。

 性格も喋り方もよく似ているし、見るからに相性は悪そうだけども。


「委員長の因縁はともかくとして、たしかに二位なら一位を狙いに行きたいわね」


 顎に手を添えて、テラさんがさらっとそれを流した。強い。

 委員長の「因縁なんて生半可な話ではありません!」と噛み付く声が聞こえるが、彼は無視して続ける。


「一方で、下位の組ともあまり差がないから、気を抜いて他の組に追い抜かされないとも限らない。とにかく今はこの調子で一位に食らいついていきましょ」

「……ええ、そうですわね」


 すると、周りにいた子たちも二人に同調して、にわかに盛り上がってきた。うんうん、士気が高いのは良いことだよね。

 テラさんの言っていたとおり、今のところ義弥や希空のクラスには勝ってはいるものの、決して大きな点差があるわけではない。少し気を抜くと追いつかれてしまうくらいの位置なのだ。

 そういう意味では、四クラス全て拮抗しているということ。

 つまり、午後の競技がふるわなければ、逆転最下位なんて恐ろしい結果も十分にあり得るわけ。

 気を抜けない。が、チャンスでもある。

 亜梨沙に目に物言わせてやるのだ。

 俺も、そっと輪の外から「やいのやいの」とガヤに加わっておく。

 すると、


「……あら、出番みたいだから行ってくるわね」


 棒倒しに出る人は入場門へ来るようアナウンスがあったため、テラさんが立ち上がる。続いて、数人の男子生徒たちも一緒に立ち上がった。

 皆、中等部生ながら体格の良い子ばかりだ。

 午後は、棒倒しをはじめ、騎馬戦や応援合戦など、午前に比べると激しい競技が多い。だから、彼のように運動部に所属している子たちから選出されることが多いのだ。

 というか、そういう選出を俺と委員長がした。そう、クラス副委員長なんですよ、俺。

 なお、一部のクラスメイトから「是非明前様も騎馬戦へ」という声があったが、足を引っ張るだけなので固辞した。

 騎馬戦とか殺す気ですか?


 それから、棒倒し、騎馬戦と目玉競技が立て続けに行われたこともあって、グラウンドの盛り上がりは最高潮と言ってもいいくらいに高まっていた。

 うちのクラスは、残念ながら未だ二位に甘んじている。善戦しているのに、中々差を縮めることが出来ないでいる。

 理由は簡単で、亜梨沙たちの組には桐生先輩というワンマンアーミーがいるからだ。

 あの人、何で生徒会メンバーなのってくらいにフィジカルエリートだから。

 棒倒しの時のあの人はもう、他クラスの猛者たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げ……その様はまさに、まさかり担いだ金太郎であった。おかっぱでもなければ腹掛けもしていないけどさ。

 ちなみに、三位以下との差も思ったように開かなかったため、四つの組はずっと膠着状態だ。

 相対的に大縄跳び等の後半に行われる種目の重要度が上がってきてしまい、どこか失敗の許されない緊張感のようなものがクラスにも張り詰めてきていた。

 息が詰まりそうだ。

 空気に耐えかねた俺は、一旦静かな場所で気持ちを落ち着けるため、水筒を片手に持って校舎の方へ一人向かった。

 せっかくもらったドリンクだし、残っている分を飲み干して気合を入れたいんだけど、昼に再冷凍してもらったおかげでカチコチだ。やりすぎだよ、あの子。

 このまま飲んだら競技の前にトイレから出て来られなくなるだろうし、そもそも水筒を傾けても、溶けた分がちょびっと出てくるだけだった。

 気持ちを落ち着けるついでに、校舎の中にある水道を使って溶かそうかな。

 ……。

 中等部の校舎は、しんとしていた。当たり前だけど、皆外にいるからね。教室も防犯上の問題から施錠されているので、校舎へ入ったところで応援をサボるくらいしか出来ないけど、そんな不真面目な子もこの学園にはいないようだ。

 あまり長居して、不審者と思われても嫌なので、一階の廊下にある手洗い場を目指すことにした。

 その時だった。


「アンタ……、自分……聞いて……の?」


 女子の声が聞こえた気がして立ち止まる。

 校舎の中? 耳を澄ましてみる。


「……かないで……る」


 聞き間違いじゃなかった。

 ぼんやりとだけど、たしかに女子の話し声が聞こえる。

 あたりを見回してみるが、当然ながら校舎内に自分以外の人がいる気配はしないので、きっと外だ。

 近くの窓から、そっと外の様子を伺う。

 うーん……あ。

 すると、読みは当たっていたようで、視界の端に数人の女子生徒の姿を見つけた。

 遠くてあまりよく顔が見えないけど、雰囲気でなんとなく誰なのかは分かる。

 同じクラスではないけど、俺たちの学年でも垢抜けた子たちが集まる派手目のグループだ。外部生の子も取り込んで、女子の派閥の中では結構な勢力になりつつあるとか。

 体育祭真っ只中なのに、こんなところでサボりはダメよ。

 ……まあ、サボりのような可愛いものではなさそうだ。

 そして、その集団の中に見覚えのある子がいるのを見つけて、俺は思わず口を一文字に結ぶ。

 三宮さんだ。

 廊下で足を怪我していた彼女を、能力で治癒したことをきっかけに知り合った子だ。

 クラスが違うので、会う機会は決して多くないけれど、廊下ですれ違えば挨拶くらいはする間柄だった。

 あまり前に出たりする人ではないはずだが、どうして派手目なグループと一緒にいるのだろう。

 もしかして……。

 嫌な予感が頭をよぎるけれど、断言は出来ない。

 しかし、可能性は高い。

 三宮さんは、自信なさげにおどおどしていることが多いから、そこを派手グループに目をつけられてしまったと考えれば納得はいく。

 実際の状況を確認するため、もう少し近づかないと。

 俺は身体を屈めて、気づかれないように四足歩行で廊下を移動する。

 体制がキツいけど、我慢だ。

 そして、誰も廊下を通りがからないでね。こんな姿見られたら、生徒会の権威駄々下がりって怒られちゃうよ。

 さて。

 彼女たちにより近い窓の近くまでやってきた。静かに、窓をちょっとだけ開けると、話し声が鮮明に聞こえてきた。

 

「だから、もうあの人に近づかないでって言ってんの」

「さっきから黙ってるけど、何とか言ったらどう?」

 

 険しい声。それだけで、三宮さんと彼女たちが親しいという線は消えたし、ろくな内容ではないことも容易に推察出来る。

 文脈から、恋愛絡みの話のようだ。

 「あの人」って誰?

 それに、「近づくな」だなんて……まるで三宮さんがその人に色目をつかっているみたいな言い草じゃないか。

 俺もすごく仲が良いわけではないけど、彼女がそういう人ではないということは分かるよ。

 というか、すごく自意識過剰みたいで嫌なんだけど、「あの人」って俺じゃないよね?

 義弥とかの話だよね?

 どちらにせよ、三宮さんが自分から色目を使うようなことはないと思うけどさ。特に俺なんて、話しかけると天井に頭つきそうなくらいビックリされるもん。

 でも、周りを取り囲む子たちは、言って分かってくれそうな雰囲気は感じない。

 このまま見ていても埒が開かないな。

 友達のピンチだし、俺は一旦校舎を出て、彼女たちの元へ向かうことにした。

 途中、凍った水筒をずっと持ち続けていたおかげで手の感覚がなくなってきていたので、慌てて反対側に持ち変える。


「あれ、三宮さん。ここにいたのか」


 そして、偶然通りすがりました風を装って女子生徒たちへ声をかけた。


「め、明前様!?」

「何で……」


 三宮さん以外の全員が驚いたようにこちらを振り向いた。


「……」


 心の中で深呼吸。

 自分に周りの視線が一手に向くというシチュエーションは、緊張する。

 立場柄、そういうことはよくあるけれど、不思議と慣れないんだよなあ。

 きっと、普段は俺よりも周りの視線を集める、希空や義弥たちのような子が隣にいたからだ。意外と、俺一人に注目が集まる機会ってあまりなかったのかとしれない。

 とはいえ、緊張を悟られてはダメだ。

 怖気付いてもいけない。

 友達を守るために、奮い立つのだ。

 ここで怯もうものなら、今後もなめられてしまうに違いない。


「君たち、申し訳ないんだけど、俺は三宮さんに用があるんだ。少し外してもらえないかな」


 すると、


「え」

「あ、その……」


 歯切れの悪い言葉が返ってくる。

 気になるのは、口にこそ出してこないが、全員が「何で明前様がこの子に用事?」みたいな顔をしていることだ。

 この時点で、「あの人」が俺でないことは確定した。ホッとしたような、悲しいような……。

 いやいや、今はそんなことを考えている暇じゃない。


「俺と三宮さんは友達でね、結構仲良くしてもらっているんだよ。意外かな」

「そ、そうなんですか」

「意外だなんて、滅相もないですわ」


 「友達」と聞き、彼女らは目に見えてたじろぐ。この調子だ。


「もしかして、取り込み中かな?」

「いえ、そういうわけでは……」

「なら、もう一度言うけど、俺は三宮さんに用があるので、少し外してもらえないかな」

 

 「もう一度」にアクセントを置いて話すと、相手の子たちもこれ以上は何も反論出来なくなったようで、「分かりました」と言うとそそくさと立ち去っていった。


「……」


 彼女たちが視界から消えるまで見送り、


「ふう……」


 深く深く、息を吐く。

 あ〜肝が冷えたあ〜……。

 あっさりと引いてくれて良かった。とはいえ、それは俺が生徒会だからなのは間違いないし、少し複雑な気分だけどね。

 さりげなく「俺とは仲が良い」という点も強調しておいたので、これから表立って彼女に何かしてくる人が減ってくれればいいんだけど。

 さて、当の三宮さんは……。


「あれ!?」


 地面にへたり込んでいるけど!?


「おいおい、大丈夫!?」


 ふらふらとしていると思っていたが、これはただごとではない。


「あ、……明前様……すい、ません」

「いいから。ちょっと、おでこ触るよ」


 断ってからおでこに手を当てる。

 うお、熱い。

 意識はあるようだけど、顔も赤い。

 今日は暑いし、日差しも強い。おそらく熱中症のなりかけといったところだろうか。


「三宮さん、これ熱中症の初期症状だよ。念のため、本部へ行く前に軽く応急処置をさせてもらうけど、問題ない?」


 彼女はぼーっと黙っていたが、わずかに首を動かして頷いてくれた。

 本人の承諾が得られたので、俺は本部に引き継ぐための応急処置を始めた。

 ちょうどガッチガチに凍った水筒があったので、体を冷やすのに使わせてもらおう。亜梨沙も、こういう使い方なら文句は言わないはず。溶かす前でよかった。


「冷たい……。明前様、ありがとうございます……」


 彼女は、気持ち良さげに笑みを浮かべてそう言った。

 少し安心したのか、ぽつりぽつりと三宮さんがさっきの経緯について話してくれた。


「実は、応援している時から少し立ちくらみがしていて……」


 話を聞く限り、応援中から熱中症になりかけていたようだ。そこで、これはまずいと思い立ち、飲み物を買いに行こうと一人になったタイミングで彼女たちに絡まれたらしい。


「あの子たちからは、いつも?」

「いえ……文句を言われたのは今回が初めてでした……」


 その言い方からすると、以前から何かあったのか。「あの人」絡みで陰口でも言われていたのかもしれない。

 もしかしたら、今回みたいに一人きりの状況にならないように気を付けていたのかも。


「ちょっと……逃げられませんでした……」


 と、俺の予想を裏付けるような言葉を彼女は呟いた。

 三宮さんは気が弱いし、「顔貸せ」って言われて断ることは出来なそうだ。

 結局、自分の体調が悪いことも言い出せないまま、熱中症が進行してしまったということか。

 とんだ災難だ。


「大変だったね」

「……」


 労いの声をかけると、彼女は困ったように笑った。


「三宮さんは、彼女たちの言う『あの人』って、心当たりあるの」


 結局、今回のことだってその人物のせいで三宮さんがとばっちりを喰らっているわけだし。

 すると、


「俺のことだよ、キング」


 頭上から返事が落ちてくる。


「ギャルゲ川……」

「はい?」

「いえ何でも」


 いけない。

 驚きのあまり、心の中でつけているあだ名をつい口に出してしまった。

 しれっと誤魔化して話を続ける。


「桜川がどうしてここに?」

「……たまたま通りがかったのさ」


 俺の問いに、桜川は澄ました顔で答えた。

 本当に?

 偶然にしては出来過ぎな気がするんだけど。


「俺がつまらない嘘をつくような奴に見えるのかい」

「見えるけど」

「ハッ! キングの目も腐ったわけですか。嘆かわしい」


 嘲るように言われた。

 感じたことをただ喋っただけなのに。


「……まあ、三宮を助けてくれたことには礼を言うよ」

「別にお礼を言われることじゃない」

 

 たまたま通りがかったのが俺だっただけだし。まあ、凍った水筒があったから処置できたわけなので、そういう意味で感謝されるべきなのは亜梨沙だろう。


「通りがかったのがキングだったのは、本当に幸いだったよ」

「大袈裟だな……」


 それでもしみじみと呟くので、俺は苦笑しつつ、三宮さんの様子を伺う。

 身体が冷えてきたのか、さっきより顔色が良くなったように見える。

 二人は知り合いだし、桜川に任せていいかな。


「それじゃ俺は、本部にいって先生を呼んでくるよ。桜川は、悪いけど三宮さんを見ててくれる?」

「……ああ、分かった」

「何から何まで、ありがとう、ございます……」

「大したことじゃないよ。気にしないで」


 言い残して、本部へ熱中症疑いの子がいる旨を報告しに行った。すると、すぐに養護教諭が向かってくれるらしい。

 よかった。これでひと段落だ。

 二人の元へ戻り、すぐに先生が来ることを伝えた。


「後は桜川に任せて大丈夫?」

「……ああ。キングには借りが出来たな」

「気にするなって。それじゃあ、俺はクラスに戻るよ」


 俺はそう言って二人に背を向ける。


「ありがとう、キング」


 嬉しいけど、本心から気にしないで欲しいと思う。

 だって俺は、当たり前のことをしただけなんだから。

 珍しく殊勝な態度の桜川から感謝の言葉を向けられて、少しばかり気恥ずかしい気持ちを抱えながら、俺は自分の組まで戻ってきた。


「あら、咲也。おかえり」


 テラさんが迎えてくれる。俺は相槌を打ちつつ、その隣に腰掛けた。


「どこ行ってたのよ」

「え、ちょっと緊張をほぐしにトイレまで」


 あまり大っぴらにする話でもないので、適当に誤魔化しておく。


「はあ……? 相変わらず、掴みどころがない子ね」


 呆れ顔をされてしまった。

 うーん、自分では単純だと思うけどね。


「……」


 テラさんと会話をしながら、何となく周りを見回し、クラスメイトたちの様子を伺う。今やっているのは部活動対抗リレーだからか、皆の応援にも熱がこもっている。

 当然ながら、部長や顔の良い奴には黄色い声援が向けられていた。けっ。

 ……おっといけない。

 嫉妬なんて見苦しいよね。

 パソコンにUSBケーブル繋ぐ時、絶対に一回は上下を間違える呪いをかけるだけで勘弁してあげよう。


「……」


 ゴールテープを誰かが切ったのか、ピストルの音が鳴った。

 一拍遅れて、どこかで聞いたような、きゃあきゃあと甲高い声が上がる。

 隣のクラスの応援席にいる、さっきの女子たちだ。

 あの子たちのいう「あの人」——ギャルゲ川。

 憎らしいけど、人気があるのは分かる。

 奴は、本来なら脳に割くべきスキルポイントを容姿や集中力に全振りしてしまった哀れな男なのだ。

 初等部の頃から隠れた人気はあると風の噂で耳にしたことはあった。ただ、あまり他人と接点を持とうとしないから、人となりはあまり知られていない。

 例外が、三宮さんだ。

 少し前、彼女と桜川が一緒にいるところに偶然遭遇したことがあったけど、普通に会話もして、仲良さげだったもんね。

 桜川とは何もないって言っていたけど、幼馴染であれだけ仲が良さそうであれば、関係性について邪推する外野も出てくるだろう。

 俺も、そういうクラス内外の恋愛沙汰や噂の類が気にならないといえば嘘になるけどさ。

 それでも、気に入らないからって本人にちょっかいをかけるのは褒められたことではないよね。

 じっと隣のクラスの女子たちに視線を送っていると、そのうちの一人と目が合う。途端に、ぎょっと顔を青ざめ、逸らされてしまった。

 これで懲りてくれるといいけど。

 それとなく、気にかけておこう。

 ふう。

 短時間で色々なことがあったから、さっきまで自分の中にあった緊張は、波が引くようにして消えていった。

 身体が軽い。

 日差しは燦々と厳しいけど、何回でも跳べそうな気がした。

 ふと、本部から大縄跳びに出る一年生は、ゲート前に集まるようアナウンスが入った。

 トリであるクラス対抗リレーの前、最後の種目だ。四クラスの点差は変わらず。つまり、これで一位を取ることが出来れば、俺たちのクラスが逆転するし、逆も然りである。


「さ、副委員長。行きますわよ」

「行くわよ、咲也」


 委員長とテラさんに促され、立ち上がる。


「委員長、これがクラス全員で出る最初で最後の種目よ。何か話しておきたいことはある?」


 と、テラさん。

 他のクラスメイトも、自然と委員長の周りに集まってきた。

 委員長は、「仕方ないですわね」と深呼吸。

 そして、


「皆さん、今日に至るまで、一緒についてきてくれて本当に感謝しています。これまで、限りある時間の中、実直に練習しましたもの。大丈夫……ベストを尽くしましょう」

「アタシたちならやれるわよ」

「うん、一位の奴らへ目に物見せてやろう」


 テラさんと俺が続いた。

 周りのクラスメイトたちも、そうだそうだと奮い立つ。

 士気は高い。良いクラスだ。

 あとはひたすら跳ぶ(俺は回す)だけ。

 クラス一丸となって掛け声を上げながら、俺たちはゲートへ向かったのだった。


 …………。

 ……。

 場面は飛んで、帰りの車の中。

 俺は、ぼーっと窓の外に広がる夕陽を眺めていた。

 大縄跳びの結果は、大勝だった。なんと練習でも出せなかった四十五回という記録を叩き出し、一位に躍り出たのだ。

 地道な練習こそが実を結んだのだと、クラス一同で喜んだのも束の間、その後の三年生によるクラス対抗リレーで巻き返されてしまい、最終的な順位は元の二位に落ち着いてしまったのだった。

 勝負は最後まで何があるか分からないんだね……勉強になったよ。

 そして、もう一つ勉強になった。


 ——スポーツや勝負って、本気であればあるほど、負けるとこんなにも悔しいんだなって。


 握りしめた拳に血が滲むほどだったけど、おかげでクラスの団結は強くなった気がするので、良かったのかもしれない。


「……」


 空から漏れ出る橙色を見上げていると、不意に寂寥感に駆られてしまう。

 「ああ、これで今年の体育祭は終わってしまうんだ」という気持ち。

 前世では知らなかったこと。

 胸に突き刺さる感情は、どこか「あの子」との別れ際に感じる思いと同じような気がした。


 こうして、中等部最初の体育祭は終わったのだった。

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