第70話
夕食は、誘った言い出しっぺである明前家が、雨林院家を別荘に招くという形に落ち着いたみたいだ。
今、ウチの車は雨林院家を先導する形で前を走っている。運転する父様は、大層ご機嫌である。鼻歌まで鳴らしてるよ。
まあ、そうだろう。
雨林院家とは、競合している分野もあるけれど、協力関係にある分野もあり、関係性を一概に語れるものでもない。お互いに持ちつ持たれつな部分もあるからこそ、仲良くしておいて損はないこともあるみたいだ。
あわよくば、子供同士くっついくれればとか、父様は考えてるのかもしれない。まあ、雨林院会長は、俺のことをかなり警戒しているみたいだけど。
すごい怖いんですよ、あの人。
急に背後から現れるし。
もはや、あの姉妹の守護霊と化してるよ。
そんなことは露知らず、父様は上機嫌に運転を続けている。車がようやくすれ違えるくらいの狭い林道をしばらく走っていくと、ようやく別荘まで帰ってきた。
車を止めて、皆で手分けして荷物を運ぶ。
「素敵な別荘ですね、羨ましいです」
途中、いつしか隣に並んだ希空が言った。
西洋風の小洒落た建物ではあるけど、いささか古いんだよな。普段使っていない部屋もたくさんあるから、何か出そうな雰囲気があって余計に怖い。
「ありがとう。雨林院家の別荘も同じくらい立派でしょう?」
「いいえ、ウチのはこんなに大きくないですよ。咲也先輩」
今度は希空と反対側に並んだ真冬が言った。
そうなのかな。おそらくは謙遜だろうけども。
「大きくてもいいことないよ。広すぎて掃除とか大変そうだし」
あとお化けとか出そうだし。
口に出しては言わないけれど。
「掃除……? 管理は管理会社に任せているのではないのですか?」
「あ、いや……」
そうでしたー!
つい前世基準で考えてしまった。
「咲也様は不思議なことを仰いますね」
希空は首を傾げている。
しかし、真冬が庇うように俺の前に立ち、姉と向き合う。
「咲也先輩は、何でも人に任せずに、自分でも出来ることはやらないといけないとお考えなんですよ。ね?」
「え、うん、そうね……」
「ほら! 咲也先輩は、いつも色々なところまで考えを巡らせていらっしゃるんですよ」
にこりと微笑まれた。
ただの失言だったのに、尊敬の眼差しを向けられて、罪悪感がすごいよ。
真冬さん、本当に良い子に育ったね……。
頭を撫でてあげたくなるのを、すんでのところでこらえる。雨林院家の御令嬢にそんなことしようものなら、会長の爆裂拳が飛んでくるだろうからね。
そういえば、カフェでは姉妹の論争に目がいってあまり意識していなかったのだけど、希空や真冬って私服なんだよね。いや、夏休みだし当然のことなんだけど、普段制服姿しか見ていないものですから。
俺達って休日遊びに行くことってあまりないから、同級生の私服を見る機会って実はあまりないんだよね。ちょっと新鮮だ。
二人とも、ガーリーなファッションに身を包み、まさに可愛らしいお嬢様といった甘い雰囲気を漂わせている。実際、この姉妹の周りは柑橘系の甘い香りがするんだけど。
ふと、前を歩く雨林院会長がこちらを振り向き、目が合う。
……ひっ。
そこには、鬼がいた。
その後も、皆で協力してバーベキューの準備を済ませ、いよいよ食べ物を焼き始めることに。
明前家では、毎年焼く係はバーベキュー将軍の父様に任せてしまっている。まあ、本人がトングを手離さないし、それに子供が火の元に近づくのは危ないしね。
今回も、父様は「私がやりますのでどうぞ座っていてください」と張り切って火を焚べ始めた。
雨林院家は初め申し訳なさそうにしていたが、父様が嬉々として燃え上がる炎を見つめている様子に、何かを察したらしい。
夫妻は大人しく席に座り、のほほんとした様子で食べ物を待つ母様と歓談を始めた。こういう時は、自然と大人と子供のグループに分かれていく。
俺達子供組は、大人達とは別のテーブルに座り、雑談に興じながら父様からの配給を待っていた。
「咲也様、本当に明前会長に全てお任せしてよかったのですか?」
さすがに何もしないというのは気が引けるのだろう。希空がおずおずと尋ねてきた。
「もちろん。あまり気にしない方がいい」
それに。
「父様は、バーベキューの時、他人に手伝われることを好まないからね」
「ならいいのですけれど……」
と。
ちょうど父様が一杯に肉を載せた紙皿を持ってきてくれた。
「さあ、焼けたよ。遠慮なくどうぞ」
「「ありがとうございます」」
雨林院姉妹が口を揃えてお礼を言う。
俺もそれに続いた。
そうだ。ついでがてら、希空の懸念も払拭しておこうかな。彼女はきっと、納得していないだろうし。
「ありがとう、父様。あのさ、何か手伝えることはある?」
「……何だって?」
途端、父様の目が吊り上がる。
将軍様、怖っ!
このままだと「余計な手出しはするでない」とか将軍全開の台詞が飛んできそうだったので、俺は慌てて父様の近くへ寄り、耳打ちする。
「彼女達が、父様だけに焼くのを任せて申し訳ないって心配してるみたいだから、あえて聞いたんだよ」
「うむ、さようであったか」
すると、父様は納得したように頷いた。
ちょっと、将軍様抜けてないよ。現代に戻ってきて。
全く、バーベキューとなると周りが見えなくなるんだから……。
「私は、焼くのが好きでやってるんだ。気持ちは嬉しいけど、本当に手伝わなくて大丈夫だよ」
今度はいくらか優しいトーンで、俺の後ろの彼女達にも聞こえるように父様は言う。
「それに、焼きながらだと、うまく焼けた肉を誰にも渡さずに食べられるからね。さあ、肉が冷める前にたくさんお食べ。次は野菜を持ってくるから、バランスよく食べるんだよ」
そう言って珍しくにこりと笑うと、父様は火の方へ戻っていった。
「咲也様のお父様は、落ち着きがある方で羨ましいです」
父様の背を見ながら、希空がぼそりと呟く。
「雨林院会長だってすごい方じゃないか」
「……それは認めますが、私達のことになると正気を失うので」
遠い目でそう言う彼女は、何だかレアだった。
言わんとすることは分かります、はい。
「希空さんや真冬さんに彼氏が出来たら、荒れるだろうな」
「ええ……特に私なんて長女ですからね。おかげで、自由恋愛は難しそうです」
達観したように、希空は笑った。
その表情に、以前サロンで彼女に聞いた「悩み」の一端を見たような気がした。
それから、何となくしんみりとしてしまった空気を払拭するため、焼いてもらった肉を食べることにした。
良い肉だからなのか、そう努めているのか、三人とも箸がよく進んだし、口数も多かった。
父様は、こちらのテーブルも結構気にかけてくれていたようで、何度も野菜やソーセージ、焼きそば等を焼いて持ってきてくれたので、食べ物は途切れることがなかった。
おかげで、話題も途切れることなく、助かった。あらかた食べ終わる頃には、元の感じに戻って話が出来るようになっていたように思う。
焼くための食材は無事になくなったようで、飲み物とおやつに移行して、しばらく経った。
空が蒼然としてきており、昼間とはうってかわって肌寒さを感じる。雨林院家は、日が沈み切る前に別荘に帰るとのことで、バーベキューはお開きとなった。
後片付けは、雨林院夫妻も手伝うと申し出たが、招待した明前家でやるからと父様が固辞した。まあ、皿とかコップは紙だし、テーブルや椅子は明日も使うから出したままでいいし、片付けが必要なのはバーベキューコンロや網くらいだったけどね。
会長と夫人に促され、希空達も帰り支度を始めたが、ふと希空の目を盗んで真冬がこちらへトコトコとやってきた。
「真冬さん、どうしたの?」
「……えっと」
彼女は少し言い淀んでいたが、やがて意を決したように言った。
「私は次女なので、お姉様ほどうるさく言われないと思います」
「はあ」
「……それだけですっ」
そう言い残して、真冬は顔を真っ赤にしながら希空の方へ小走りで戻っていった。
え、それって……。
「——何やら楽しそうな話をしていたねえ。何の話か教えてくれるかなあ?」
考え込もうとした矢先、ぬっと後ろから雨林院会長に話しかけられた。
いや、だから怖いって……。
そのうち、娘さんから避けられますよ?
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