第72話
発表会が終わり、初等部は無事解散となった。この、もういつ帰ってもいいんだという開放感が毎年たまらないよね。
土曜日も学校があるのは面倒だけど、この半ドンの開放感があるから嫌いにはなれない。大変だけど、彼にもいいところはあるのよ……。
肝心の発表会はというと、かなり好評だった。
俺達の班は、「都会に住む野鳥」をテーマにして、都市の開発と生息数の変化についてまとめることになったのだが、俺の野鳥愛をこれでもかと詰め込んで作ったからね。
うふふ、ハクセキレイちゃん、メジロちゃん、カワセミちゃん……皆可愛いね……。
ついテンションが上がってしまい、そんなことを考えながら作業をしていたら、同じ班の男子生徒からは「ついには獣まで……」と、何やら看過できぬ勘違いをされてしまうことになったけど。
おまけに、慌てて弁解しようとしたところ、「失礼なことを考えて申し訳ありません!」とすごい勢いで謝り倒されてしまい、誤解を解くタイミングを逸してしまった。
義弥も同じ班にいたので助けを求めようとしたのだけど、笑いを堪えて蹲って震えていた。とてもフォローが出来るような状態になかったよ。
そんなわけで、発表自体はうまくいったけど、同じ班の男子達からは畏敬の眼差しを向けられてしまうこととなったのだ。
こんなはずでは……。
でも、いいんだ。
俺には動物達がいればそれでいい。彼らは俺のこと、裏切ったりしないから。
中等部入学のお祝いは、テレビじゃなくて猫か犬にしてもらおうかな……。
学校なんて行かず、犬や猫と毎日戯れる日々を送るのもいいじゃない。人間は醜いんだ……。
——っと、いけない。
俺の方が闇堕ちしそうになってどうする。
気を取り直して。
俺は義弥と別れ、姉様との待ち合わせ場所へ向かった。
天気はいいけれど、空気はカラッと乾燥していて、上着がなければ少し肌寒いかな。もう冬って感じだ。なのに、鼻を抜けていく空気に、焼き物とかお菓子の匂いが混じっていて、前世で縁日に行った時のことをふと思い出した。
来年は中等部だし、夏休みに縁日へ行きたいなあ。あと、風鈴市とかも行ってみたい。
外出が解禁された時のため、行きたい場所について考えながら、あらかじめ姉様に指定された中庭のベンチまでやってきた。
すると、
「か、輝夜様、俺達と一緒に回りませんか?」
「そうです! 大勢で回った方が楽しいですし!」
姉様が、男子生徒に囲まれていた。
ええ……。
そりゃ姉様って、同学年では莉々先輩と男子の人気を二分しているという話だから、当然のことかもしれないけど。しかし、莉々先輩と違って、面倒を嫌う姉様は、普段からあまり異性を寄せ付けないように振る舞っていたはず。
だから、初等部から同じ学年の男子達は、すでに諦めムードというか、ファンクラブとして高嶺の花を遠巻きに崇めるような立ち位置にいたはずだが。
ん? 待てよ。
よくみれば、姉様を囲む男子は見覚えのない子ばかりである。
彼らは、おそらく外部生だ。
もしや、イベントの浮ついた雰囲気に乗じて、奇跡的にお近づきになれないかなと考えて捨て身の作戦に出たのではないだろうね。
文化祭は、異性と自然と仲良くなるチャンスの多い絶好のイベントだし、健全な男子が見逃すはずがない。
とはいえ、姉様達はもう中等部二年生だ。チャンスにかけるなら去年じゃないの?
疑問に感じたけど、昨年は隣に莉々先輩がいた。あの人、姉様にちょっかいだそうとする人に対して厳しいからなあ。あとは、姉様自身もクラスの催しで忙しそうだったからね。
きっと、彼らも遠巻きに見ているしかなかったのだろう。
「結構よ。人を待っているの」
「え、それって男性ですか?」
「ええ、そうよ」
「だ、誰なんですか!?」
「それは貴方達には関係のないことでしょう?」
すぐ入っていくのは躊躇われ、少し離れた場所で様子見をしてみたのだけど、これは埒があかなそうだなあ。最初で最後のチャンスとばかりに、男子達も食い下がっている。
このままでは収集がつかないかも。
仕方ない、行きますか。
今日の俺の役割は、姉様の虫除けですからね。自分の仕事を放棄したら、後で父様に何をされるか分からない。
「姉様」
声をかけながら近づくと、俺の姿に気づいた姉様が立ち上がった。
「咲也、遅いわよ」
「いの一番に来ましたよ」
「なら何でそんなに時間がかかったの」
「発表会だからですよ」
俺が初等部生ってこと忘れてません?
一方、男子生徒達は、唐突に弟が登場して狼狽えている様子だ。顔に「あの噂の……」って書いてあるからね。
姉と違って、俺は色々と悪名高いみたいですから。
何せギャル好き。
何せ獣もいける。
そして、極め付けはシスコンだ。
泣きたくなりますよ。
と言いつつ、今だけはそのやばさを利用させてもらうけどね。
「先輩方、すみませんが今日の姉は、俺が無理を言って一緒に回ってもらうことになっているんです。出来ればご遠慮いただけますか?」
「えっ……」
すると、君が? って疑問が顔に出ている。
もう一押し。
「姉とどうしても一緒に文化祭を回りたくて、今日という日をとても楽しみにしていたんです。その気持ち……分かってくださいますか?」
「そういうことなの。申し訳ないけれど、私はもう行きますね」
と、姉様も会話に合わせてくれたことで、ようやく彼らは諦めてくれたらしい。
「分かりました、では……」
「大変ですね、輝夜様……」
ちょっと、何が大変だというんですか!
失礼しちゃうよ!
まあ、思ったよりすんなり引いてくれたので、ホッとした。引いたというより、やべえ奴に絡まれる前に逃げたようにも見えたけど。
……え? 俺から逃げたの?
釈然としないものは残るが、ホッとしたのは本当だ。
生徒会相手に手を出すほどヤバい生徒はいないと思うけど、それでも俺の能力では姉様を守ることは出来ないからなあ。
彼らが見えなくなるまで遠ざかった頃になって、ぼそっと姉様が口を開いた。
「……助かったわ」
「ええ!?」
あの姉様が素直にお礼を言った!
しまった、つい思いきり驚いてしまった。
姉様は、頬を染めながらジロと睨んでくる。
「そんなに驚かれると、流石に傷つくわ」
「いえ、つい。ごめん姉様」
「まあいいわ。お姉ちゃん大好きの咲也に免じて、今日は許すわ」
「うえ……」
また睨まれた。
何はともあれ、これで落ち着いて回れそうだ。
虫除けとして、姉様をエスコートいたしましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます