第49話

 夏が終わり、少しずつ冬に片足を突っ込んだ肌寒さになってきた。

 授業が終わり、休み時間。

 微かに尿意を覚え、席を立つ。

 この寒さでは廊下に出るのも億劫になってくるのだが、トイレには行ける時に行っておかないと授業中に泣きを見るのは分かりきっている。

 廊下を歩きながら、ふと溜息をついた。

 人の噂も七十五日とはよく言ったもので、あれからギャル好きの噂は少しずつ収束していった。本当によかった。もう失言なんてしないようにしないと。

 今となっては、そのことでいじってくるのは、某ギャルゲー狂いと義弥くらいだが、知らない人からヒソヒソと噂を立てられるよりはマシかと前向きに捉えることにした。

 そもそも桜川はギャルゲーやってる以上、俺のことは言えないよな。俺よりエグい性癖持ってる可能性だってあるよね。

 うう。廊下は多少暖かいものの、外よりはマシというくらいなので普通に寒い。

 急ごう。そう思い、早足でトイレへ向かおうとして——

 途中、変な物を見つけた。


「人形?」


 廊下の隅に、割り箸か何かの細い木材で出来た人形のようなものが落ちているのだ。

 妙なことに、人形の片足がビニールテープで補修されている。

 何これ。呪いの人形?

 ひい! だとしたら怖すぎる。誰を呪っているんですか。俺じゃないよね。

 「のノア」では出てこなかったはずだけど、「呪い」の能力を持つ人もいるのかな。いや、能力でなくてもこれ持って学園内を歩いていると考えたら怖いけどさ。

 うーん。どうしよう。

 正直、触りたくはないんだけど、そのままにしておくのもなあ。他の人が見つけたら、「玲明になぜこんなものが!?」って大事になりかねない。せっかく俺が見つけたのだし、こっそりと事務の人に拾得物として届け出ておいた方がいい気がする。


「…………」


 よし。

 呪われても身体的なものなら治せるし、大丈夫だ。そう言い聞かせて拾い上げる。

 ええい!


「……」


 触っても、ひとまずは何もなさそうだ。

 近づけてまじまじと見てみるが、本当に何の変哲もない人形だ。

 細い木材を輪ゴムで繋げた簡素な作りで、可動域は狭いが、手足は動かせるようになっている。足先には、安定して直立出来るように平べったい木片もくっつけられていて、どこかに飾るために作られているように見える。

 なぜここにあるのかという点に目をつぶれば、特におかしいところはない。

 しかし、右足に当たる部分に「ビニールテープ」が貼ってあることに、ものすごい違和感を覚えた。

 が、休み時間も残り少ないし、とりあえず昼休みまでは持っておこうとポケットに入れようとした。

 その矢先。


「明前先輩」

「……ん、綾小路君?」


 綾小路君に後ろから声をかけられた。

 あれ、たしかに三年と四年は教室のある階が同じなんだけど、それでも、上の学年のフロアまでくることはそう多くない。

 

「移動教室の最中だったんです。そしたら、遠目に明前先輩が何か拾っていたのが見えたので、気になりまして」

「なるほど」


 たしかに、初等部のある西棟は、横に長く、真ん中にある中央階段を隔てて左右に二学年の教室が広がっている構造になっている。

 俺達と綾小路君の学年は、同じ階だ。そして、特別教室のある中央棟に行くためには中央階段の向かいの渡り廊下を抜けていく必要があるのだ。


「それは、人形……ですか?」

「ああ、廊下に落ちていた。そのままにしておくのもどうかと思ったので、事務室に持っていこうと思って」

「あ、それなら僕が持っていきますよ」


 綾小路君が?

 申し出はありがたいけど、これから特別教室への移動があるだろうし、俺がパシッてるみたいでなんだか気が引ける。

 そう思い、断ろうとしたのだが、


「大丈夫です。どうせ次の授業は特別棟ですし、授業が終わったら職員室へ行く用事もあるので」

「そうなのか」


 ついでに行ってくれるということなら、いいかな。申し訳ないけど、それならお言葉に甘えてしまおう。


「なら、すまないけど頼むよ」

「任されました。責任持って渡しますね」

「ありがとう」

「いえ。尊敬する明前先輩のためですから」

「え!」


 尊敬してくれてるの?!

 なんて良い後輩だ。俺は、彼を心の舎弟にすることとした。 

 今度、サロンに行く時、美味しいスイーツを持っていってあげよう。

 俺から人形を受け取ると、軽く会釈してから、綾小路君は渡り廊下を歩いて中央棟の方へ向かって行った。

 彼の後ろ姿を見つめながら、ふと頭にある考えがよぎった。

 あの人形と同じ箇所の怪我。

 ……何か見覚えあるような?

 しかし、その考えは湧き上がる尿意にかき消された。

 トイレ行ってない……。

 い、今からでも急いで——

 そこで、無情にも予鈴が鳴り響いたのだった。

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