第79話

 促されるままソファに座った俺達は、目の前で深々と座っている江津先輩を注視する。

 中等部の生徒会長。

 生徒会は、閉鎖的で連帯感の強い組織であるとはいえ、さすがに四つも歳が離れていると、挨拶以外での接点というのは少ないものだ。

 俺は姉様が中等部にいるから、他の子と比べれば、彼らに話しかけてもらう機会も多かったと思うけどね。


「それにしても、災難だったみたいだな。大変だったろう、風紀委員会なんかに絡まれたせいで」


 そんな俺から見て、目の前の江津先輩がどんな人か表すならば。

 ずばり、権威主義者。

 一般生徒への態度は高圧的で、一見すると原作の咲也のように見えなくもない。違うのは、生徒会メンバーに対しては優しいところだ。先輩はきちんと敬い、後輩はしっかりと守ってくれる面倒見の良さがある辺り、咲也よりは善人だろう。

 生徒会の中でもトップクラスの家柄で、かつ選民思想のすこぶる強かった原作の咲也は、味方であるはずの生徒会メンバーからも恐れられ、そして疎まれていた。

 だから、こうして生徒会長の座についている江津先輩は、その時点で俺とは違い、生徒会の中ではきちんと人望を集めている人だということが分かる。


「雨林院家の真冬さんも一緒だとは思わなかったが、もしかして、明前君だけでなく、君まで風紀委員会に絡まれたのか?」


 だから、目の前の先輩は、本気で俺達の身を案じてくれている。

 真冬は、申し訳なさそうに会釈する。


「ご心配痛み入ります、江津様。本来なら咲也先輩だけをお呼びでしたのに、わがままを言って同席させていただいております。申し訳ありません」

「いや、気にするな。顔を上げてくれ。オレは、綾小路君やその場に居合わせた生徒会メンバーの報告しか聞いていないからな。真冬さんもその場にいたのなら、当時のことを包み隠さず教えてくれ」


 慌てたように先輩が言い、真冬を怖がらせないよう笑ってみせる。

 今の話、本当なら江津先輩は、今回の件を「何となく風紀委員会が悪い」程度にしか認識していないように見える。

 綾小路君以外の目撃者からの報告も入っていると思っていたから、どこまで見られているか不安だったのだけど、これなら押し切れるかもしれない。

 他に役員がいないのも幸いだった。

 これなら、嫌われるのは江津先輩からだけだ。

 幻滅しないと、真冬は言ったけれど、本当かな。信じたいけど。

 信じたいんだけどさ。


「…………」


 一瞬躊躇ってしまったのは、まだ迷いがあるからだろうか。

 何せ、これから俺がしようとしていることは、原作の咲也を彷彿とさせる行為だから。

 今でこそ、良好な関係を作ってこれたと自負しているけど、原作の俺と真冬の立ち位置を考えると、これによってどのような感情を持たれるか、確証が持てない。

 楓先輩の身を守るために、真冬からの信頼を失うリスクを犯すのはどうなのだろう。


「……」


 ちらりと隣の真冬を一瞥する。

 すると、ぱちりと視線が合った。彼女も俺を見ていたらしい。

 ほんのわずかな時間だが、俺の表情から何かを読み取ったのか、真冬は微かに笑みを浮かべると、首を縦に傾けて頷いてみせた。

 ——大丈夫です。

 そう言われている気がした。

 ああ、嫌だ。

 自分の中の矛盾というか、考えていることがコロコロ変わる一貫性のなさが嫌になる。

 彼女を信じきれていなかったのに、ただ目があって笑いかけられただけで、こうも簡単に翻意していまうのはどうなんだろう。

 いや、落ち込んだり考えるのは後回しにしないと。

 せっかく今の俺には真冬の加護があるのだから。

 さあ、戦闘開始だ。


「江津先輩」

「ん?」

「実は今回の件、非はこちらにあります」

「……何だって? 詳しく話してくれ」


 さっきまで機嫌よくこちらを労ってくれていた先輩の顔が、たちまち怪訝そうに歪む。

 怖い。

 怯んではいけない。

 俺は続けた。


「事実です。俺達は、とある出店で人が大勢集まる騒ぎを起こして、迷惑をかけていたのです。それを、あの風紀委員の方は止めに来たのです」


 騒ぎについては、俺達と一括りにした。下手に嘘ついて俺一人がやったことにしても、この手のは後で絶対バレるからさ。

 嘘は、本当の中に混ぜ込むからバレにくくなるのだ。


「騒ぎってのは何だ?」

「わんこそばの大食いです。新記録を打ち立てるかもしれないと、店先が一杯になるくらいギャラリーが集まってしまいました」


 俺が答えると、先輩は溜息をついた。


「ならば、君達は悪くない。人が集まったのは、その生徒らのモラルの問題だし、例え君達のせいで騒ぎになったのだとしても、言い分も聞かずにいきなり能力を使った、あの愚か者が全面的に悪いとオレは思うが」


 ぴしゃりと、反論を許さないとでも言うような言い方ではあったけど、気にせず俺は言い返した。


「いいえ、先輩。彼女は、能力なんか使っていません」


 はっきりと。

 逆に先輩からの返答を許さないという力強く言い切った。

 隣の真冬が息を呑んだのが雰囲気で分かった。


「は……?」


 目の前の先輩が、明らかに狼狽している。

 それもそのはず。

 多分、江津先輩の元には、綾小路君や他の目撃者から「風紀委員が能力を使って攻撃してきたので、真冬が庇うために能力を使った」という報告が入っているはずだ。

 なのに、当事者から「そんな事実はない」なんて言われたら驚くのも無理はない。

 そう。

 俺がやろうとしていることは、「黒を白に無理矢理変えること」だ。

 あたかも、原作の咲也が他の生徒にやっていたように。

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