第56話

 翌日、あまりに自然に目が覚めたものだから呆然としてしまったが、壁にかけられた時計を見ると、いつも起きる時間だった。携帯を見ると、日付もしっかり翌日だ。

 寝つきが良すぎて沈むように眠った時って、あまりに唐突に朝を迎えるから、「あれ? タイムリープでもした?」って思う時あるよね。

 今回もそれです。

 布団に横になってぼーっとしていたら、いつの間にか朝だよ。これって、何かの能力なのではなかろうか。

 冗談はさておき。

 ベッドから起き上がる。朝だし、学園に行く準備をするか。

 あ、そうだ。家を出る前に厨房へ忘れずに寄らなければ。

 俺はいつも通りに部屋の中にある洗面所で顔を洗い、制服に着替えてからリビングに向かう。すると、すでに姉様が座っていて、ちょうど朝食を食べ終わるというタイミングだった。


「おはようございます、姉様」

「おはよう」


 中等部の制服に身を包んだ姉様には、まだ目が慣れていないのか、どこか違和感を覚える。

 中等部は、白のブレザーに赤色のプリーツスカートだ。初等部の制服よりも、モラトリアムであるという主張が強く感じる。端的に言えば、とても可愛い。

 着ているだけで姉様が大人びて見えるのが不思議だ。何だか、一人だけ遠くに行ってしまったようにも感じて寂しいな。

 二年後には俺も同じ制服を着ているわけなんだけどさ。それが早いのか遅いのかはさておき、時の流れというのは不思議である。

 なんて考えていたら、朝の挨拶と共に使用人が朝食を持ってきてくれた。今日はオムレツとトーストだ。


「ありがとう。いただきます」


 ナイフとフォークを使って、オムレツを切り分けて口に運ぶ。

 美味しい〜。卵は、半熟よりしっかりと火を通している方が俺は好きだ。それを面と向かって言った覚えはないのだけど、いつも好み通り硬めのオムレツを作ってくれるのはとても凄いことだと感じる。やっぱりプロはすごいや。


「……」


 黙々と食事を続けていたが、オムレツを半分くらい食べた辺りで、少し物足りなさを感じ始めた。

 ちょっとケチャップが足りないかも。

 俺は席を立ち、厨房にある冷蔵庫まで取りに行く。

 お目当てのブツを見つけたので、リビングまで持って帰ってきた。

 蓋を開け、真っ逆さまにして、噴出口を下のオムレツへ向ける。


「ふんふん〜」

「……ねえ、いつも思っていたけど、あなたケチャップかけすぎよ」

「え、そうですか〜?」

「そうよ。もう卵の部分がほとんど見えないじゃない」


 こんなものでは?

 ちなみに俺は、卵料理には基本ケチャップをかけたい人だ。オムレツはもちろん、目玉焼きもゆで卵もケチャップ派である。

 あれは神が作りたもうた調味料だ。

 もはやケチャップだけでも飲める。

 でも、姉様から見ると異常に映るらしい。そこは個人の好みということで目をつぶっていただきたいものだ。

 ジト目でこちらを見ている彼女を横目に、何食わぬ顔で朝食をぺろりと完食した俺は、食後のお茶を一口含む。

 落ち着く味だ。

 ふと、ガタンと椅子を動かす音がしたので、おもむろに顔を上げると、姉様が立ち上がって出かける準備をしているところだった。俺が来た時点で、もう食後のお茶を飲んでいたからね。

 それにしても、最近姉様は朝も夜も忙しそうだ。


「最近、早いですね。そんなに生徒会は忙しいんですか?」

「そうね。今は、仕事を覚えるので必死なのよ」


 姉様は、中等部に入学してから、晴れて正式に生徒会のメンバーとなった。

 しかも、メンバーの中でも優秀な人間しかなることが出来ない「役職付き」だ。ちなみに、就任した職名は、「会計」である。

 そんな姉様は、自身も言っていた通り、仕事を覚えるために毎日忙しくしているのだろう。朝も早ければ、帰りも遅い日が多くなった。

 そのため、最近は父様がリビングでそわそわと帰りを待つことが増えています。俺は、おちおちアニメやドラマも見れないので、良い迷惑だ。

 ……寂しいのは俺も同じだけれども。

 一方で、姉様の実力が周りに認められていることは喜ばしいことだとも思う。

 家族としては、複雑な気分だ。

 ただ、そんなこと本人には言えない。


「大変ですね。応援しています。身体にはお気をつけて」


 俺に出来ることは、応援することと、たまに疲れを能力で癒してあげることくらいだ。


「……ええ。ありがとう咲也。じゃあ、いってくるわね」

「いってらっしゃい」


 いきいきとした姉様の後ろ姿を見送り、俺はまたお茶を一口啜った。

 ふう。

 あ、そろそろ行かなきゃ。


 姉様より遅く家を出た俺は、それでも他の生徒達よりは少し早く学園に着いた。まだ義弥も来ていないし、今日の授業の予習でもしておこうかと教科書を開く。

 それからしばらくして、教室が不意にざわめき立った。

 何かあったのかと、騒ぎの方を向くと、入口の辺りにいた希空と目があった。


「咲也様!」

「えっ」


 俺?

 どうしたんだろう。

 あんまり目立ちたくないんだけど、彼女の目的は俺みたいなので、彼女の元へ向かう。


「おはよう、どうした?」

「ごきげんよう、咲也様。朝から申し訳ありません。亜梨沙様から聞きましたよ。何やら面白そうなことを企画してらっしゃるとか……」


 それって庶民ツアーのこと?

 まずい!

 その話を、こんな人が多いところでするわけにはいかない。


「オホン! 希空さん、今日のお昼時間もらえるかな!?」

「え? ええ……それは大丈夫ですけれど」

「じゃあ、この話はお昼にしよう!」


 だから、今はこれ以上追及するなと言外に込めて彼女を見ると、


「……分かりました。では」


 どうやら意図を察してくれたようで、希空はすんなり引き下がってくれた。まあ、周りの好奇の視線もあったからね。

 話題の中心にいた希空が戻って行ったことで、場の空気は一気に元に戻っていく。とはいえ、何だかそれを面白く思っていない風の女子グループもいて、何だか怖いな。

 多分、生徒会を除けば最も俺達の学年で力のある女子グループだ。彼女らは亜梨沙や希空を敵視しているから、思わぬ面白いネタが舞い込んできたとでも考えていたのだろう。

 しかし、その思惑が外れて拍子抜けたか。

 さすがに五年にもなると、同学年のヒエラルキーもはっきりして、色々と身動きが取りづらくなってきた。

 はあ……こんなことでバッドエンド回避なんて出来るだろうか。

 とはいえ、今は昼のことを考えないと。

 成り行きとはいえ、希空と昼を一緒に過ごすことになってしまった。初等部は給食があるから、一緒にご飯を食べながら話をするわけではないのが唯一の救いだ。

 それは、庶民ツアーについて追及されながら食べるご飯は美味しくないだろうということの他に、この年頃ならではの悩みも含有していた。

 最近、希空や亜梨沙達のような美少女と話していると、どことなく恥ずかしい気持ちになることがあるのだ。

 良い匂いするからドキドキするし。

 普段通り話せるかな。

 ……思春期って難しい。

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