第102話
体育祭も近づき、放課後はクラス対抗競技や個人競技の練習に費す時間も増えてきた。
かくいう俺たちクラスも、クラス対抗競技の大縄跳びに向けてグラウンドへやってきていた。
「さあ、今日こそは二十回を目指しますわよ!」
続々と集合するクラスメイトを前にして、委員長が意気込んでいる。
それもそのはずで、他のクラスは概ね二十回から三十回は跳べているのに、我がクラスの記録はなんと十二回。
練習で跳べたから本番でも跳べるとは限らないけど、他のクラスが記録が良いとなれば、気合が入るのも当然だろう。
とはいえ、放課後は部活や習い事といった事情で参加出来ない子もいるので、この場でたくさん跳べたからといって安心も出来ないんだけどさ。
部活といえば、結局見学に行くタイミングを逸してしまったなあ。
入学式から一月以上経って、本入部したクラスメイト達も多い。テラさんもテニス部へ正式に入部したそうだ。
俺はどうしようかなあ。
周りにいる生徒会メンバーたちは、特に部活動への興味は無いようで、目を向ける様子はない。そもそも生徒会に所属しているのだから他の組織に入る必要がないのだ。事実、生徒会にいながら他の部活にも入っている人は殆どいない。
というわけで、見学に行くなら一人で行かないといけないのです。
どうしようかなあ。
そもそも、今から見学って間に合ったりするのかな。タイミングを逸した感があるんだよね。
うん、今度こっそり物陰から見学してみよう。
さて。
大縄跳びだ。
クラスメイトたちも揃ったので、練習を始めることに。委員長の指示に従い、皆がずらずらと一列に並んでいく。
俺はというと、縄を回す役を拝命したため、縄の端っこを持ち待機しているところだ。成長期バンザイ。
「副委員長、準備出来ましたわ」
委員長からのゴーサインだ。
俺は、反対側で縄を持っている男子生徒へ合図を送ると、皆に聞こえるように掛け声を上げながら腕を動かす。
「せーの——」
しかし、
「あらら……」
縄は、誰かの足に引っかかり止まってしまった。
「気を落とさずに、続けてもう一度行きましょう!」
委員長が周りに声をかける。
それから何度か挑戦したものの、残念ながら思ったように記録は伸びなかった。
「皆さんお疲れですし、20分ほど休憩にしましょうか」
皆が疲れ始めていたのを察した委員長の提案により、一旦休憩を挟むことになった。
ありがたい。
俺も腕がプルプルだ。跳んでないのにも関わらず疲れるなんて不思議だね。
仕方ないのだ。
初等部からここに通う子達は、授業以外に外で遊ぶ機会があまりないから。基本あまり体力がないんです。
はいそうです。俺もです。
しかし不思議なことに、中等部と高等部でスポーツ特待生を受け入れている関係で、玲明の運動部はそれなりに強いのだ。
そのため、運動全般に関しては、その子たちに頑張ってもらえばいいと考えている子も多いわけ。聞こえは良くないけどね。
俺は自分でやりたい派なので、部活動に入りたい気持ちはちゃんとある。
ほんとだよ?
……なんて、考え事をしていたら、視界の端にクラスメイトたちがカフェテリアの方へ向かって歩いていく姿が映った。
貴重な休憩時間がなくなってしまう。
俺もサロンに顔を出すついでにお茶を飲みに行こう。
一人だけサロンに行くのは、何だか気が引けるけど、今日は練習が終わったらそのまま帰るつもりなので、少しでも顔は出しておかないとね。
そそくさと校舎に入り、中央棟へ向かう。
「あら?」
途中、莉々先輩にばったり会った。
サロンの方向から来たみたいなので、俺とは入れ違いにこれから帰るみたいだ。
「莉々先輩、こんにちは」
「ごきげんよう。咲也さんはこれからサロンに行かれるの?」
「はい。体育祭の練習の合間に少しだけ顔を出そうかと」
「あらあら、それで体育着なのね」
「熱心ねえ」と先輩は微笑む。お日様のようにほんわかとした空気感が漂っている。
姉の友人。
そして、中等部の生徒会長。
昔から知っている姉のような関係の人が偉いポジションにいるって、何だか不思議な感じだ。それを言ったら姉さんもそうなんだけどさ。
「私はこれから習い事なのよ。ご一緒出来なくて残念だわ」
申し訳なさそうに莉々先輩はそう言うが、次の瞬間にはっと気づいたように両手を合わせる。
「そうだわ、今度面白そうな映画が上映されるみたいなの。輝夜を連れて行くつもりなのだけど、咲也さんもよければ一緒にいかがかしら?」
「遠慮しておきます」
俺は即答した。
面白そうって、どうせクソ怖そうなホラー映画でしょう。
昔からホラー系、特に和製の作品に関しては造詣が深いことで(一部の人から)有名であった莉々先輩だけど、今となっては評論家名乗れるレベルで気になったホラー作品を片っ端から漁っているらしい。
その美貌と柔らかい雰囲気、生徒会長に推薦される人望を備え、ファンクラブまで出来ている完璧人間だが、騙されてはいけないのです。
この人、アメリカの下品なB級ホラーだって微笑みながら見てるのだから。
「そう? 残念だわ。ゲームが原作の映画みたいだから、咲也さんも気にいるかと思ったのに」
「えっ?」
ちょっと詳しく。
「原作がゲームですか?」
「ええ、たしか——」
莉々先輩が口にしたその作品は、たしかに俺が知っている作品だ!
怖いは怖いけど、ストーリーが凝った作りになっているループ物らしく、俺も気になっていた(残念ながらパソコンでやるゲームなので、俺はやることが出来ない)のだ。
ヒロインも好みなんだよね。陰のある感じがいい。
「へえ〜そうなんですか俺は知らない作品ですけど」
「そう?」
ええ。それはもう。
「残念ですわ。輝夜も乗り気じゃなかったし、どうしようかしら」
姉さんが乗り気じゃないのは今に始まったことじゃないでしょ。
演技なのか本当に困っているのか、判断に迷う表情で呟く先輩に、心の中でツッコミを入れる。
「……」
「咲也さんが来てくれれば、輝夜もきっと折れてくれると思うのだけれど、どうしたらいいものかしら」
チラチラ見ないでください。
もしかして、俺がオタクであるとバレてしまっている?
だとしても、自分から認めるわけにはいかない。大っぴらにするなんて、無理無理。この手の趣味はひっそり楽しみたいものだ。
それでも、オタクの性なのか、ちょっと気になってきてしまった。ちょっとだけね。
しかし、ストーリーが良いとはいえホラーはホラー。きっと一人では怖くて観に行けないだろうしなあ。
義弥を騙して観に行くか……?
すると、
「そういえば、最近は映画を観に行くと劇場で特典を配る作品もあるそうですわね」
「え?」
莉々先輩は、唐突に携帯を見ながら一人ごちる。わざと俺に聞こえるように。いや周り俺しかいないし……。
「この作品も、入場者特典があるのねえ」
「……」
へ、へえ?
興味はないけども、つい耳を傾けてしまう。莉々先輩は、携帯を見ながら続けて言った。
「原作者の書いたイラストのポストカードですって」
「ちょっと詳しく」
「あらあら?」
そんなわけで、莉々先輩の分の特典をもらう代わりに映画に行く約束をしてしまった。
実は、気になってたんだよね。でもほら、俺って怖いの苦手じゃない。
一人では見に行けないしさ。それに、姉の友人から誘われたら無碍にも出来ないし。
ね?
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