第61話

 今日は、中等部の文化祭にやってきていた。

 玲明の文化祭は、秋季の土日を使って開催される。

 初等部も、土曜の午前だけ社会科の展示発表を行う形で参加している。

 かくいう俺も、ついさっきまで発表に参加していましたよ。五年生は、『都の今昔』をテーマとして、班ごとに模造紙へ内容をまとめることになっているのだが、我が班には義弥がいたおかげで、手際よく内容をまとめて発表まで終えることが出来た。

 さすが義弥。

 そして、全ての班が発表を終えた後は帰りのHRがあって、初等部は解散となる。

 後は自由になるので、中等部や高等部を見に行く者、すぐに帰る者とで様々だ。

 ちなみに去年までの俺は、割とすぐ帰る派だった。

 行くとしても、軽く出店で食べ物を買って食べるくらいで、出し物を見に行ったのは低学年の頃だけだった。

 というのも、最初は物珍しさが勝っていたんだけど、何といえばいいだろう。

 疎外感と羨ましさが混じった気持ちになってしまって、あまり楽しめなかったんだよね。

 初等部も、文化祭当日は社会科発表があるとはいえ、生徒が主体になって催し物を出すのは中等部からだ。中央棟の向こうで行われているお祭り騒ぎには、何も関わっていない。言うなれば、外部の客と同じ扱いだ。

 だから、前世で文化祭に行けなかった俺が、先生にもらったパンフレットを一人寂しく病室で眺めていた時と同じような気持ちになったのかもしれない。

 当事者として、参加したかった。

 だから、早く中等部に上がりたいと思っていた。早く、クラスの出し物や部活の余興とかやってみたいなあ。

 と、そんなわけで、これまで文化祭に積極的に参加する機会はなかったのだが、今年は姉様から「来て」とお誘いをいただいたのだ。

 俺は、シスコンではないけど姉孝行者であるから、断るわけにもいかない。というか、普通に断ったら怒られそうで断れなかった。そんな経緯で、邪魔にならない程度に姉様のクラスに顔を出しに行くことになったのだ。

 HRが終わったので、荷物をまとめた俺は、義弥に別れを告げる。


「じゃあな、義弥。俺は中等部に行くから」

「え、咲也が文化祭行くなんて珍しいじゃない」


 彼は、少し驚いたような顔をした。

 そらそうだ。今まで散々誘われたのに断ってきたし、付き合って回った時だって、食べ物を買ったらすぐにサロンへ戻ってしまっていたから。

 

「姉様がいるからだよ」

「へえ。まあいいや。僕もちょっと行くところがあるんだけど、せっかく咲也が回るっていうなら、後で合流しようよ」

「回るって言っても姉様のところに行くだけだけど……分かった。後でメールする」


 姉様のところ以外に行くつもりはなかったんだけど、嬉々としている義弥を前に断るのも申し訳なくなって、結局承諾してしまった。

 仕方ないと気持ちを切り替えて、東棟へ向かうことにした。

 途中、中央棟を通るけれど、すでに文化祭仕様の装飾がどこかしこにも施されていて、気合の入れ方が一目瞭然だ。

 前世では、文化祭を写真とか映像でしか見たことがなかったので、その規模感の大きさには毎年新鮮さを覚える。

 まあ、規模感については玲明ならではかもしれないけど。

 出店はきちんとプロの料理人が作った物が売られているし、クラスの出し物や余興もお金をかけたハイクオリティなものが多い。

 その代わり、学外の人は完全招待制のため、家族であっても基本的には招待状がないと入れない。生徒会メンバーの親族となると話は別だけどね。学園側が知ってるような面々ばかりだし。

 今日は土曜日なので、基本的に内部生しかいないため、中央棟にはそこまで人が多くないのが幸いだった。

 飾りに目をとられながら中央棟を歩いていると、後ろから初等部の子達が横を駆け抜けていく。

 下級生……俺と同じように、中等部や高等部の催し物を見に行くのだろう。

 先ほども言った通り、玲明の文化祭は土日の二日間で行われ、一日目にあたる土曜は「第一部」と呼ばれている。一般開放はされないが、初等部の社会科発表会が午前にある関係で、生徒の保護者だけは入場可能だ。

 とはいえ、殆どの人は発表後ご飯を食べたら早々に帰ってしまうらしいけどね。玲明に通う子達の親御さんって忙しい人が多いだろうし。

 日曜日は、中等部や高等部の先輩方が招待した客にも一般開放される「第二部」だ。この日は、初等部は学校自体が休みだから、俺達も行ったことはないんだよね。

 玲明の文化祭における公式スケジュールは、以上の二部構成なのだが、日曜の夜には高等部生徒だけで催される後夜祭があるらしく、それが生徒の間では「第三部」と呼ばれているそうだ。

 さて。

 中央棟を通り抜けて、渡り廊下を過ぎると、いよいよ中等部の教室がある東棟だ。

 普段来る機会なんてないところだから、さすがに緊張するけど、他にも初等部生がたくさんいるおかげで、無事に人混みに溶け込んで目立たずに移動出来ている。やったね。

 姉様の教室は、一階だ。

 何でも、中等部一年は、各クラスで出し物をすることになっており、別のクラスと被らなければ好きな内容にして良いらしい。だから、毎年クラスごとに色のはっきりした内容になるのだとか。

 ちなみに、俺は姉様のクラスの出し物が何か知らない。誘ってもらった時とかに聞いてみたけれど、教えてもらえなかった。

 何でだろう……?

 疑問に思っていたが、姉様のクラスの前まで来ると、嫌でも理由が分かりました。

 お化け屋敷。

 看板には、おどろおどろしい赤字でそう書いてある。

 受付では、見覚えのあるお方が道ゆく生徒達に笑顔を振りまいていた。


「……あら?」


 ふと、俺と目が合う。すると、獲物を見つけた時の獣みたいに目が光ったような気がした。


「咲也さん、ごきげんよう。ようこそいらっしゃいました!」


 姉様の親友、思川莉々先輩だ。

 今日は出し物のコンセプトに合わせてか、白装束に身を包み、顔にも血糊を塗ってお岩さんを演出している。が、その端正な顔つきや気品さは隠しきれていない。道ゆく男子生徒達が思わず見返している。


「莉々先輩、こんにちは」


 そして、そのまま俺は踵を返した。


「それじゃ俺はこれで。お疲れ様でした」

「逃しませんわよ?」


 しかし、莉々先輩がパチンと指を鳴らすと、男子生徒がどこからともなく二人現れた。彼らは素早い動作で俺の両腕をガッチリ押さえ込み、固定した。

 え? 動けないんだけど。

 この人達は……先輩の親衛隊か。くそ、油断した。


「輝夜を呼んでくるから、咲也さんはそのまま待っていてね。お二人とも、丁重に、かつ逃さないよう押さえていてね」

「逃げませんて……」

「「お任せください!」」


 莉々先輩は、そう言うと教室の中へ引っ込む。俺の弱々しい言葉は、両脇の二人の声でかき消されてしまった。

 これ、絶対中に入っていけって話になるよねえ。

 嫌だなあ……。

 左右を見回し、俺の両腕を掴む側近達の顔色を伺う。

 けれど、


「大丈夫ですよ!」

「絶対に離しません!」


 駄目そう。

 大丈夫ですじゃないんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る