第67話
初等部最後の夏休み。
俺は、家族旅行で軽井沢にある別荘にやってきていた。明前家では、毎年夏には避暑地へ旅行に行くことになっているのだ。
勿論、父様があまり仕事を休めないので、土日を挟んで三泊四日くらいではあるんだけどね。
そして、夏に涼を求めて避暑地に行きたがるのは、周りの子息令嬢方も同じらしい。というのも、終業式でクラスの子達の雑談が聞こえてしまったのです。
まあ、夏は長期間海外で過ごすなんて子も多いから、意外にも行き先が被ることは少ない。
実際、俺は今まで知り合いにあったことがないからね。今回も会うことはないでしょう。
さて。
車を降りて、別荘に入ると、まず俺は二階に上がって手前にある部屋に荷物を置いた。ここは、毎年自分の部屋として使わせてもらっている部屋なのだ。ちなみに向かいに姉様の部屋があり、父様達は一階の寝室を使う。それでも部屋は余ってしまうくらい広いので、中々に快適だ。
布団に体を預ける。管理は現地の不動産に任せているらしいから、部屋も全然埃っぽくない。
起き上がり、一応窓を開ける。換気換気っと。おお〜、林に囲まれているだけあって、空気がとても新鮮だ。
美味しいな〜。
スーハーと空気を吸って吐いて、味を楽しんでいると、扉がノックされた。
「咲也、買い物に行くぞ」
「はーい」
夕飯はバーベキューにすると言ってたから、その買い出しだろう。メインストリートの方へ行くなら、食後につまむ用のチョコとか欲しいな。
外へ行く準備をして階段を降りると、母様も姉様もすでに玄関で俺が来るのを待っていた。
「遅いよ、咲也。着いたらとりあえず買い物に行こうって話だったでしょう」
「ごめんなさい」
車の中でそんな話をしたかもしれない。長野の美味しい空気を味わうことに夢中で忘れていた。
「あれ、父様は?」
「あの人なら、もう車で待っているわよ」
母様が笑いながら教えてくれた。
早いな。俺を呼びに行った後、そのまま車へ直接向かったのか。
あまり待たせても悪いし、俺達は三人揃って車へ向かった。
父様の運転する車に乗って、メインストリートの近くにある駐車場まで移動してきた。
今日は、長野県でも割と気温が高くなる日だったようで、日差しの強さと相まって早くも汗が滲んできた。
これが地球温暖化か……。
早く帰って、冷房の効いた部屋でのんびりしたいところだ。
父様も同じ考えのようで、早く別荘に戻るため二手に分かれて買い物を済ませないかと提案してきた。俺達は、ノータイムで首を縦に振りましたとも。
結果、俺は母様と、姉様は父様と一緒に行くことになった。姉様は財閥令嬢ということもあって、変な輩に狙われやすいからね。悔しいけれど、俺の能力ではとても守れない。
「何から買おうかしらね〜」
「まずはパン屋行きましょう、母様」
ということで、父様達と別れた俺は、母様と並んでメインストリートを歩いていた。
重い物は父様が持つということで、肉や野菜等を買うのはあちらに任せたので、俺達はそれ以外に必要な諸々を買うことになったのだ。
朝食用のパンやデザート用の果物やらを買い込み、あらかた買うべき物は揃ったかなということで、帰り道すがら、俺がいつも買っているチョコレート専門店に寄ってもらうことになった。
お店に向かう途中、
「そういえば、咲也さん」
「何ですか?」
「好きな子は出来た?」
隣を歩く母様が、突然訪ねてきた。
「……いいえ、今は将来に向けて人脈を築くことに専念していますから」
物は言い様。人脈構築という名の友達作りが、俺にとっては大事なことなのですよ。
「ええ〜、真面目なのねえ。気になる子もいないの?」
「い、いません」
「本当に?」
「ホントですって」
しかし、一瞬言い淀んだのを母様は見逃さなかったようで、ジトっとした顔で覗き込まれてしまう。
「咲也さんは、とても綺麗な顔つきなんだもの。さぞかし女の子達の人気も高いと思うのだけど……」
「ははは……」
愛想笑い。
いやもう笑うしかないでしょう。
自分でも顔のパーツは整っていると思うんだけど。なぜ俺は、義弥みたく周りからキャーキャー言われないのだろう……。
と、目的地が見えてきた。
気を取り直して、いざチョコレート専門店に入る。店に入ると、宝石屋にあるような大きなショーケースに、色んな味のチョコレートが整然と並んでいる光景が目に入る。
うわあ……いつ来ても素晴らしい!
ここは、甘い味からお酒の入った大人な味の物まで、幅広い種類を取り揃えているのだ。
一度に全ての味を買うことも出来るのだけど、何だか味気ないので、来る度に数種類ずつ買ってコンプリートを目指している。
今のところ、オススメはアールグレイだ。大人な風味で気に入っている。コーヒーと一緒に食べると合いそうだ。まあ、今の俺は小学生なので、砂糖とミルクを入れないと苦くてコーヒー飲めませんけども。
そして、このお店はカフェも併設しているから、お店のチョコや、チョコを使った飲み物をいただくことが出来るのだ。
生憎、まだカフェでお茶したことはないけれど、いつか時間を見つけて飲みに来たいと意気込んでいる。
「今年は何味を食べようかな〜」
ショーケースの中に並ぶ商品を眺めながら、どうしようか迷っていると、
「あら、明前様?」
後ろにいた母様に誰か女性が声をかけたようだ。どことなーく、聞き覚えのある声。
嫌な予感がする。
「まあ、雨林院様ではありませんか。ご無沙汰しております」
「こちらこそ! いつも姉妹ともにお世話になっております」
やっぱり!
雨林院夫人に話しかけられてる!
「咲也さん、こちらにいらして。雨林院様がいらっしゃってるの。ご挨拶しましょう」
ええ〜。
しかし、呼ばれれば逆らうことは出来ない。俺はすごすごと母様の元へ向かう。二人は、併設のカフェスペースの入口で立ち話をしていた。
そうだ。夫人がいるということは……奥のテーブル席を見渡すと、希空と真冬が座っているのを見つけた。
どうやら夫人は、母様の姿を見つけて一人入口の方まで来たようだが、二人もこちらを気にしているから、気がついて入るようだ。
「雨林院様、ご無沙汰しております。希空さんと真冬さんにはいつもお世話になっております」
そう言って会釈すると、雨林院夫人は破顔する。
「ごきげんよう。咲也さんは本当に礼儀が正しくて、それでいて大人びていらっしゃるから、本当に初等部生なのか疑いたくなりますわね〜」
ぎくり。
さ、最近の子は早熟と言いますからね……。
「そ、そう言っていただけると嬉しいです」
「咲也さんには、いつも希空さんや真冬さんへ良くしてくださっているみたいで、とても嬉しく思っておりますのよ」
「ありがとうございます。僕の方こそ、いつも希空さんや真冬さんには助けていただいていますから、とても感謝しています」
「あら、そうなの! もしよければ、二人が普段学校でどうしているか教えてくださりません? あの子達、あまり学校でのことを教えてくれないの」
「え……」
これは面倒な流れでは。
母様、ここはきっぱり断りましょう。俺達は早く買い物を済ませて別荘に戻らないといけないじゃないですか。
俺は母様にアイコンタクトを送る。
母様はにこりと微笑んだ。
「あら、いいですわね。なら、少しだけお邪魔しましょうか、ねえ咲也さん?」
「……はい」
「よかったわね、咲也さん。ここのお店のカフェ、ずっと気になっていたでしょう? ちょうど良かったじゃない」
いや、そうだけれど。
でも、そうじゃないんだよ、母様。
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