第71話
夏休みも終わり、また文化祭のシーズンがやってきた。初等部最後の文化祭でもあるわけだけど、去年は姉様(と無自覚な義弥)のせいで酷い目にあったので、今年は例年通り、発表会が終わったら直帰しようと決意を固めていた。
なのに。
「咲也、文化祭一緒に回るわよ」
「何で!?」
前日の夜、突然部屋に入ってきた姉様からそう言われたのだ。
何で?
そして、どうしてそれを前日の夜に言うの?
頭の中が疑問符で埋まりそうになるが、ずっと固まっていても話が進まないので、おそるおそる姉様に尋ねる。
俺が聞き間違えただけかもしれないもんね。
「姉様、もう一度聞きますが、今何とおっしゃいました……?」
「明日の文化祭一緒に回るわよ」
やっぱりそうなのか……。
「どうしてそんな急に……?」
「それが、元々は莉々と回る予定だったのだけど、あの子急な用事が出来てしまったの」
「ああ、そういうことですか」
納得した。
元は莉々先輩と回る予定だったのか。
たしかに、一緒に回る予定の人が急にいなくなったら、時間を持て余すよね。
中等部はクラスの出し物とかもあるから、初等部みたく適当なタイミングで帰ることは出来ないからね。
姉様。ならば、最初に理由を言ってくださいよ。急に言われて驚いたじゃないですか。
それよりも。
「俺がすでに誰かと回る予定だったら、どうするつもりだったんですか?」
「あら、もう予定があるの?」
「…………」
ないですけども。
沈黙が流れた。
「……えっと、それで、一緒に回ってくれる?」
少し間を置いて、姉様が気まずそうに尋ねてきたので、俺は無言で縦に首を振った。
文化祭当日。
車から降りると、朝の肌寒さに身が震える。夏が終わったと思ったら、あっという間に寒さが強まったような気がするなあ。
教室へ行くと、すでに義弥が来ていたので挨拶を交わす。すると、遠巻きに義弥へ熱い視線を注いでいた女子生徒達が、ざわめき立ったような気がした。
最近、義弥と話している時にこういうことがたまにあるんだけど、何だろう。もしかして、俺にもついにモテ期が来たのかしら?
そうだといいなと思いつつ、義弥と別れて一人教室の隅へと向かう。初等部は文化祭の日に社会科発表会があるため、前日のうちに机や椅子を後ろにまとめて、展示物を用意しておくのだ。
だから、俺は自らのパーソナルスペースである机を失い、仕方なく隅っこくらしを余儀なくされているというわけです。
はあ。端っこって落ち着くわ。窓際だと外の景色も見れるしね。
まあ、初等部の教室は中央棟側に廊下や扉があるから、窓からは森や林しか見えないけどさ。
中庭が見えないから、文化祭当日の喧騒からはうってかわって静かなものだ。しかし、たまに中等部らしき生徒が何人か来ては、何かの相談をしているのが見える。
目につかないからこそ、こっそり相談したい時に使われるのかな。
一階は初等部一年生と二年生のフロアだけど、窓の死角なら見えないしね。こうして上からは見えちゃうわけだから、告白とかには向かないと思うけどね。
「咲也、どうしたの?」
義弥がやってきた。
俺と挨拶した時は、他の男子と話していたはずだが、会話は終わったのかな。
「ん? いや……外を見てただけ」
「ふーん」
外の様子を盗み見してましたなんて言えないし、適当に誤魔化す。
「今年はどうするの?」
何のことか聞き返そうとして、思いとどまる。文化祭のことか。
本当なら、ご飯だけ食べてすぐに帰るつもりだった。姉様に誘われて回ることになってしまったけどさ。
しかし、今思えば、去年はひどい目にもあったけど、それなりに楽しめたようにも思う。
昨日の夜、姉様から誘われた時に断りきれなかったのは、それがあったからかもね。いや、姉様相手では、どうせ断りきれなかったか。
「今年は、姉様と回る予定だ」
「えっシス……珍しいね。どういう風の吹き回し?」
今、シスコンって言いかけなかった?
繕ったように笑顔を作るな。顔からキラキラオーラ出すな。
俺は昨日、姉様から聞いた理由をそのまま義弥に話し、仕方なく回ることになったのだと弁解した。しかし、「はいはい」と流されてしまった。
本当なのに。
「そんなことはともかく、咲也が文化祭を楽しんでくれそうで、僕も嬉しいよ」
それはともかくってあなた……。
こっちにとってはシスコン認定されるかされないかは大きな問題なんだけど。
しかし、義弥はそのまま続ける。
「今年もどこかで合流しようよ。僕は適当に生徒会かクラスの子とぶらついているからさ。輝夜さんとの二人きりのデートに満足したら呼んでよ」
「……」
本気で姉様とのデートを楽しむなら、義弥と合流するわけないだろと言葉が出かかったが、何とか飲み込む。
くそう。
何でそんなことを言われないといけないのだ。元はといえば姉様の虫除けで付き合わされるだけだというのに。
もういいや。
去年もそれなりに楽しんでしまったのだ。今年は初等部最後の文化祭だし、開き直って目一杯楽しんでしまうのも一興だろう。
平静を取り戻した俺は、縦に首を振った。
「分かったよ。姉様に飽きたら連絡する」
「……いくら実姉のことでも、その表現はどうかと思うよ」
すると、義弥から冷たい視線を向けられてしまった。
怒りなさんな。言葉の綾だよ。
俺が姉様に飽きるわけないだろ。
しかし、ここで先生が教室に入って来たため、弁解する余地もなく、俺達は会話を中断し、教室の中央へ向かうのだった。
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