第101話

 中等部での生活が始まってから、ずっと目を背けてきたことがある。

 勉強だ。

 突然にして難易度が上がりすぎじゃない?

 予習復習をサボらずに家でやっているはずなのに、なぜか授業についていくのがやっとなんだけど?

 初等部ではテストで満点以外取ったことなかったからタカを括っていたけど、このまま放置して成績がどんどん落ちていったらどうしよう、と最近危機感を覚えているわけです。

 最近は体育祭を控え、クラス委員の仕事もそこそこ忙しくなってきたので、勉強に充てる時間も減ってしまっているし、余計に焦りは募るばかり。

 成績が下がったら、父さんから塾に行くか家庭教師をつけろと言われてしまう。せっかく放課後の自由を得たのだから、ここは何としてでも頑張らないとね。

 だから今日も空き時間を使って軽く予習でも……と思ったが、俺はなぜか林の中にある池までやって来ていた。

 たまには、ぼーっと野鳥を眺めていたいと思う日もあるよね。うん。

 空き時間といっても、迎えの車が来るまでのほんの僅かだし、それならここで息抜きしていった方が有意義な時間の使い方というものだ。

 さて。岩の上に座り、木々を見回して野鳥達を探す。

 数秒後、


「よお、体育祭も近いってのに良いご身分だねえ、キング」


 揶揄うような言葉が後ろから降ってきた。

 桜川だ。こうして話すのは、何だかとても久しぶりな気がする。

 自由人なのは相変わらずのようだ。

 たしかにボーッとしてたけど、別に体育祭の練習をサボっているわけではないのだ。


「今日はクラスの練習は休みだよ」


 そう弁解すると、彼は「ふうん」と興味なさげに呟きながらいつもの特等席に腰掛けると、持っていた本を開き始めた。

 失礼な奴である。

 お前の方こそ、良いご身分だよ。クラス練習サボってるんじゃなかろうか?

 すると、俺の考えを察したらしい桜川がこちらを一瞥し、フンと鼻で笑う。


「今日の俺は『聖ヴァルキューレ騎士学校』の気分なのさ」


 要するにサボってるんだろ。

 『聖ヴァルキューレ騎士学校』が何かは触れないでおく。どこかで聞いたような気はするけど、似たような名前のゲームとか山程あるからなあ。

 何にせよ、また新しい作品にハマっているようだ。まさか手に持っているその本か?


「この業界は奥が深いんでね。メディアミックスって知ってるかい、キング?」

「知ってるよそれくらい」


 当たりだったようだ。

 ゲーム以外の媒体まで追い始めたら、もはやライフワークじゃない?

 敬意を払い、桜川あらためギャルゲ川と呼ばせてもらおう。心の中で。

 実際、その意欲には素直に感心するところもある。俺も前世ではそのくらい『のノア』をやりこんでいたし。

 だからこそ、成り行きとはいえこの道に引きずり込んだきっかけを作った身としては、このままで大丈夫かと心配になります。

 杞憂かもしれないけどね。

 憎らし……羨ましいことに、彼の成績は優秀だし、女子にも人気があるらしいからね。将来のことを考えると、引く手は数多だろうと思う。

 一つ気になることがあるとすれば、彼のそのライフワークを知って、引いた手をそのまま離す子ばかりにならないかということだ。

 他人のことを心配している余裕なんて俺にはないんだけどね。

 はは。

 はは……。

 心の中で乾いた笑いを漏らしていると、


「キング」

「ん?」

「風の噂だが、変なのがアンタを付け狙ってるみたいだよ」


 何よ唐突に。

 ギャルゲ川からそんな話が出るなんて珍しい。これは槍が降るよ。

 というか、


「変なのって?」

「詳しくは知らない。ただ、俺達の学年には、アンタのことを目の敵にしてる命知らずがいるって話」


 え、そうなの?

 聞いたことない。外部生の子かな。

 ……闇討ちとかされないよね?

 週刊誌を制服の中に忍ばせておかないといけない学校生活になるのだろうか。

 冗談はさておき、用心はしておいた方が良いね。今度、義弥やテラさん辺りに何か知らないか聞いてみよう。


「心配してくれてありがとうよ」


 一応、ギャルゲ川にはお礼を言っておく。曲がりなりにも心配してくれてのことだろうし。


「ハッ、キングにはまだ出会ってもらいたい『女達』がいるんでね」


 どうせ絵でしょうに。その子達。

 中等部に入ってテレビも手に入ったし、流れでゲームにも手を出してしまいそうではあるのが怖いけど。

 あ。

 テレビで思い出した。


「『聖ヴァルキューレ騎士学校』って、もしかして今アニメでやってる奴?」


 略称の『ヴァルロマ』で覚えてるからすぐ出てこなかった。一応、録画して見てるよ。一応ね。


「黙ってるなんて水臭いな、キング。知ってるなら話は早い。作中の妹と義妹は、どちらの方がより背徳なのか議論しようぜ」

「クラスの練習にお帰り」


 急に饒舌になるな。

 しかし、めげずにしつこく話しかけられた結果、俺もついに根負けしてギャルゲ川との議論に応じたのだった。

 全く、困ったものだ。

 ……まあ、少しだけ、こういう話が出来ることを嬉しいと思ったのは内緒だ。

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