第63話

 うう、吐きそう。

 あれから、姉様のクラスのお化け屋敷をたっぷりと堪能し、無事に満身創痍となった俺は、一度どこかで休もうと、中庭のベンチにやってきていた。

 何とか誰もいないベンチを見つけて座る。途端、自然と溜息が出た。

 あのお化け屋敷、中等部としてはクオリティの高い……いや、高すぎるアトラクションだった。

 机を並べて、その下をくぐって進む迷路のようなエリアと、障害物に隠れながらうまくお化け役に見つからないよう進むエリアで構成されており、前半の何が来るのか分からない得体の知れなさと、後半の捕まらないように息を潜めることで生まれる緊迫感が、とてもバランス良く構成されていると感じた。

 舞台設定もうまく練られており、随所にそれが紐解けるような小道具が散りばめられているから、図らずも世界観に没入出来てしまったのが、怖さを何倍にも増幅させるスパイスとなったのだろう。

 特に、最後の隠れながら進むエリアは緊張感が高く、すごく怖かった。怖すぎてずっと隠れていたらお化け役の人から「そろそろ出てくれる?」と怒られてしまったくらいだ。

 いやオタクの出し物が怖すぎるせいですってば。


「……ふう」


 外の空気が美味しい。

 秋も深まり、少しずつ寒くなり始めた頃だから、空気は乾燥しているんだけどね。

 あ、そうだ。

 義弥に連絡しておこう。

 携帯を開き、義弥へ用事は済んだことと現在地をメールで打って送信しておいた。

 再び、ふうと息を吐きながら空を仰ぐ。

 良い天気だった。

 雲がゆっくり風で流されていく。

 都会の一等地にあることを忘れそうになる長閑さだ。ずっとこうしていたくなるけれど、遠くから見知った顔が歩いてくるのが見えたので、視線を下に戻す。

 近くにいたのだろうか。


「お待たせ、咲也」

「いや。そっちこそ、用事は済んだの?」


 ベンチから立ち上がりながら尋ねると、義弥は「うん、まあね」と、何とも曖昧な返事を寄越した。

 どんな用事だったんだろう。

 そういえば、今日は一人か。こういう時に亜梨沙が一緒にいないのは珍しい気がする。


「亜梨沙なら、新しいクラスで出来た友人と回るみたいだよ」

「ええ!?」


 何だって!?

 友達が出来た?!

 なんてことだ、まさか先を越されるだなんて!

 生徒会絶対主義で、一般生徒の間では孤高の女王となっていた亜梨沙に、友達が出来たとは。俺だってまだまともに話せる友達は生徒会以外だといないというのに。

 え、桜川? あれは、知り合い。


「そんなに驚く?」

「いや、失礼。ちなみにその友人って……」

「うん、勿論同級生だから、一般生徒だよ。亜梨沙のクラスの委員長さんみたい」


 そうなんだ。

 驚いてしまった手前、あまり説得力はないかもしれないけど、純粋に羨ましい。……じゃなくて、喜ばしい。


「最近、亜梨沙の一般生徒への態度が軟化してきた気がするんだ」


 それはもっと喜ばしい。

 庶民ツアーのおかげってわけではないかもしれないけど、理由の一つではあるといいな。


「それは良い傾向だな」

「きっと、咲也や希空さんと一緒にいる時間が長くなってきたからだろうね」

「俺達?」


 思わず聞き返してしまった。


「そうだよ。君達、特に咲也は富裕層の子供にしては不思議なほど色んなことを知ってるし、考え方もフラットだからね。きっと、亜梨沙も良い影響を受けているんだと思うな」

「そうかな……。あまり意識したことはなかったよ」


 意識も何も、庶民だった記憶があるわけだしね。

 まあ、さすがに庶民ツアーのおかげではないか。何せまだ二回しかやってないもんね。中等部に入ったら、もう少し頻度をあげて実施したいと思います。はい。

 でも、


「でも、良い影響になっているのなら良かったと思うよ」

「兄としてありがたいよ。まあ、変な許婚騒動とかギャル好きだとか、良くない影響もありそうで複雑だけどね」

「おい」


 せっかく真面目な話かと思えば。

 義弥はけらけらと笑った。


「ははは。ごめん。さ、珍しく咲也が文化祭で出店以外も回ってるんだし、どこかの出し物を見に行こうよ」

「そうだな。どこにするか」


 正直なところ、姉様のクラス以外何も調べていないから、どんなものがあるのか分からない。

 二人でうーんと悩んでいると、義弥がぱっと何かを閃いたように目を開いた。


「そうだ。輝夜さんのクラスってお化け屋敷だったよね」

「え」

「咲也は、挨拶にはいったんだろうけど、一人だし中には入ってないよね?」

「いや……」


 ガッツリ入りましたが。

 しかし、そう伝えたのに関わらず、


「そうなの? 悪いけど、もう一度付き合ってよ。結構クオリティが高いって評判みたいだから、気になっているんだ」

「ええ!?」


 義弥は引かなかった。

 もしかして、莉々先輩タイプですか?


「お、俺はいいかな……」

「どうして? 中のクオリティ高かったんでしょ?」

「そりゃまあ……」


 クオリティは高かったよ。クオリティ「は」。


「なら、もう一度行こうよ。きっと、初見じゃ気づかなかった部分もあって楽しめるんじゃないかな」


 出たよ!

 この手のホラー好きのタチの悪いところは、新しい発見があるとか言って、何度も同じものを見たりする人がいることだ。

 俺も好きな作品は見返したり、気に入ったゲームは何周もプレイしたりするから気持ちは分かるけど、それをホラーでする神経は信じられないよ。

 君達の周りは、きっと寄ってきた幽霊で一杯でしょうよ。……考えたら怖くなってきちゃったじゃないか。

 どうしてくれるんだ。


「あれ、もしかして咲也……こういうの苦手だっけ?」

「うっ」


 そうです。

 そうなんですけど、今まで何だかんだで怖いものが苦手というところは見せないで過ごしてきただけに、すんなりと認めづらい。


「い、いや? 平気だけど」

「……へえ? それじゃ平気だね。行こうか」

「はい……」


 結果、俺は変な見栄を張って、地獄へと舞い戻ったのだった。

 途中、友達と出店に並んでいる真冬とすれ違ったけど、死へ連行されていく途中の俺には「俺が死んでも骨は拾ってね」と捨て台詞を残すので精一杯だった。

 案の定、彼女は顔を赤らめ、とても驚いた顔をしていた。まあ、そうだろう。急にそんなこと言われたらね。

 とはいえ、後で冷静になって、それこそ死ぬほど後悔することになるのだが、また別の話だ。

 まだ受付にいた莉々先輩は、俺の顔を見て全てを悟ったらしく、ものすごい面白そうな顔で「行ってらっしゃいませ〜」と俺達を見送ってくれた。

 素直になれない自分が嫌になるな……。

 そう思った束の間、突如現れたお岩さんを見た俺の悲鳴が、教室にこだましたのだった。

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