第68話
雨林院夫人についていき、希空達の座っているテーブルまでやってくると、俺達のやりとりを見ていた雨林院姉妹は、母様と俺に向かって、
「明前様、咲也様、いつもお世話になっております」
淀みない挨拶と綺麗な会釈をした。
いつも思うけどすごいなこの子。本当に初等部ですか?
続いて真冬とも挨拶を交わし、そのまま流れで俺達は雨林院親子の座っていたテーブル席にお邪魔することになった。
雨林院家が座っていたのは、四人がけ席だったのだが、希空達が座っていた側はソファ席だったため、俺は二人につめてもらって出来た隙間にお邪魔することになってしまった。
席順は、真冬を真ん中にして、希空と俺の二人で挟むような形になった。
図らずも真冬の隣になったため、緊張が俺を襲う。
「真冬さん、狭くない?」
「はい、大丈夫ですよ。咲也先輩、お気になさらず、もっとこちらに寄ってください」
チキンな俺は、拳三つ分くらい間隔を空けて座っていたのだが、大丈夫だからもっと来いと真冬に手招きされてしまう。
いや、近い近い。
近いです真冬様!
香水かな。柑橘系の良い匂いがして、緊張も相まってくらくらしてきた。
やばい。ラスボスって……すごく良い匂いするんですね。
——って、違う違う。
まともな思考が出来なくなってるじゃないか。
おかげで、夫人から雨林院姉妹の学校での様子等を聞かれたのだが、何を答えたのかさっぱり覚えていない。
しかし、何だか満足そうに頷いていたのは覚えているので、きっと無難に答えることが出来たのだと思っておくことにした。
「そういえば、希空さんや真冬さんはいつも別の場所で過ごしていたよね。夏にここで会ったことはなかったから驚いたよ」
遠回しに「君達今まで夏は海外にいなかったっけ? 何でここにいるの?」と聞いてみる。
すると、
「ええ、真冬が今年は国内がいいと言って、別荘のある軽井沢にしたんですよ」
希空が答える。
え、真冬様が?
「ちょっと、姉様!」
「え、黙っていた方がよかったの?」
「別に、そんなことはないですけど……」
顔を赤らめて、真冬は拗ねたように答える。可愛いけど、なぜ急にそんな国内志向になったのかしら。
それは置いとくとして、今まで玲明の知り合い(名前や顔だけ知っている子はそこに含めないことを申し添えます)と会うことってなかったからね。
いざ実際に蜂合うと、何だか嬉しさと恥ずかしさが混ざった変な感情が湧きますね。
まあいい。
貴重な体験だったと言い聞かせる。それよりも、せっかく念願のカフェスペースにきたのだから、飲み物を頼もうっと。
何にしようかな〜。
「希空さん達は何を頼んだの?」
彼女達の前に置かれたカップを見る。もう半分くらいしか残っていないけど、見た感じホットチョコレートだろうか。
「アイスチョコレートにしました。ホットも気になりますけれど、暑いんですもの」
希空はそう言って苦笑した。
そらそうだ。
たしかにチョコレートを使った飲み物といえば、ホットチョコレートが思い当たるけど、こんな暑い日に飲む物じゃない。
誰だって冷たい物の方がいいよね。
「私はチョコババロアにしてみました。濃厚で美味しいですよ」
真冬は、自らの前にあるグラスを示しながら教えてくれた。
ババロアか……あまり食べたことないな。ムースを固めたものって考えると味の想像は何となくつくけれど、真冬の太鼓判があるならば、試しに食べてみよう。
「じゃあ、俺もババロアにしてみようかな」
注文が決まったので、母様と合わせて追加でデザートを頼んだ。母様は、アイスチョコレートにしていた。
「あら、振られてしまいましたね」
真冬と同じものを頼んだからか、希空が「よよよ……」とわざとらしくがっかりとした素振りを見せる。
「いや、そんなルールないでしょうに」
俺が言うと、
「冗談ですよ——」
希空は表情を元に戻して、そう言いかけたが、
「ふふ、咲也先輩は私とのお揃いを選んだんですよ、姉様の負けですね」
あ。
ピシッと空気が張り詰めた音がした気がする。
「ふうん。随分言うようになりましたね、真冬。昔は私の後ろをついてくるだけだったのに」
「いつまでも姉離れ出来ないと、姉様も困りますものね?」
あわわ……。
何か始まっちゃった。
それからというもの。
俺の頼んだババロアが来るまで、真横では姉妹のにこやかな会話(意図的にマイルドな表現を用いています)が繰り広げられたのだった。
なんでこんなことに。
というか、この姉妹、原作とは全く異なった関係になりつつあるよね。こういうやりとりを見ていると、そう実感する。
真冬の裏ボス化、もう防げているのかな。
それだといいんだけど、油断は禁物だ。
「ふふふ……」
「ふふ……」
いやそれよりも、まずはこのギスギスした空気だよ。
勘弁してくださいよ……。
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