第64話

 春になった。

 桐生先輩達の卒業を見送り、いよいよ俺達が今日から最高学年である。これが初等部最後の春かと思うと、やはり寂しさを感じるね。

 例年通り、入学式が終わると、サロンで新メンバーを迎える歓迎会が行われる。

 サロンで新入生達を待っている間、俺は大きな溜息をついた。

 実は、なんと初等部の生徒会メンバー代表になってしまったのだ。

 まあ、メインで何かをするのは高等部メンバーだから、名前だけのお飾り代表ではあるのだけれどね。

 きっかけは数ヶ月前の正月パーティーで、前任の桐生先輩から直接引き受けてもらえないかと打診を受けたことだった。

 彼は、皆の前でこう言った。


『明前君になら、安心して任せられるよ』


 自分で言うのも何だけど、どこがなのか聞きたかったですよ。俺がすごいのって、家柄だけでしょうに。

 普段やっていることといえば、サロンでお茶やお菓子食べてただけなんだけど。

 そりゃあ、同じ学年で友達が出来ない分、生徒会の後輩達にはせめて先輩らしいところを見せようと積極的に接していたとは思うけどね。

 でも、やはりこういう代表とかは俺は務まらないだろう。と、そう思ったのだけど、周りの子達を見ると、なぜかうんうんと頷いているのだ。おまけに、同じ学年の義弥達三人までもが納得している様子で頷いていたので、断りきれなかった。

 というわけで、初等部代表を引き受けたというわけだ。

 でも、さっきも言った通り、普段は高等部の生徒会がメインで動くので、当然今日も挨拶は高等部の生徒会長だ。その後の自由時間だって、中等部や高等部の先輩方が入れ替わり立ち替わりで新入生達へ話しかけてくれるから、俺の仕事は初等部の在学生達を取りまとめるだけ。楽な仕事だ。

 それでも役職というのは重荷があるものだ。緊張するし溜息だってつくよ。


「どうしましたの?」


 そんな俺を見て、同じテーブルに座っている亜梨沙が尋ねる。


「ああ、いや……代表やっていけるか不安というか」

「まだ悩んでますの? もう決まってしまったのですから、受け入れるしかないですわよ」

「うん、分かってるよ」


 ちなみに、副代表は亜梨沙だ。

 彼女自ら「私が、友達のいない咲也さんをサポートして差し上げますわ」と立候補したのだ。

 こういう自発性は見習いたい。本音をいえば、他人を引っ張っていける彼女にこそ、代表をやってもらいたかった。

 しかし、友達いないは一言余計だ。

 その後も亜梨沙と他愛のない雑談をしていると、不意にサロンの扉が開き、ようやく本日の主役である新一年生達が入ってきた。

 亜梨沙と一緒に席を立ち、彼らを初等部のテーブルへ誘導する。


「ごきげんよう。ようこそ玲明へ。私は銀水亜梨沙と申します。歓迎いたしますわ」


 ふわりと微笑む、初等部の副代表を相手にした新入生達は、照れつつも嬉しそうに挨拶を返した。

 それもそのはず、亜梨沙は最近すごく大人っぽくなった。……どこがとは言わないけどね。

 とにかく、金髪碧眼で美人な先輩ににこやかに話しかけられたら、何も知らない子は誰だって緊張するだろう。

 俺にだって、そんな時期があった。異性の先輩から話しかけられた時、憧れと気恥ずかしさの混じり合った不思議な気持ちになったなあと、しみじみ思う。

 そんなことを考えながらぼーっとしていると、亜梨沙に「お前もちゃんとしろ」と言わんばかりに睨まれたので、ぴんと背筋を伸ばし、慌てて新入生達に話しかける。


「ようこそ。俺は初等部の生徒会選別メンバー代表の明前咲也です。分からないことがあったら、何でも言ってくれ」

「は、はい!」

「よ、よろしくお願いします!」


 ……あれ、今少しびくってしなかった?

 何ででしょうね?

 怖くないよ〜。君達を取って食いやしないんだから〜。

 必死に無害さをアピールしたが、何かイマイチだな……。

 少し距離を感じつつも、無事に新入生達の誘導を終えると、一拍置いて高等部の生徒会長からの挨拶が始まった。それが終わると、しばらくは上級生達に囲まれて、次々と話しかけてもらえるボーナスタイムだ。

 何のボーナスかって?

 それはもう、自分から話しかけるのが苦手な子にとってよ。何もしなくても次から次へと先輩方から話題を振ってくれるのだから。

 というわけで、例に漏れず中等部高等部の先輩方にワイワイと話しかけられている新入生達をテーブルから見守る。

 今年の生徒会選別メンバーは、男女二人ずつ。俺達の学年と同じ人数だが、その実、他の学年からすると多い方だ。

 この子達が、いずれ玲明を引っ張っていくことになる。

 だからこそ、少し可哀想に思うこともある。

 この世界が、ゲームの世界そのまんまならば、中等部以降「とある学内組織」と生徒会の確執が、徐々に表面化してくるはずだからだ。

 俺達も、来年以降はその問題に直面することになるだろう。

 そう、——「風紀委員会」との軋轢に。

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