第69話

 あれから雨林院家と別れ、母様と二人並んで駐車場へ向かっていた。

 緊張やら諸々で、せっかくのスイーツもババロアなんだかムースなんだかよく分からず、少し損した気分だ。

 今度こそは、ゆっくりと食べに来よう。

 まあ、当初の目当てだったチョコレートはちゃんと帰り際に買えたので、良しとしますか。自分用と父様達へのお土産用とで、結構買い込んだからね。

 だからか、右手に提げた紙袋はずっしりと重みがあって、俺は思わずうっとりしてしまう。食後のデザートとしていただくのが楽しみだ。

 買う時、希空が「すごい買いますね」と言わんばかりの視線を送ってきたのは気になったけど。

 いや君もフードファイターだろ。

 というか、チョコレートをたくさん買ったのは、父様達へのお詫びも含まれているからなのだ。

 雨林院夫人から誘われた時点で、母様から父様達には連絡を入れてくれていたので、あちらも適当に時間を潰してもらうことになっていた。

 だが、さっさと済ませようと言っていた手前、待たせてしまったのは事実だからね。賄賂を送ってご機嫌取りしないとね。

 姉様も俺と同じで甘い物が結構好きだから、喜んでくれるだろう。甘さの強いホワイトチョコもしっかりと買ってある。

 ああ、早く食べたいな〜。

 そう思いニヤニヤしていると、母様がふと話しかけてきた。


「さっきは楽しかったわね〜」

「ええ……?」


 あれがですか?

 後半は、殆ど姉妹のお話し合い(本人達に配慮した表現に修正しています)みたいなものだったじゃないですか。

 雨林院夫人も苦笑いしてたもの。

 まあ。


「一応、楽しかった、のかもですね」

「ふふ、咲也さんは希空さんと真冬さんのどちらが好みなのかしら?」

「……ノーコメントです」

「否定しないということは、どちらかが好みではあるのね?」


 げ。

 母様、策士ですね。

 俺はこれ以上情報はやるまいと口を紡いだ。その様子を見た母様は、心なしか上機嫌そうに笑うのだった。

 俺もつられて笑ってしまう。


「……」


 この光景、俺の能力によって勝ち得た未来なんだよな……。

 「この世界」に関する知識と、原作についての記憶があって本当によかった。

 母様の病気は再発する様子も見られないし、あっても俺が治すことができる。父様は、母様が生きているからだろうけど、原作と違ってどんどん家族大好き人間になっているような気がする。

 明前家の未来が、ゲームとは変わってきたのだ。

 「治癒」という稀有な能力を持っていて、これほど感謝したことはない。だからこそ、絶対にバッドエンドは回避してみせる。

 そういえば。

 チョコレート屋に雨林院会長の姿はなかったな。ウチみたく別行動でもしていたのだろうか。だとしたら、さぞかし寂しい思いをしてるんじゃなかろうか。

 何せ、会長は過保護で有名だから。娘に悪い虫がつこうものなら、裏で始末してしまうに違いない——


「……あら」

「……」


 駐車場で、明前家の車に近づくと、父様ともう一人、大人の男性が立ち話をしている光景が目に入る。

 あのシルエットはもしや……。


「お、やっと来たな」


 父様が俺達に気づいたようだ。


「あなた、お待たせしました。急にごめんなさいね」

「いや、構わないよ」

「お待たせ、父様。ごめん、これお土産のチョコレート」

「おお、後でいただこう」


 まずは待たせたことを謝っておく。

 父様はあまり気にしていないようでよかった。

 一通りやりとりを終えると、父様の隣にいた男性も話に加わってくる。


「おや、これはこれは。明前夫人に……咲也くん?」

「あら、お世話になっております。つい先ほど、夫人とお嬢様方にもお会いしましたのよ」

「ご無沙汰しております……」


 はい。雨林院会長でした。

 どうやら、駐車場も一緒のところだったらしい。

 ということは、さっき別れたはずのあの方々もここに来るってこと?


「貴方、車にいないと思ったらこんなところにいましたのね。……あら? 奇遇ですわ。また会いましたわね」


 噂をすれば、影。

 雨林院夫人に姉妹揃っての登場である。


「ごきげんよう、咲也様?」

「……ごきげんよう」


 ま、まあ会っただけよ。

 お互い別荘に帰るんだから、今度こそここでお別れのはず……?


「いま雨林院会長と話していたんだが、せっかくならばと夕飯を一緒することになった」


 父様が言った。

 まあ、そんなことだろうと思ったよ。

 どうやら、別荘も近所らしい。せっかくプライベートであったのだし、親交を深める意味も込めて、夕飯でも一緒にどうですかという話になったらしい。


「まあ、いいじゃありませんか。私もまだ話し足りませんでしたもの」


 母様も同意した。横で話を聞いていた雨林院夫人も、大賛成と言わんばかりに快諾しているし、もう逃げられない。

 車の中で携帯をいじっている姉様に視線を向けると、「諦めなさい」と口の動きだけで言われた。

 はい。

 ということで、第二ラウンド開始である。

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