第78話
場面は戻って、生徒会役員室の前。
楓先輩との仲を勘繰る真冬に、どう返答したものか、考えていた。
「俺には許嫁なんていないし、あの先輩と何かあるわけでもないよ。今回の件は、単に俺のわがままだから」
結局、素直に答えることにした。嘘をつくのも、誤魔化すのも違うと思った。バレた時怖いしね。
真冬は首を傾げた。
「わがまま?」
「明前家の子供に能力を使ったから退学ですとか、そういう理由で誰かが不幸になるのを見るのは嫌なんだよね」
「…………」
単に俺が嫌なだけ。俺は、原作での咲也の振る舞いや、それによって不幸になった生徒達をたくさん知っている。その償いが含まれていないといったら嘘になるけれど、流石にそれは話せない。
この世界の明前咲也は小心者だから、目立ちたくないのだ。誰かを傷つけることも、傷つけられるのも怖い。
きっと俺は、そんな一面を真冬には知られたくなかったのだ。
軽蔑されたくなかったのかな。
真冬は、黙っていた。
「ごめんね。それじゃあ——」
そう言って、俺一人で生徒会長の元へ行こうと一歩踏み出そうとして。
不意に後ろへ引っ張られた。
「え?」
「……行かないで」
真冬が、俺の袖を摘んでいた。
「私も、連れていってください」
え? え?
思わぬ申し出に、頭の処理が追いつかなくなってきました。
黙っていると、真冬は絞り出すような声で続けた。
「先輩は、甘すぎると思います。命を狙われかけたんです。あの人が土壇場で照準を逸らしたといっても、下手すれば当たっていたし、当たったら無傷では済まなかったんですよ」
段々と、その声に湿り気を帯びていく。目元からは、今にも大粒の涙がこぼれそうだった。
それでも、彼女は続けた。
「わがままとか、私にとってはどうでもいいんです。ただ、もう少し周りを見てください。あなたはよくても、私はよくないんです。咲也先輩が、いなくなるかもしれない、そう思ったら……っ、あの時、私はすごく怖くなりました……っ」
どうしよう。
罪悪感に押しつぶされそうだ。
無傷だし、事を大きくしたくないあまり、急ぎ解決に向かおうとしていたけど、実際に俺を守ってくれたのは誰だった?
真冬だ。
彼女はきっと、本当に心配して咄嗟に能力を使ってくれたのだ。
その気持ちを、ないがしろにしてしまっていたのではないか?
「……心配かけた。ごめんね」
「どんな話をしても、先輩がどんな人でも、今更私は幻滅なんてしません。だから、私を置いていかないでください……」
きっと、彼女は譲らない。俺が断ってもついていくだろう。
「今更」というのがどういう意味か少し気になったけど、とにかく俺のことをそういう風に思ってくれていたことが、とても嬉しい。
「……分かったよ」
だから俺は、首を縦に振った。
真冬が顔を上げて、少しだけ笑った。泣き顔なのによく映える、とても綺麗な表情だった。
「……私も一緒に行きたいけど、ここは譲るわ」
姉様は不服そうに言った。中等部生徒会役員で騒動の関係者だから、おそらく外で待っているわけにはいかないはずだが、弟のために折れてくれたようだ。
後で穴埋めはしますから。
「……真冬も成長していたのですね」
希空がぽつりと呟いた。
彼女の顔が見えないので、それがどういう意味で言ったのかは分からなかった。でも、なんとなく寂しそうな……。
「さ、行きましょう、先輩」
真冬の言葉に引き戻される。そうだ、今は目の前の問題にあたらないと。
俺はあらためて、生徒会役員室に対峙した。
まるでラストバトル前のようだ。俺にとって最後の難関は、高等部の卒業式だとばかり思っていたのに。
初等部での学校生活は、それなりに平和だったけど、最後の年でこう色々と課題がなだれ込んでくると、中等部に入ってからはこれ以上の何かが待ち受けているのではないかと疑心暗鬼になりそうだ。
まあ、健康なだけ儲け物だ。
「…………」
目を瞑り、一回深呼吸をした。
よし。
俺は真冬と一緒に扉の前まで進み、拳の裏で三回ノックした。
「明前です」
「……ああ、どうぞ」
ややあって、男子の声で返事があったので、扉を開けて中に入った。
「失礼します」
「……失礼いたします」
生徒会役員室は、生徒会室に負けずとも劣らぬ豪華な装飾の部屋だった。
広い室内は、ロの字の形に長机が並べられて、会議室然としながらも、食器棚や応接用のソファなんかも置いてある。
ちなみに、この部屋は中等部の生徒会役員室で、壁を隔てた隣には高等部の役員室がある。間取りは同じくらいと聞いたことがある。
本当に特権階級だな。
そんな部屋の奥、ソファに座って俺達を待っていたのは、
「よう。年始のパーティー以来かな?」
「……ええ。江津様、ご無沙汰しております」
中等部の生徒会長である江津新(ごうつあらた)様だ。他は誰もいない。あえて人払いをしてくれたのかな。
彼は、俺の隣の真冬を一瞥して、怪訝そうに片方の眉を持ち上げたが、すぐに元の表情に戻ると、
「まあまあ、そんな緊張するな。取って食おうってわけじゃないんだ。ほら、座ってくれ」
と、ソファへの着席を促されたので、俺達は大人しく部屋の奥へ向かった。
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