第62話
「咲也、来たのね」
五分ほどして、莉々先輩が姉様と一緒に戻ってきた。
愛しの弟がガチムチに捕まっているというのに、嫌に冷静ですね。
姉様は、莉々先輩と同じ白装束に加え、額に三角布をつけて、顔もパウダーを塗って真っ白くしている。きっとお化け役なんだろうけど、こんな綺麗なお岩さんがいたら普通に求婚するわ。
「はい。というか、姉様がお化け役なんて意外ですね」
「そんなことないわ。何事も経験ですもの」
俺の問いかけに、姉様はすまし顔で答える。
「結構乗り気だったから、周りも先生も驚いていたわね」
「ちょっと、莉々!」
「はあ……私もお化け役やりたかったわ」
慌てる姉様と対照的に、莉々先輩は不服そうだが、俺はとても信じられない。
そんなにお化けやりたいか?
俺はたとえ驚かす側だとしても、あんな怖い空間に一人で待機しているのがもう無理。
こういうところって、お化けは仲間がいると思って集まってくるというし。
ああ、怖い!
ちなみに莉々先輩も、本人の言う通り立候補したそうだが、さすがに生徒会メンバー二人とも驚かす側に回られるのはどうかとクラス一同思ったらしい。
結局、莉々先輩の方はお化けのコスプレをして、受付係をしてもらうことを落とし所として何とか承服していただけないかと、クラス委員から泣きが入ったらしい。
生徒会メンバーって傲慢な人も多いから、こういう行事に真面目に取り組まない人もいるらしいけど、ここは杞憂だったようだ。
「それで、俺はどうすればいいですか?」
ついでに両脇の二人をどかしてください。もうさすがに逃げませんて。
もう姉様の狙いは分かってますから。
「これから中に入ってもらうわよ」
「ですよね……」
ほらね、予想通り。
諦めよう!
もう駄目、お化け屋敷へ入らずにここを切り抜けるビジョンが思いつかない。姉様、真顔だったよ。
「中等部一年の催しは、例年初動があまり良くないらしいのよ。だから、空いてる今のうちに、咲也に体験させてあげようと思って呼んだの」
「わーいうれしいでーす」
たしかに、こうして廊下でずっと立ち話(俺に関しては、無理矢理両脇の兄貴達によって立たされているということを申し添えておきます)をしているというのに、俺以外にクラスへ入ろうとする人はあまり来ない。というか、一年のフロアに来る人があまりいないみたいだ。
廊下を歩いている生徒も、中等部一年生のようで、自分のクラスからよそのフロアへ行くために通っているといった印象だ。
やはり、皆は高等部の出し物をまず見に行くのだろうか。今日は保護者もいないからね。
「喜んでくれたみたいで嬉しいわ」
それにしても、この姉、弟をからかって心から楽しんでいる。
口ではそれらしい理由を言っていても、内心は俺がビビり散らかすところを間近で見たいだけなのだ。悪趣味の塊なのだ。
「何か失礼なことを考えていない?」
「いいえ、全然」
姉様はとても優しくて綺麗な人です。
すると、莉々先輩が嬉しそうに微笑む。
「ふふ、楽しみにしていただいて嬉しいですわね。私、お化け役は出来ませんでしたが、プロデューサーとして、内部の構図とか演技指導には関わりましたのよ」
「え?」
今、この人とんでもないこと言わなかった?
このお化け屋敷、先輩プロデュースですって? ホラー作品を媒体問わず観まくっているあの莉々先輩の?
……これガチなやつだ。
絶対に怖い。
やばい。下腹部の辺りがぞわぞわってする。緊張している証拠だあ……。
なのに、依然脇は固められて逃げられない。
「では、他にお客様もいないし、そろそろ咲也も入りましょうか」
「はい……」
俺は、宇宙人捕獲の写真よろしく、二人の先輩方に引きずられ、お化け屋敷の中へ取り込まれていった。
もうどうにでもなーれ。
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