第47話
ギャル好きのレッテルを貼られてから、何日かが経った。
俺は、自分の失言ということもあって、学年中で陰口悪口罵詈雑言のオンパレードがあるのかと戦々恐々としていたのだが、予想に反して学年を取り巻く空気は穏やかだった。
むしろ、男子生徒からは「咲也様も男だったんですね」と、声をかけられたり、羨望のような眼差しを向けられることが増えたような気がする。
なぜ?
「あら、ギャル好きの咲也さん」
極め付けはこの子。
この噂が流れてから、亜梨沙は機嫌こそ悪くならなかったものの、またしても会うたびにこうして俺のことをいじってくるようになった。
なぜ?
義弥も暖かく見守らことに決めたようで何も言わないし、希空もこの話題には深入りしてこない。つまり、逃げ場がなかった。
「何ですか、亜梨沙さん」
「いーえ? 呼んだだけですわ」
うぜえ……。
それならと、無視してサロンに向かおうとすると、後ろをついてくる。
いや、目的地が一緒だから、ついてくるのは分かるけど、なぜニヤニヤしてるのよ。ツインテールが、犬の尻尾のようにぴょこぴょこと跳ねている。
居心地の悪さを感じながら、サロンに着くや、姉様と莉々先輩のテーブルに呼ばれた。
亜梨沙から解放されたのは良かったが、別の意味で怖いな。
「姉様、呼びました?」
「ええ。まあ、座りなさいな」
椅子に座るよう促され、大人しく従う。
隣の莉々先輩がニコニコと微笑んでいる。
「ごきげんよう、咲也さん」
「莉々先輩、こんにちは」
「咲也」
挨拶を交わしている途中に割り込んで、姉様が口を開く。あれ、怒ってる?
「はい、何でしょう」
「どこで手に入れたの?」
「は?」
「だから、そういう本をどこで買ったのと聞いているの」
「そういう本?」
何の話? 初耳でついていけない。
聞き返しても、なぜか姉様は顔を赤らめて言い淀んでいるし。
「いや、その……」
「ほら輝夜、はっきり言わないとダメよ。咲也さんがえっちな本をどこで手に入れたのかって」
「はあ?!」
エロ本なんて持ってないよ!?
何でそんな話になってるのさ!
「違うのかしら? 咲也さんはギャルが好きなのでしょう? この学園の子はギャルなんていないから、どこかでそういう本や作品を見て影響を受けたのかもって、輝夜が心配していたわ」
「ええ!?」
発想が飛躍してるだろ!
別にテレビ番組にもたまに出たりしてるじゃないか。
姉様、少しは弟を信じてくださいよ。先日も変なデマが流れたばかりじゃないですか。
「あら? この反応は本当に持ってないのかしら」
「莉々、騙されてはダメ。前に流れた許嫁騒動だって、デタラメだったけど、火のないところに煙は立たない」
「信じて! 誓ってエロ本なんて持ってません!」
その後も必死の弁解で、しぶしぶ納得は得られたが、噂って本当に怖い。
同学年の女子達も、そう思ってるのかな。「クールぶってるけど、裏では金髪ギャルに入れ込んでる変態」って言われているのかな。
うう、気持ちが重くなってきた。
次こそは発言に気をつけよう。
前世では結構ギャルゲーもやっていたから、桜川の話にはつい乗ってしまいそうになるのだ。
良くないね。本当に気をつけよう。
ところで喉が渇いたな。
気を紛らすため、コンシェルジュに頼んでハーブティーを淹れてもらおう。
注文した後、テーブルに戻るのも何となく気が引けたので、カウンターで待たせてもらう。
すると、横に誰かがやってきた。
「咲也先輩、ごきげんよう」
「……ああ、こんにちは、真冬さん」
真冬は、コンシェルジュにダージリンティーを頼むと、口を開いた。
「あまりお元気がなさそうですけど、大丈夫ですか?」
「身体は元気なんだけどね。真冬さんは、俺の噂を聞いたことはある?」
「はい。……あの、大変ですね」
とても心配してくれているようだ。何て良い子だろう。嬉しさに心の中でほろりと涙をこぼす。
それから、昨晩メールでやり取りしていた内容で少し会話が弾んだものの、一度会話が途切れると、何となくお互い無言になる。
真冬の様子をチラリと伺うと、何やら視線を彷徨わせながらそわそわしている。
「どうかした?」
「ぅえ!? ……あ、あの」
思わず聞いてみると、驚いた様子で真冬が一歩後ずさった。
ちょっとショック。
まあ、ギャル好きの変態になんか話しかけられたくないか。せっかく貯めてきた好感度が一気になくなってしまったということだろう。
自分の安易な発言に嫌気がさしますよ……。
これは破滅への大きな前進かなと覚悟を決めていると、意を決したような様子で真冬がずいと近づいてきた。
「あの! 咲也先輩!」
「はーい、何でしょうか……?」
「その、先輩の噂の件なんですけど——」
もう終わりかもしれんね。
本格的に覚悟決めよう。
と、思っていたのだが。
次の真冬の言葉に俺は言葉を失う。
「まだ、お父様も姉様も許してくれなくて、ギャルみたいにはなれないので、も、もう少し待っていてください!」
「……えっ」
今何て言ったこの子。
しかし、真冬はちょうど出来上がったお茶を受け取ると、足早にテーブルへ戻っていってしまった。
「えっ?」
どういうこと?
嫌われたわけではないの?
何かギャルゲーみたいな展開きたよ。いや、ゲームの世界ではあるんだけれども。
ふと、カウンターの奥から良い香りのするハーブティーが目の前に置かれた。
コンシェルジュが微笑んでいる。
「青春ですね」
いや、やかましいわ。
ただ悔しいことに、お茶は美味しかった。
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