第73話
「ところで、姉様」
「何、どこか行きたいところでもあるの?」
「いえ、それは俺が逆に聞きたかったんですけど」
姉様は、どこか回りたいところとかあるのだろうか。正直、俺は食べ物以外興味ないんだよね。特別行ってみたい出し物もないし。
「私は、特に行きたいところはないわ」
「……俺もなんですけど」
「えっ」
姉様が目を瞠った。
すみませんね、つまらない男で。
「食べ物の出店は気になりますけどね」
「そういえば、昔もご飯食べて昼過ぎくらいには帰っていたわね……」
かつての俺の行動を思い出したらしい姉様から、同情のこもった視線を向けられてしまった。
これ以上は惨めになるだけなので、ここら辺で話を変えてしまいましょう。
「さあ姉様。出店ですよ出店。気を取り直してまずは腹ごしらえしましょう」
「はいはい……」
姉様を引っ張り、中庭から食べ物の出店が出ている正門前の広場へやってきた。
そこは楽園のようだった。
道の左右には、イベントとかで使われるようなテントが立ち並び、その下で食材の焼く音や、香ばしい匂いを漂わせている。
胃袋に毒だ、この通りは。
「今年も美味しそうなものばかりですね〜」
「咲也は何か食べたい物はあるの?」
姉様に聞かれるが、愚問である。
「とりあえず一周しましょう」
「え?!」
さてさて。
こういうところは、まず一周して、何があるのかを見て回ってから、自分の胃袋の容量と相談しつつ食べたいと思ったものから買っていくのだ。
そう、空腹だからといって、焦って目の前の屋台に食いつくのは白痴のすること。
まずは「見」ですよ。
というわけで、心なしか浮き足立っている俺は、もはや競歩くらいの速さで出店を見ていく。
「ちょっとっ、さ、咲也、待って……っ!?」
おっと、いけない。
姉様を置いて行っては一緒に回る意味がなくなってしまう。
「ごめん、姉様。あの焼きそばが美味しそうでつい……」
「も、もうちょっとゆっくり、お願いできる?」
「はーい」
普段あまり運動しない姉様にとって、俺の競歩はついていくのが大変な速さだったようだ。
反省。
焼きそばよりも、姉様を優先すべきだ。
「では、あらためて行きましょう」
「え、ええ……」
仕切り直して、普段のペースで歩き始める。
横では姉様が「この子こんなに食い意地が張ってたのね……」と呟いている。
ええ、俺はスイーツと焼きそばには目がないのです。
ただでさえ、自由に外出が出来ないと、こういう焼きそばとか牛串みたいな大衆向けの料理って食べる機会ないからね。
もちろん、玲明だから出店の料理で使われている食材は、契約農家の作る無農薬野菜やA5ランク牛の肉だったりで、ジャンクフードとは言えないくらい上品な味がするんだけど。
それでも、焼きそばは焼きそば。ソースの香りが誘因性高いな〜。
「……あら?」
不意に姉様が声を漏らした。
見ると、何やら出店の一角を見ているようだ。
「うわ、何ですかね。あれ」
「すごい人ね」
どうやら、少し先にある出店のイートイン用のテーブルに人だかりが出来ているらしい。
何か嫌な予感するな……。
そう思い、回れ右しようと姉様に提案するが、
「——咲也先輩! よかった、助けて!」
間一髪、遅かったみたい。
振り向くと、雨林院真冬が困り果てた様子で立っていたのだった。
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