第76話
希空にかいつまんで事情を説明し、現状を何となく理解してもらったところで、俺達は一同揃って生徒会室へ向かった。
「咲也様、私のために申し訳ありませんでした」
希空には、深々と頭を下げられてしまったのだが、
「誰が悪いというわけじゃないんだ。気に病むことはないよ」
俺は何も気にしていない。
発端はそうかもしれないけど、希空はお蕎麦を食べていただけ。たとえ、人が大変な状況の時にも蕎麦を啜り続け、女性の挑戦者としては圧倒的な84杯を平らげて新記録を打ち立てていたのだとしても、誰が悪いとかそういう話をするのはナンセンスなのだ。
「いいえ、そうは参りません。こうなってしまった以上、精一杯手助け致しますね」
俺は本当に気にしていないんだけど、納得していない様子の彼女は、そう言ってガッツポーズを作った。
先輩相手に話をするの怖いなあと思っていたから、そら助かるけどね。
……ちゃんと話せるかな?
会話が途切れると、文化祭の喧騒がより鮮明に耳に入ってくるようになる。その浮ついた空気や、美味しそうな匂い達とすれ違いながら、俺達は中央棟を目指す。
生徒会室が近づくにつれて、喧騒からは遠ざかっていき、徐々に無機質感が増大しているような気がした。肌寒いのは、きっと秋風のせいだけじゃない。
うん、肌寒いはずなんだけど、俺の両隣には真冬と姉様が並んで歩いていて、緊張で顔が赤くなっていくのを感じる。
「あの、二人とも」
「何かしら?」
「何ですか?」
ほぼ同時に返事がきた。
「何だか、近くないですか?」
「気のせいよ」
「気のせいですよ」
まただ。
絶対気のせいじゃないよ。
だって腕と腕が触れそうな距離じゃない。というか、時折腕が当たるんですけど。
汗かいてきちゃったよ。
「当ててるんですよ、先輩」
心を読まないでください。
というか、これから生徒会に説明に行くところだというのに、こうも緊張感がないのはいかがなものか。
「今年の高等部生徒会長は比較的穏健派だから、大丈夫だと思うわ。頑張ってね、咲也」
「はあ……」
穏健派といってもねえ。
ふと、携帯が震えた。すぐ止まったので、メールかな。
断りを入れてからメールを開くと、義弥から連絡がきていた。
中庭でのやりとりについて、誰かから聞いたらしく、大丈夫かと身を案じる内容が綴られていた。
「こ、れ、か、ら、せ、い、と、か、い、し、つ、だ、と」
心配させているだろうし、後で合流しようと約束もしてしまっていたし、簡単に返事をしておかないと。
生徒会での話が長引いたら、合流出来なくなるかもしれないし、用事があったら先に帰ってて構わないとも本文には書いておく。
よし、送信完了。
「義弥様ですか?」
「ああ、大丈夫か? だとさ」
後ろをついてくる希空から聞かれたので、そう返すと、
「実は私の方にも、亜梨沙様から同じようなメールが来ていましたよ」
「ああ……」
いかにもあの双子らしい。
義弥が知ってるということは、亜梨沙も当然、何があったか聞いているよなあ。
後で個別に話をしないといけないかもしれない。彼女は生徒会至上主義だったこともあって、原作においても風紀委員会とは激突していたのだ。
それはそれで気が重いなあ。
あの子血の気が多いからなあ。
考え事をしながら歩いていると、気づけばもう生徒会室は目前に控えていた。
着いちゃった。
嫌なことは、全て目の前からなくなってくれたらいいのにね。都合よくいかないからこそ、人は同じ思いをしないように学習するのだろうけど。
扉を前にして、一瞬立ち止まる。
「咲也先輩?」
心配そうに真冬が覗き込んでくる。
後輩を不安にさせてはいけないね。よし、俺は決意を胸に秘めた。
そして、いつもより幾分か重く感じられる扉を、おもむろに開いた。
「うへえ……」
生徒会室内は、案の定ピリピリしていた。
それもそのはず、こういったイベント事の時は、不足の事態が起きないよう特に注意を払っているだろうから。
俺達に気づいた綾小路君が、こちらへ駆けて来た。
「明前先輩、あれから大丈夫でしたか?」
「綾小路君、ありがとう。大丈夫だったよ、助かった」
「それは何よりです。それで、その……」
「生徒会役員室?」
一瞬、彼が言い淀んだので、何となく当たりのつく予想を伝えてみると、
「はい。中等部の生徒会長から」
彼は首肯した。
中等部か。……え、中等部?
「あれ、高等部の生徒会長は?」
「中等部に任せると言って出ていきました」
へえ。
高等部は、この件に絡む気はないということかな。
中等部の生徒会長なら、話のしようはある。あまり使いたくない方法だけどね。
「分かった。それじゃ、生徒会役員室には俺一人で行くから、皆はここで待ってて——」
と、言いかけたところで、
「何でですか!?」
「一人で行くなんて生意気よ」
案の定というか、真冬と姉様からブーイングが飛んできた。
この場合、俺一人で話に行った方がやりやすいからなあ。しかし、きちんとした理由を話さないと納得してくれなさそうだ。
しかし、簡単に理由を話してみると、
「それ、貴方が悪者になるじゃない」
姉様が顔を顰めた。
「やり方も、私は嫌い」
「ごめんなさい。俺もあまり使いたくはないんですけどね……」
「そうでしょうね。でも、咲也の言うとおり、丸くは収まる。そう。理解は出来るけど、納得はしないわ」
そう言って、彼女はそっぽを向いてしまった。ごめん、姉様。
生徒会をじっくり説得なんてしていられないし、下手すると大事になってしまうから、こういうのは多少雑であっても、スピード解決した方がいい。
「咲也先輩」
「ん?」
今度は真冬が不安げに尋ねてきた。
「あの風紀委員とは知り合いですか?」
「どうして?」
「だって、普通生徒会は風紀委員の肩なんて持ちませんもの。……もしかして、あの方が許嫁だったりするんですか?」
「何で!?」
その設定まだ生きてたの?!
真冬は続ける。
「だって、生徒会以外で知り合いの少ない咲也先輩が、見ず知らずの風紀委員を助けようとするとは、とても思えません」
冷静に考えたら、彼女の言う通りだ。
知り合いが少ないというところも含めて反論出来ない。
「……」
たしかに俺が彼女を助ける義理はない。
でも、思い出してしまったのだ。
彼女は、やっぱり原作「のノア」でも登場する人物なのである。
そして、ある意味、咲也の被害者なのだ。
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