第86話
その子は、赤みがかかった茶色の長髪にパーマをあてたゆるふわチックな髪型に、そのシルエットからは想像の出来ない勝ち気そうに吊り上がった眉、超然とした佇まいが、不思議と様になっていた。
俺よりは小さいものの、同世代の女子よりも身長は高いだろう。制服から伸びる脚もすらりと伸びて、まるで絵画に描かれたモデルがそのまま動いているような、そんな現実味のないバランスを保っていた。
瞳の色が赤色なのも、それを助長しているのかもしれない。
というか、本当に誰?
義弥のことで怒っているようだし、アイツの遠い親戚とかだろうか。
銀水家は、ハーフやクォーターの人が多いから、彼女もきっとそうなのだろう。
ならば、勘違いされたままというのは避けた方がいいね。別に悪口なんて言ってないのだし。きちんと話せば分かってもらえるはずだ。
「あの〜」
「何です? 弁解があるならしてみなさいな」
「弁解も何も、俺は別に義弥の悪口は言ってないんですけど。ただ、彼とは友達だから、話の中の例えで名前を出しただけで」
「ふん、貴方が義弥様と友達ですって?」
なんて、俺の認識が甘かった。
すごく疑われている。
何せ、今の俺は、彼女から上目遣いで睨みつけられている。
おかしい。俺の知っている上目遣いは、身長差カップルの特権であって、もっと可愛いものだったはずでは……。
怖すぎて、思わず敬語になってしまった。
とにかく、疑われたままというのは嫌だ。
一目で彼の友達だと分かるものがあれば、話は楽なんだけどなあ。
「俺は明前咲也。義弥とは初等部からずっと仲良くしてもらってる。本人に聞いて貰えば分かるよ」
結局、義弥と俺が友人であるという証拠が今すぐに提示出来ない以上、最終的には本人に聞いてもらうしかない。
しかし、当然ながらこの場に義弥はいないわけだから、彼女の警戒は思ったように解けていない。それどころか、何かを考え込んでいる始末だ。
「まあまあ落ち着いて。彼の言うとおり、アタシたちは悪口なんて言ってないわよ。それにこの人、銀水義弥さんと同じ生徒会のメンバーだし、明前家といえば、あなたも名前は知っているでしょ?」
しかし、タイミングを見計らって、テラさんが助け舟を出してくれた。
しかし、
「生徒会……やはり、あの明前……!?」
彼女の眉間の皺が、多少深くなったような気がする。
嫌な予感がしますね。
「貴方が、『あの』明前咲也でしたか。——ならば、なおさら信じられません!」
「ええ!?」
やっぱり!
『あの』って言われたもん! 『あの』って!
彼女の態度は目に見えて硬化してしまったし、まさか、明前家と因縁あるとこのご令嬢だったりするのかな。
でも、銀水グループはあまりうちの事業と競合することなかったよなあ……。
謎は深まるばかり。
まさに八方塞がり。
でも、どうやら神は俺のことを見捨ててはいなかったようだ。
「何か騒がしいね、咲也。中等部入学早々、問題でも起こしたの? ——おや、君は……」
噂をすれば影とはよく言ったもので。
渦中の人物、銀水義弥が教室にやってきた。
おそらく『俺が誰かと揉めている』という情報でも広まっているのだろう。
奴の言い草から察するに、それを聞きつけてやってきたのだろうけど、誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ。誰のせいで。
「よ、義弥様……」
と、彼女が微かな声で呟いたのが聞こえた。
やっぱり知り合いだったのね。
でも、何だか訳ありみたいだ。
「やあ。二月の食事以来かな、麗奈」
「ええ……ごきげんよう、義弥様。お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」
義弥からは気安く話しかけているように見えるが、対照的に彼女は、顔を下に向けている。先程までの威勢の良さはすっかりと形を潜めていた。
わずかに覗く顔からは、何とも複雑な表情が浮かべられている。
え、本当に訳ありなの?
義弥が来るまでの「彼のことを悪く言う奴は許さない」という義憤に駆られた行動は本心だったのだろうけど、本人が登場した途端に大人しくなった理由は気になる。
「ところで、一体どうしたの?」
義弥から説明を求められる。
当然、この状況について気になったから教室に入ってきたわけだしね。
赤眼の少女が答えた。
「この方が、義弥様のことを悪様に言っているとワタクシが勘違いしてしまったのです」
「そうなの? 咲也」
「え!? あ、はい」
急に話を振られたので裏声で返事をしてしまった。
対応力のなさよ……。
「咲也が何を言ったのかは後で本人からじっくり聞くとして、彼はこの通り僕の親友なんだ。麗奈が気にしてくれたのは嬉しいけど、早とちりだったみたいだね」
うわ、後でじっくり聞かれるのかあ……。
ともあれ、義弥本人が助け舟を出してくれたおかげで、彼女の中では完全に誤解は解けたのだろう。
「そう、でしたか。明前様、この度は申し訳ありませんでした。裏どりもせず大変失礼致しました。この天童麗奈(てんどう れいな)、どのような罰でもお受けします」
深々と頭を下げられる。
それは全く気にしてないし、いいんだけれど、どのような罰でも受けるとか、周りに新たな誤解を招きかねないからやめてほしい。
そのような趣旨のことを慌てて伝えて頭を上げてもらう。
さっき名前を聞いた時の反応といい、俺のことを何だと思っているの?
「ええ……」
俺のことを不思議そうに見ながら、少女は言われた通り頭を上げた。
もしかして、この先外部生の子と話すたびに同じやりとりをしなければならないのだろうか。
勘弁して……。
彼らの中で、俺は一体どのような人物像なのだろう。
そんな俺を面白そうな顔で一瞥してから、義弥は言った。
「大丈夫、咲也は変ではあるけど、誓って悪い人間じゃないよ」
「……そうですか。義弥様が言うなら、間違いありませんわね。明前様、寛大な対応に感謝致します。では、ワタクシはこれで失礼致します。……義弥様、後日あらためて話をするお時間を設けてくださいませ」
「ああ、分かった」
義弥がそこまで言うならと、彼女は不承不承納得した様子で、頷いた。
そして、再度深々とお辞儀をすると、踵を返した。
その後ろ姿に向かって、
「……麗奈、中等部からは一緒に学べることを嬉しく思うよ。よろしくね」
と、義弥が声をかける。
亜梨沙以外の異性に対してそのような言葉をかけるのは珍しい。
周りの女子の中には黄色い声を上げる子もいるくらいだ。
しかし、
「こちらこそ、よろしくお願い致します。……義弥様と一緒の学舎に通うことが出来て、ワタクシも嬉しく思いますわ」
少女はそれだけ小さな声で言うと、つかつかと自分の席へ戻っていった。
同じクラスだったのね……。
彼女が去った後は、一転して静かになった。義弥は、彼女の席の方を向いて黙っているし。
初日から目立ち過ぎだ。
周りの生徒の注目の視線が痛い。
義弥はなぜ黙っているんだろう。俺達に背を向けているから、その表情は分からないけれど。
「あの、義弥さん……?」
一瞬が永遠のように長く感じられる気まずさに耐えきれず、勇気を出して義弥へ声をかける。まるで、通常プレイでたまたま裏ボスのいる部屋へ行けてしまった時のような気持ちだった。
義弥がこちらへ向き直る。その表情は、いつもと変わらぬ様子だった。
「彼女とは一体、どういったご関係で?」
「あれ、咲也は会ったことあると思うんだけど、彼女は天童麗奈」
そこで彼は一拍おき、そして言った。
「僕の——許嫁だよ」
ええ!? 許嫁!?
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