第97話
妙に恐縮している恐る恐る店員さんに案内され、俺達はテーブル席までやってきた。壁側にソファ、通路側に木製の椅子が二つ設置された、ファミレスではよく見るタイプの四、五人席だ。
これだよこれ。
覚えている限り前世でも行ったことはないはずなのだけど、懐かしさを感じるのは郷愁に似たようなものなのかな。
さて、ソファは当然女性に譲る。というか、男女で分かれて座るとなると、あちらは三人だから必然的にそうなるのだけど。
結果、向こう側は左から亜梨沙、希空、真冬と並んで、こちらは義弥、俺という並びで座ることになった。
三人とも華奢とはいえ、そもそも詰めて座るという経験がないだろうし大丈夫かな。
と思ったら、
「少し狭いですわね……」
やはり開口一番に亜梨沙が呟いた。
しかし、
「あら、亜梨沙様は私が太ってると言いたいのですか?」
「ひっ! そ、そんなこと言ってないですわよ!」
「私が一番細いですし、真ん中に座った方が良かったでしょうか。ね、咲也先輩?」
すごく姦しい〜。
そして真冬さん、俺に同意を求めないでくださいよ。
ただでさえ、発育の良い女の子が二人いて、目のやり場に困っているのだから。
「……」
い、いえ、真冬さんが貧相とは微塵も思っていないので、意味深に笑うのはやめてくださいな。
おほん、と咳をして誤魔化しておく。
それにしても、壮観だ。
今、俺の前には、美少女三人が並んで座っているのだ。
いつもサロンで一緒にお茶をする仲ではあるけども、だからこそ、いつもと違う景色に溶け込む彼女達の姿に新鮮味を覚える。
何よりもリア充感がすごい。
周りの男子生徒達が、羨望の眼差しを向けてくるのが非常に心地いいですな。ぐふふ。
こちらには初等部の子もいるから、下手なことは絶対にさせないけどね。
しかし、本物の美少女ってすごいんですよ。背中に背負ったランドセルよりも先に顔の綺麗さに見惚れてしまうし、そのまま釘付けになってしまうのよ。
「……」
じっと見ていたら、ふと視線がかち合ってしまった。恥ずかしくて目を逸らしてしまう。
チキンだなあ。
……いや、チキンで思い出したけど、ファミレスに来たんだから料理を注文しないと。
「はい、メニュー。まずは、何を頼むか決めよう」
俺は、テーブルの上に置かれていたメニューを開いて女性陣の方へ向けてあげた。
「……どれも安いですわね。種類も豊富ですし、お店はこれで成り立ちますの?」
「すごい企業努力をなさっているんですね。これが価格破壊ですよ、亜梨沙様」
価格破壊て。
違いますよ。胡散臭い外国の商人みたいなことを言うんじゃありません。
と、よく見たら希空の目がうっすらと笑っている。まさか、わざとですか。
まんまと騙された亜梨沙が「なるほど」と頷いている。
もしや、さっきの「狭い」発言を根に持っていらっしゃる……?
彼女のことだから、後できちんと訂正はするのだろうけど、笑顔が怖いです。
目を逸らしましょう。
俺は何も見なかった。
価格破壊かはともかくとして、このファミレスチェーンがすこぶる安価で料理を提供しているのは間違いない。
だって、俺の小遣い一月分で、ドリアもパスタも吐くほどたくさん食べられるもん。いや食べないけどさ。
若年層向けをメインターゲットにしているのだと思うけど、希空の言うとおりすごい企業努力だ。
あらためて他のメニューも見てみると、その値段に驚く。
こんなに安くてやっていけるんですか?
「あら、サイドメニューも色々な種類がありますね」
「姉様、このドリンクバーって何でしょう」
その後も、皆はメニューを見ながら、ワイワイと思い思いの感想を口にしている。
「咲也はもう決めたの?」
「もちろん」
義弥に聞かれたので、頷く。
もちろん、俺はドリアとペペロンチーノだ。男子学生御用達と名高いこの組み合わせを一度試してみたかったのだ。
義弥こそ、決めたのかと聞き返してみると、
「うん。まあ僕達は夜ご飯が家で用意されているから、軽くしておくけどね」
「まあそうだよな。俺もそのつもり」
ファミレスに寄っていくなんて、家には何も話してないからね。ここでお腹いっぱい食べて、帰ってから夜ご飯が食べられないとなれば、怪しまれてしまう。
え、ドリアとペペロンチーノはガッツリじゃないのかって?
男子中学生なら余裕ですわ。
「咲也さん、何かオススメはありますか?」
悩んでいるらしい亜梨沙から聞かれたので、こういう時はメニューの左上にあるものを選ぶのが鉄則だと実際にメニューを見せながら教えてあげた。
「巷では左上の法則とか言うらしいよ」
「視線の法則ですよね。人は何かを見る時、Zを書くように視線を動かすとか」
希空に訂正された。
ノアペディアじゃん。
「い、意味は同じだから……」
思わず負け惜しみ染みたことを言ってしまう。
しかし、横で見ていた義弥に肩をぽんと叩かれると、
「咲也、希空さんには勝てないよ」
「……」
ぐうの音も出ないよ。
そんなやりとりをしているうちに、結構時間も経ってしまっていた。ぼちぼち頼めるかなと皆の様子を伺う。
……大丈夫そうだな。
あらかた頼むものも決まったようなので、店員さんを呼ぶことにする。
「亜梨沙さん、そのボタンを貸してもらえる?」
「これですか? 分かりましたわ」
亜梨沙からボタンを受け取り、そのまま正面の真冬へ差し出す。
「押してみて」
「え、先輩、何か企んでませんか?」
信頼がないなあ。
「タネも仕掛けもないよ」
「ふうん……」
訝しみつつも、真冬は言われた通りにボタンを押すと、ピンポンと店内にベルが鳴り響いた。
希空が尋ねてくる。
「これで店員さんを呼ぶのですね」
「そう。ファミレスは客数も多いし、その入れ替わり立ち替わりが激しいから、注文する時はこうやって店員さんを呼ぶんだ」
「何かと思っていたけど、やっぱりそうだったんだ。次は僕に押させてよ」
義弥はそう言って、苦笑する真冬からボタンを取り寄せていた。
大人気ないな。
「私もやってみたいですわ!」
「早い者勝ちだよ」
「ずるいですわよ!」
本当に大人気ないな。この双子。
喧嘩するんじゃありません。
「ご注文伺います〜」
ほらほら、店員さんが来ちゃったよ。言い争いはそこまでにして。
「じゃあ、義弥から時計回りに注文するものを言っていこうか」
「分かったよ。僕はプロシュートとポテトを」
酒飲みのチョイスみたいだな。
どっちも美味しいけどさ。
「ドリアをお願いしますわ」
亜梨沙は助言通り、王道を往く左上のメニューを頼んでいた。
「ボロネーゼとティラミスをお願いします。あ、ボロネーゼはダブルでお願いいたします」
フードファイター希空の登場である。当然のようにサイズアップしているあたりは流石というべきか。
とはいえ、彼女にしては少なめだ。もしかして体調悪い? 治療しようか?
「……」
……ごめんなさい。謝るからニッコリ微笑まないで。
きっと、家でもご飯が用意されているから、控えめにしたのでしょう。そうでしょう。
希空との無言のやり取りが行われている横で、真冬がティラミスを注文したので、晴れて俺の番が回ってきた。
さてと。
元庶民(ファミレス未経験者)として、ここはスマートに注文してやりましょうか。
「ドゥリアとペペロンティーノとティキンをください」
「え?」
聞き返された。
渾身の巻き舌が……。
きちんと言ったのに。
「ドリアとペペロンティーノとチキンをください」
普通の発音で言い直すと、次はきちんと伝わったようだ。よかった。
でも、俺は見てしまった。店員さんが一瞬、「全部一人で食べるの?」みたいな顔をしているのを。
あ、聞き返したのはそのためか……?
恥ずかしくなってきたので、誤魔化すように注文を追加する。
「……あとすみません。ドリンクバーを人数分つけてください」
「はい、かしこまりました〜」
その後、店員さんが注文を繰り返し、間違いがないことを確認すると、ドリンクバーの案内をしてから厨房へと下がっていった。
「食べるね……」
「食べますわね……」
「成長期ですね」
「運動もしないとダメですよ、先輩」
途端、開口一番に皆から集中砲火を浴びる。誰がデブだよ!
仕方ないじゃん! こういうお店って中々来れないんだから、色んなもの食べてみたいじゃない!
心配しなくても、ちゃんと運動しますから!
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