第55話
大変なことになった。
俺は今、自室のベッドで横になって考えを巡らせていた。欠伸が出そうなのをこらえたら、涙が出てくる。
実は、今日亜梨沙から、次の庶民ツアーはいつやるのかと、強めの口調で迫られたのだ。
以前、駄菓子の一件で母様にやんわりと釘を刺されてしまい、目立った行動は取れなくなってしまったので、少し様子見をしていたのだが、銀水兄妹からそろそろ二回目をやってほしいとせっつかれ始めているのである。
そう、亜梨沙だけでなく義弥も、事ある度に「次はいつになるのかな」と、まるで真綿で締めるように言ってくるのだ。
それでも事情を話して、何とかうまくかわしていたのだ。しかし、さすがに一年以上も間を開けてしまうと、亜梨沙の追及もいよいよ強くなってきた。結果として、逃げに逃げられなくなってしまったのだ。
さすがに、冷気を纏いながら「まだですの……?」って迫られたら、「やります」以外の言葉を話すことは憚られた。というか、この子が氷の特殊能力持ちってことを忘れてたわ。
だって、能力なんて抜きにしても、亜梨沙は怒らせるとすごく怖い。元々気の強い子は、怒っても強いのだ。
というわけで、近いうちに何かしらの用意をして、庶民ツアーの二回目を決行しなければならない。
問題は、何にするかである。
駄菓子系は、前回のこともあり、母様が目を光らせているから厳しそうだ。粉物系は悪くないけど、材料諸々のことを考えると飲食店で食べる方がいいはずだが、初等部のうちは厳しい。遊びに行くのも、外食同様今は難しいし……。
何を紹介しようか。一応、レパートリーはあるのだが、初等部の行動範囲ではかなり制限がかかってしまう。
「……」
よし。
いっそ、開き直ってみるか。
もうどのみちバレてるんだったら、年一回くらいなら許してくれるんじゃない?
本当にダメだったらNGが出るでしょう。
だから、聞いてみた。
「母様! カップラーメンを買ってもいいですか?」
「ダメです」
即答された。
ほらね、ダメならダメって言われるんだよ。
調理場で、使用人と一緒に夕飯の準備をしていた母様は、にこりと微笑んでいる。
理由は単純。「味が濃すぎるから」だそうだ。
小学生の内からこの味になれると、他の味を食べても物足りなくなってしまうから、せめて中等部に上がるまではきちんと栄養を考えて作られた家のご飯を食べて欲しいと、思わぬ正論が返ってきた。
尤もすぎる理由なので、これ以上は食い下がれない。カップラーメンは諦めよう。
ならばと、俺はもう一つの案を話してみた。
「……どうですか?」
「うーん、そうねえ」
「そこを何とか、お願いします」
「……まあ、いいかしら。ただし、きちんと換気はしてね。あと、火を使う時は気をつけて、無理なことはやらないようにするのよ?」
「はい!」
やった! 頼んでみるもんだね。
母様のお許しが出たので、俺は早速そのまま厨房で作業をしている使用人に、ある食べ物の材料があるかを尋ねた。
業務用の冷蔵庫を開けて探してもらった(忙しいのに申し訳ない)ところ、幸いなことに必要なものは全て揃っているようだった。
なので、明日、学園に持っていくかもしれないが大丈夫かと聞くと、保冷バックに入れて渡せるよう準備してくれるとのことだった。やった!
使用人に礼を告げてから、部屋へ戻る。
次は、銀水家に連絡だ。
この二人の予定が空いていなければ、明日材料を持っていっても意味ないからね。
メールで亜梨沙と義弥に「明日庶民ツアー二回目を行いたいが予定は空いているか」ということ、「場所は前回と同じ中央棟の空き教室を借りる予定であること」の二点を書いて送信した。
よしよし。
俺はベッドに横になり、一息。
あ、そうだ。忘れてた。
慌てて起き上がり、追加で「明日の夜ご飯は、あらかじめ少なくしてもらうよう言っておいた方がいいかもしれない」とメールしておく。
明日体験してもらうものは、主食にもおやつにもなる食べ物だ。もしかすると、亜梨沙には量が多いと感じるかもしれない。
俺達は、いつもサロンでお茶会をする時に軽食を頂くこともあるから、夕食を少なくしてもらうよう家に連絡することは、そこまで珍しいことではなかったりする。だから、怪しまれることもないだろう。
再度、布団に横になる。
と、携帯が鳴ったのが聞こえたので、画面を見ると、二件のメール受信を知らせていた。銀水兄妹からの返信だった。
同じ家にいるんだから、どちらか片方にだけメールは送って、もう片方には代わりに聞いてもらえばとも思ったけど、角が立つかもしれないじゃない?
ともかく、送られてきたメールをチェックする。どれどれ。
二人とも、明日は何も予定がないので大丈夫とのことだった。
よし、これで準備は完了。あとは、明日会議室の申請を忘れずにしないとね。
「…………」
ふと、不安になった。駄菓子の時にも同じことを思ったんだけど、明日紹介するものが二人のお気に召すか心配だな。
大丈夫かしら。
「変なもの食わせやがって」とか言われないよね?
それが原因で敵対することになんて——
「いやいや」
そんな奴らじゃないことは、俺がよく分かってる。仲良くなった身内には甘いというか、生徒会同士というのもあると思うが、とにかく簡単に壊れる仲じゃない。
変なことを考えてしまった。
彼らに失礼だ。
反省しないと。そう思いながら、瞼を閉じると、いつの間にか俺の意識は夢の中へと溶け込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます