第103話
莉々先輩と別れ、サロンへ行くと、初等部の子たちが周りに集まってくれた。
「明前先輩だ!」
「ごきげんよう、明前先輩!」
去年まで初等部の代表をしていたこともあり、下級生の子たちは割と慕ってくれているのだ。
可愛い子たちだね。よしよし、飴ちゃんあげちゃおう。
俺は姉しかいないので、弟や妹が出来たみたいで嬉しい。
なお、周りに寄ってきてくれたのは五年生までの子たちで、真冬や綾小路君は、初等部のエリアにあるテーブルに座っておしゃべりをしていた。
ちびっ子達と戯れる俺の邪魔をしないよう気を遣ってくれているのか、目が合った時に会釈はしてくれたものの、こちらに来る気配はない。
挨拶だけでもしに行こうかな。
なんて思っていたら、不意にくいくいと服を引っ張られた。
「あの、もしよければ、こっちでご一緒しませんか?」
「僕も、明前様ともっとお話ししたい!」
「はは、せっかくだしお邪魔しようかな」
後輩たちの誘いに二つ返事で答える。
「やった!」と喜ぶ後輩たちに手を引かれて、俺は初等部のエリアまで連れてかれる。
これなら真冬たちにもついでに挨拶出来るし、渡りに船だ。
道中、サロンを見回してみたけど、どうやら中等部生はほとんど来ていないようだった。
莉々先輩がいたから、役員はいるのかもしれないけどね。
「ここです! 明前先輩!」
案内されるがままついて行くと、たどり着いたのは真冬たちの座るテーブルだった。
「ようこそ、咲也先輩」
「はは……」
目の前には、いつも通り綺麗な花のような笑顔を浮かべた真冬と、隣で苦笑いしている綾小路君。
初等部の子たちが座るエリアは大体決まっているから、彼女たちと近くに座るとは思っていたけど、まさか同じテーブルに案内されるとは。
疑問に思っていると、
「今日は六年のお姉様方に勉強を教えていただく日なんです!」
年少組の女の子が説明してくれた。
なるほどね、と勝手に納得していると、不意に低学年の子に尋ねられた。
「あの、明前先輩はこの後のご予定はありますか?」
「えっ?」
「もしよければ、明前先輩にもお勉強を教えていただきたいなって」
「あ、僕も教えてもらいたい!」
他の子も俺から勉強を教わりたいと同調し始めてしまった。
「……ダメでしょうか?」
「う……」
そんな上目遣いで言われると断りづらい。
可愛い後輩たちのために一肌脱ぎたいのは山々なんだけど、今の俺は修行中(縄跳び)の身。
ここに長居するわけにはいかないのだ。
休憩時間を過ぎようものなら、委員長に血祭りにされてしまうかもしれない。
そう、心を鬼にして断らなければならないのだ。
「えっと、実はね……」
体育祭の練習中であることを説明し、今日は難しいけど後日埋め合わせはするということを伝える。ちゃんとノーが言える子。
「そうなんですか……」
「久しぶりに明前先輩とご一緒出来ると思ったのにな」
うっ。罪悪感が凄まじい。
委員長に謝って、ほんの少しだけ長居させてもらうか……。
そんな時、
「練習なんて放っておけばいいのに、明前先輩は本当に真面目なお方なのね」
「素晴らしいことだけれど、生徒会がそんなことに時間を取られるなんて、本当ならあってはならないことよね」
中学年の子たちの話し声が聞こえてきてしまった。
けれど、俺は特にショックは受けたりしない。
残念だけど、生徒会ではこの子たちの考え方こそが「普通」だからだ。
そこに、少しだけ寂しさを感じた。
「ほらほら、皆さん。咲也先輩が困っていますよ。また別の日に教えてくださると約束をしたのですから、今日は我慢しましょう?」
「そうだよ。今日は僕たちで我慢してね」
ふと、真冬と綾小路君がフォローしてくれた。
年少組の子達は、素直に「はーい」と返事し、彼女たちの周りに集まっていく。
すごいな。
俺と勝るとも劣らないくらいに慕われている——と思ったが、甘かった。
真冬を見る下級生の子たちの視線は、もはや心酔にも近いものがある。完敗だよ。
高学年になって、下の子たちの面倒をよく見るようになった真冬は、不可侵と憧れの存在となっている姉とは違った尊敬を集めていた。完敗だあ……。
心の中で打ちひしがれる。
ふと、真冬たちに集まっていた子たちのうち、数人がこちらへトコトコやってきた。
「……わがまま言って申し訳ありませんでした」
「謝らなくていいんだよ」
こちらこそ、時間が取れなくてごめんね。
そう伝えると別の子が、
「別の日に、明前先輩がお暇な時なら、お勉強を見ていただけますか?」
おずおずと尋ねてきた。
「分かったよ、約束ね」
「絶対ですよ。忘れないでくださいね!」
もちろんだとも。
話がうまくまとまったので、ほっと一息。
さてと。
それじゃあ、俺は彼女らが勉強している姿を見ながら一服しようかな。
そう考えて、コンシェルジュにダージリンティーをお願いする。
「では、勉強を始めましょうか。今日は算数の教科書の——」
ちょうど、真冬の掛け声で勉強が始まったようなので、俺は大人しく皆との様子を眺めることにする。
「……」
程なくしてお茶が運ばれてきた。
早速いただきます。
「……」
美味しい。さすがだ。
それにしても、真面目に勉強してて偉いなあ。俺はあまり苦にならない方だけど、このくらいの子って外で遊びたいんじゃないのかな。
玲明学園だと、違うのかな。
「咲也先輩」
考え事をしていたら、突如耳元で静かに囁かれた。
びっっっくりした……。
なぜいつも後ろからやってくるのさ。闇の能力を使ってるんだろうけど、そんなことに使っていていいのかと思う今日この頃。
聞いても答えてはくれないと思うので、一旦置いておいて用件を聞くことにした。
「真冬さん、どうしたの?」
「折り入ってお願いがありまして」
「お願い?」
「はい。最近気になっている映画があるんです」
へえ〜。
何が言いたいのかは薄々分かったけど、ラスボス特有のオーラを出さないで?
俺、別に逃げないよ?
さっき助け舟を出してくれた時とは打って変わって、獲物を逃さんとする猛獣の如き視線で突き刺されているような気分だ。
不思議なのは、それらとは裏腹に、道ゆく人を傾倒させそうな美貌と鈴を転がしたような綺麗な声色で、そっと呟いてくる。
「思川様と映画に行く約束をしたそうですね」
なぜそれを……?
俺、誰にもまだ話してないけど。
「貴方のことなら何でも知っていますから。なーんでも」
「それはそれは……」
ナチュラルに心を読まないでほしい。そして、やっぱり能力を使ってるのでは?
綾小路君に視線だけで助け船を求めるが、「諦めてください」と言わんばかりに首を横に振られてしまった。
「私とも、行ってくださいますよね?」
「もちろんです」
縦に首を振る。
俺からすれば断る理由はないからね。
「ふふ、嬉しいです。日取りはまたメールでご連絡しますね」
「分かったよ。ちなみに何が観たいの?」
俺が聞くと、真冬は意味深に微笑む。
「内緒です」
「ええ〜」
当日までのお楽しみってことね。
それも一興かな。
「ああ、そうです。野鳥を見に行く約束も、忘れてないですからね、咲也先輩?」
「あ」
そ、そんな話もしましたね。
もちろん、忘れていたわけではありませんよ。覚えていましたとも、ええ。
「近いうちに行きましょうね?」
「はい……」
かくして、近日中に二本映画を観に行く予定が出来たのであった。
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