第99話
背中に他校生徒の視線をザクザクと受け止めながら、テーブルへ戻る。
全員が飲み物を手に揃ったので、あらためて乾杯することにした。
「乾杯」
ちん、とグラスを合わせる。
コップを傾けて飲み物を口に含む。が、俺は思わず顔を顰めた。
「うげ」
甘さの中に烏龍茶の苦味があって、口の中で不協和音を奏でているにもかかわらず、コーラの甘みがあとを引いていて——要するに不味いです。
もし試そうとしている人がいるなら、やめておいた方がいいと思います。
「咲也、随分美味しそうに飲むねえ」
「これがそんな顔に見えるか?」
「あら、すごく良い顔をしてますわよ」
「余韻に浸っている顔だったね」
「嘘だッ!」
双子に煽られ、そう叫ぶ。
直後、はっと我に帰る。
いけない、いけない。
最近ハマっているアニメの台詞がつい飛び出してしまいました。聞く人が聞いたら、俺がオタクであるとバレてしまう。
どう誤魔化そうか迷ったけど、どうせ元ネタを知ってる子なんてこの中にはいないだろうと考え直す。
と。
「お待たせいたしました〜」
さすがファミレス。あまり時間も経っていないはずなのに、注文した料理がもう運ばれてきた。
「……」
結果、テーブルの半分近くが俺の皿で埋まる。
「……」
違うから。
デブじゃないから。食欲旺盛なだけだから。スタイルだってまだ維持してるし。背だって伸びてるんだから。
だから、そんな目で見ないで。
「……中々の量だね。間近で見ると圧倒的だ」
「これ、ちゃんと食べられますの?」
「食べた分、きちんと運動しないとですね、咲也様」
皆して好き放題言いおって。
というか、いつもはフードファイター希空のがすごいでしょ。どうして普段彼女には何も言わないのさ!
……いや分かってるよ。
怖いからだわ。
いつもニコニコしてて優しい希空が、食べ物のことになると途端に感情が揺れ動く様が怖いんだわ。
あの真冬ですら怖気づくんだもの。
「希空さんこそたくさん動かないとね。普段の食事量的に」なんて言おうものなら、光の能力で塵も残さず消されると思う。
俺のモットーは「いのちはだいじに」ですので、ここは皆からの揶揄を甘んじて受けることにしました。
事実、テーブルに並ぶ料理達はカロリーの高いものばかり。運動しないといけないのは間違いないからなあ。
はあ。
せっかくのファミレスだというのに、何とも言えない気分になってしまった。
「……」
だんだん、料理が炭水化物と脂質の塊にしか見えなくなってきちゃったよ。
でも、いいのだ。
実を言うと、俺はこれを一人で食べるつもりは毛頭無いのだから。
「ふっ、君達は、俺がこれらを一人で食べると、本気でそう思ってるのか?」
「急にどうしましたの……」
フッ、と鼻で笑う俺に、呆れたように亜梨沙が尋ねる。
あれ? 何か反応薄いね?
「てっきりそうだと思ってたけど?」
え? 義弥さんそれ本気で言ってる?
おかしいな。
俺はそんな卑しい豚に見えるのか。
「さすがに、私はそうは思いませんでしたけど」
と、希空が助け舟を出してくれた。
さすがノアえもん!
「カロリーコントロールを考えていたら、こんなに油物ばかり食べられませんもの」
加勢と見せかけて追い討ちするのはやめて。
全部食べようと思えば、余裕で食べられますけど。それどころか、帰ってから家で普通に夜ご飯食べますが?
というか、希空もこれくらい食べてる時あるよね?
「…………そうだね」
俺は、色々言いたいことを飲み込んで返事をすると、店員さんを呼んで取り皿をもらい、無言で皆に配った。
その意気消沈ぶりに、真冬以外の三人からは心配そうな視線を向けられたが、何でもないと答えておく。
どうせ、暴飲暴食が日常茶飯な豚野郎ですよ。
「咲也先輩」
すると、真冬がそっと話しかけてきた。
「先輩の食べっぷり、私は好きですよ。どんなに太っても、私がきちんとカロリーコントロールで痩せさせて差し上げますからね」
あ、太るのは確定なんだ。
胸を張っている彼女にそうは言えず、素直にありがとうと伝えると、照れたように笑った。
可愛いのはいいことだけどさ。
今は、その優しさが傷口に染みるよ……。
おっと、料理が冷めてしまうね。
気を取り直して、料理を皆でシェアしながら一通り食べてみることにした。
「うん……」
美味しい!
ドリアもペペロンチーノもチキンも、濃いめの味付けでまさに子供が好きな味って感じ。
義弥のポテトをもらう。
「うーん」
これもまた、ジャンキーな感じがたまらない。ケチャップ根こそぎつけちゃお。
「……」
義弥にすごい顔で睨まれたけど、怖かったので知らんぷりをきめることにした。
他の皆も一通り料理を口にしたようで、味はどうだとかの話になり始めていた。
「このティラミス、中々美味しいですね」
「解凍したてなのかしら。少し凍ってますわね」
「それはそれでアイスケーキと思えばいけるかな」
総括としては「それなり」と言ったところだった。
あれ、低いね?
俺的には花丸なんですけど〜。
さすが玲明でも指折りのエリート達というべきか、「この料理は油っぽさや味の濃さが気になる」だとか、「あの調味料や具材を入れればもっと美味しくなる」だとか、ご意見や改善案がまあ出てくるわ出てくるわ。
君達はバラエティに出てくるその筋の専門家や研究家か何か?
議論が白熱していくのを見るのは面白かったけど。
しかし、そんな彼らも、数百円という価格帯でこれだけのクオリティが出せるのはすごいという意見は共通していた。
実際、俺達のテーブルの会計額は五千円を超えていない。
この安さでやっていけるのが不思議だ。
と、楽しい時間はあっという間に過ぎ、そろそろ帰らなければならない時間だ。
こうして時間を忘れ、どうでもいいようなことを語り合う。これこそがファミレスの醍醐味なのだろうか。
一般的な学生は、こうした放課後を過ごすのが普通なのかな。
だとしたら、今日は俺自身良い経験が出来た。
荷物をまとめ、レジへ向かう。
すると、
「面白い体験をさせてもらったし、ここは僕が払うよ」
前へ出て当然のように支払いをしようとする義弥。それを慌てて引き止める。
「待て待て、高等テクニックを一つ教えてやろう」
そして、
俺はレジの人に言った。
「会計は個別でお願いします」
続けて、俺が頼んだ商品を伝えると、店員さんが俺の分だけを会計してくれる。
「咲也、これは……?」
「この店は、学生が多いからな、グループでも自分の食べた分だけ個別会計してもらえるんだよ」
俺の会計を終えた後、説明を求める義弥に応えると、それだけで仕組みを理解したらしい。
「なるほど、面白いなあ。じゃあ、僕はプロシュートと……」
順応力高いね。相変わらず。
義弥が支払いをしているうちに、亜梨沙と雨林院姉妹にも仕組みを説明しておく。
「面白いですね。たしかに学生のお小遣いでは、簡単に奢って奢られなんて出来ませんものね」
「その通り」
つまりは、割り勘だ。
それから、亜梨沙、雨林院姉妹の順で会計を終えた。皆、俺の見よう見まねではあるけど、支払いを済ませていた。
思ったよりスムーズだ。
想像だともう少しもたつくかと思いきや、そんなことはなく、むしろスマートである。
そりゃ、高いレストランとか料亭でのマナーの方が難易度は高いのかもしれないけど。
元庶民として、マウント取ってやろうと思ったのに。
ちぇっ。
「何を腐ってますの。今日は咲也さんのおかげで楽しい食事が出来ましたのに」
「え?」
そ、そう?
「そうですよ、咲也様に連れてきていただいて、とても有意義な時間を過ごせました」
照れるな……。
すると、
「ねえ、咲也先輩」
「ん?」
真冬が隣にぴょこんと並んだ。
どうしたのかな。
何かを企んでいるような笑みを浮かべている。嫌な予感がするんだけど。
「私、他のファミレスにも行ってみたいなあって」
「え?」
「あら奇遇ですわね、真冬。私も同じことを言おうと思っていましたわ!」
え。
「いいね。それじゃあ、また咲也先生に連れて行ってもらおうよ」
「あら、ご迷惑ではないでしょうか……」
「大丈夫ですよ、お姉様。……では、次もよろしくお願いしますね、咲也先輩?」
意地悪げな笑みを浮かべた真冬が、そう言って首を傾げる。
「……はい喜んで〜」
対照的に、首を垂れる俺がいた。
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