第98話

「ところで、最後に頼んでいた『ドリンクバー』とはなんです?」

「私も気になっていました」


 店員さんがフロアへ戻っていく後ろ姿を見送っていると、亜梨沙と希空から聞かれる。


「これを頼むと、なんとドリンクが飲み放題なんだよ」


 ドリンクバーのコーナーを指差して、あそこから自分で持ってくるんだと簡単に説明する。

 どうやら普通の中高生達は、これを頼んでダラダラ友達と駄弁るみたいだよ。

 すると、亜梨沙がガタッと音を立てて立ち上がる。


「何だか面白そうですわね! どうしてさっきメニューを見ている時に教えてくれなかったのです!」


 面白いかしら?

 ちゃんと全員分頼んだんだし、落ち着きなさいよ。


「サプライズです」

「むう」

「まあまあ、亜梨沙。咲也もしれっと全員分頼んでくれているみたいだし、それで手打ちとしてあげようよ」


 あれ、俺が悪いことになってない?

 そんな風に悪者扱いしてると、高等テクニックであるドリンクの混ぜ合わせとか教えてあげないぞ。

 俺は親切だから、そんな大人気ないことはしないけれども。

 気を取り直して、俺は席を立つ。


「じゃあ、順番に飲み物を取りにいこう。まず俺と義弥でさっさと行ってくるから、荷物番をお願いね」

「早く戻ってきてくださいね!」


 亜梨沙の言葉に返事をしつつ、男二人連れ立ってドリンクバーまで向かう。


「僕達が先で良かったの?」


 道中、義弥が尋ねてきた。俺達を見送る亜梨沙が大層不満気だったから、気になったのだろう。

 でもね、これで良いのだ。


「女性陣はゆっくり悩むだろうから」

「ふうん、なるほどね……」


 俺の返答に、義弥は納得したように頷いた。

 ということで、ドリンクバーまでやってきた。

 たくさんボタンのついた魅惑的なドリンクサーバーの他、コーヒーや紅茶のパックが置かれている。実際に見ると、これはすごいな。


「コップはここ。で、飲み物がここ。やり方は簡単で、ボタンをこうやって押すと……」


 実際にコップを取って、試しに烏龍茶のボタンを押してみると、押した分だけコップに飲み物が注がれた。

 生憎、今はお茶の気分じゃないので、これはすぐに飲んで、あらためて別の飲み物を入れようかな。

 と、思っていたら、


「……それで、咲也」

「ん?」


 不意に、義弥が話を切り出した。


「何か話したいことがあるんじゃない?」

「え?」


 ないけど。

 どうしたのさ、そんな深刻そうに。

 義弥があんまり重苦しい空気感を出すものだから、思わずきょとんとしてしまった。

 もしかしてだけど、最初に義弥だけをドリンクバーに誘ったのは内緒話をするためだと思われている?

 どうしよう。

 そんな意図はなかったよ。さっきも言ったとおり、本当に男女で分けただけなんだから。……そんなことを言い出せる空気ではなくなったけどね。

 言い出しづらい空気になってしまったので、どのみち聞くつもりだった「委員長との関係」について、あたかも最初からその話をするつもりでしたという体で疑問をぶつけてみることにした。

 きっと、義弥もそれを聞かれると思っているに違いない。


「いや、うん、そう。話したいことあるよ? 義弥と委員長って、どこかギクシャクしているように見えるんだけど、大丈夫かって心配になってさ?」


 部外者が簡単に首を突っ込んでいい話でもないだろうし、無理に聞くつもりはないんだけどさ。

 そんな保険をかけながら問うと、


「気になるよね。まあ、つまらない話だよ——」


 義弥は存外すんなりと話してくれた。もしかすると、彼も誰かに聞いてもらいたかったのだろうか。

 内容は、概ね予想していた通りだった。

 委員長との婚約は、二人が幼い頃から決まっていたものだったらしい。


「だから、互いに行き来していて、昔から交流はあったんだ」


 しかし、なぜか委員長はいつも、一歩引いた位置にいて、義弥は壁を感じていたようだ。


「心を開いてもらっていない感じがしてね。僕としては、彼女の真面目さには好感を持っていたし、許嫁だからね。仲良くなりたいと色々頑張ってみたんだけど、うまくいかないものさ」


 ほうほう。

 好感、ねえ。あの義弥がそこまで言うとは。

 変なところに感心していると、


「多分、あの子には別に好きな人がいるのかもしれないと思っているんだ。真面目な子だからこそ、許嫁である僕に対して負い目を感じているんじゃないかなって」


 彼らしくもないマイナス発言が飛び出した。

 待て待て。

 委員長って、多分素直になれないだけで義弥のことは結構好きなんじゃないかと思うんだけどなあ。


「詳しくは本人から聞いて欲しいんだけど、あの子の能力は少し特殊でね。昔から嫌な思いをすることも多かったみたいなんだよ。多分、遠くでそれを見ているだけだった僕よりも、近くで支えてくれた人がいたんじゃないかな」


 そうなのだろうか。

 本当のところは委員長にも話を聞かないと分からないから、下手に否定することは出来ない。例え否定したところで彼の耳には届かないだろうけどさ。

 でも、こういうのって『支えになった人』も義弥とかいうオチなんじゃないの。

 ゲームだとありがちじゃない。

 お互いに誤解し合ってるだけなのではないかと思うのだけど……。

 それにしても、

 

「……差別か」


 委員長レベルの子でも、そういうことがあるのか。

 綾小路君のことと言い、この手の話はうんざりだよ。どうして子供同士の小さなコミュニティで、そんなことが起こるのだろう。

 

「まあ、色々あったんだよ。でも、麗奈は決して折れなかったんだ。親がお金持ちでも驕らず品行方正であろうとしたし、強い子なのさ。だから、何かの瞬間にプツンと切れてしまわないか怖い時があるよ」

「そう思うなら、本人と話をしてきちんと支えてあげな。それが許嫁の役割だろ」


 夫婦になったら、お互い支え合って生きていくのだから。

 しかし義弥は首を横に振ると、悲しそうに笑うのだった。

 返事になってないぞ。

 いつもと違って、随分弱気じゃないか。何か喋りなさいよ。


「……」


 やはり、この二人のことは気にかけておいた方が良いな。せっかく、二人と仲良くなることが出来たのだし、友人達が悲しむ姿は見たくない。

 決意を固めたところで、


「あまり待たせすぎても女性陣に怒られてしまうし、そろそろ戻ろうか。……あ、もちろん今の話は、誰にも言わないでよ?」


 義弥はそう言って話を切り上げると、烏龍茶の入ったコップを片手に踵を返した。

 今はここらが潮時か。たしかに遅くなっても女性陣、というか亜梨沙に怒られそうだ。

 というか、アイツいつの間に飲み物を。

 俺は話に集中していたから、何にするかまだ決めていないんですけど?


「ちょ、お願いだから一瞬だけ待って」


 仕方ないので、目の前にあったコーラのボタンを押した。


「あ」


 そこで、俺のコップには、お手本として少しだけ注いだ烏龍茶が残っていることを思い出した。

 あー。

 混ざってしまった。

 義弥も気づいたのか、ギョッとした顔でこちらへ戻ってくる。


「うわ、大丈夫なの?」

「……上級者は、複数の飲み物を混ぜてオリジナルドリンクを作るらしい」


 烏龍茶とコーラの組み合わせはないと思うけど。

 あたかも通ですという風を装いながら、心配する義弥を言い包めると、俺は茶コーラを手にテーブルへ戻る。

 何でこんなことに……。


 気を取り直して。

 続いては、女性陣の番である。

 俺は、オリジナルブレンド(美味しいとは言ってない)をテーブルに置いてあるので、彼女らにやり方を教えて、後はそっとじゃまにならない場所で見守ることにした。

 テーブルに戻っても良かったのだが、他校の男子生徒から声をかけられる心配があるので、見張り役として俺がいるわけです。

 三人とも、能力的には俺より遥かに強いから、必要ないのかもしれないけど。


「コーラは私も何度か飲んだことがありますわ。咲也さん、ここにある飲み物は全ておかわりしてよいのかしら?」

「うん」


 そうだよ。


「値段の割に種類が多いですわね」

「ジュースもたくさんありますけど、紅茶やコーヒーもあるんですね。どの順番で飲もうか迷います」

「姉様、見て見て。こちらの機械ではカフェオレが作れるみたいですよ」


 何だかんだ三人とも楽しそうだ。一名、ドリンクバーをコンプしそうな勢いの人がいるのが気になりますがね。

 彼女の場合、本当に出来そうだから怖いのだが。

 しかし、こうしてワイキャイ談笑している美少女達をただ眺めるだけの時間というのは、とても有意義だと思いました。

 こういう仕事ないのかなあ。

 家を継ぐことに不満は全くないけれど、父さんを見ていると、自分の時間なんて殆ど持てなくなるのは間違いないだろうからね。

 今はこの至福の時を噛み締めましょう。

 ……。

 先程から、周りの客(男子生徒達)から、怨嗟のこもった視線が向けられていることには目を瞑ってね。

 痛い痛い。

 あまりに鋭い視線を突き刺してくるので、体中から出血でもするんじゃないかと錯覚したじゃないか。


「咲也先輩」


 ふと、真冬から袖をちょいちょいと引っ張られる。

 気のせいか、視線の鋭さが増したような気がする。

 うん、気のせいだな。


「どうかした、真冬さん?」

「先輩は何にしたんですか?」

「コーラにしたよ」


 烏龍茶ブレンドだけど。

 すると、


「コーラを飲んだことがないのですけど、どういう味がしますか?」

「甘くて美味しいよ。でも、飲みすぎると歯を溶かすんだってさ」


 俺の言葉に、ギョッとした表情を覗かせた。そして、


「それじゃあ飲めません……」


 がっかりと肩を落としていた。

 可哀想になってきたので、歯を溶かすのは迷信だと伝える。


「な、ひどいです!」


 当然だけど、抗議された。頬を膨らませた彼女は、あまり怖くなかったけど、素直にごめんと謝っておく。


「お詫びに良いことを教えてあげる」

「……本当に良いことですか?」

「信用ないな……」


 ジト目でこちらを睨む真冬に、お詫びと称して美味しいとネット上で評判の組み合わせを教えてあげた。


「わあ、複数の飲み物を混ぜるなんて、面白い発想ですね……」


 どうやら機嫌は直してくれたようだ。

 ラスボスといえど、まだ初等部生。ドリンクバーで喜ぶ姿は年相応で微笑ましい。

 結局、三人はそれぞれ違う飲み物を選んだようだ。真冬は俺が教えたミックスドリンク、亜梨沙はコーラ、希空がオレンジジュースとピーチティーの二つを選んでいた。

 テーブルへ戻る道すがら、


「先輩」

「ん?」

「姉様や亜梨沙さんにはこのレシピ、内緒にしてくださいね」

「……分かったよ」


 真冬様に上目遣いでそう頼まれたら、ノートは言えないよ。

 そして、憎悪の視線がどっと強くなった気がする。

 気のせい。気のせい……。

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