第46話
新しい春がやってきた。
長い初等部生活もついに折り返しに入ったというところ。そして、来年の三月に、姉様は初等部を卒業してしまうのだ。シスコンではないと思うけど、やはり寂しいとは思う。
今年はクラス替えがないので、相変わらず俺は教室で誰とも話をすることが出来ない状態が続いていた。
一人には慣れてるつもりだったけど、二年までは義弥が同じクラスにいたということもあって、それなりに孤独感があるのです。
三宮さんとか、ギャルゲーマーとか、他クラスの知り合いは増えたんだけどね。
しかし、ギャルゲーマーこと桜川は、廊下で会う度に嬉々としてギャルゲーの話をしだすから始末に負えない。人の目を気にするということを知らない無神経ギャルゲ川は、大声で「聖ディーテ学園のクリスティーナの話をしようぜ」とか言ってくるのだ。
廊下で言ってくるんだよ!?
アイツも結構な家柄のはずなのに、よく堂々とそんなゲームやれるな。
おかげ様で、一時期俺には海外に許嫁がいるのではないかという噂が流れてしまったのだ。
許嫁どころか、恋人もいたことないのに!
辛かったのは、この噂が流れてからしばらくの間、亜梨沙に事あるごとに詰られたし、真冬のメールからは絵文字が一切なくなったことだ。
家でも、どこかで噂を聞きつけた姉様が、ニヤニヤと意味深な視線を向けてくるし。
居た堪れなかった。
義弥や希空曰く、二人が怒っていた理由は、許嫁がいるなんて大事なことを今まで内緒にされてたことが嫌だったかららしいけど。
いや、いないわ。許嫁。
内緒にもしてないわ。そもそも最初からいないんだから。
でも、本当のことなんて言えないじゃないか。
「聖ディーテ学園のクリスティーナ」は、許嫁でも何でもなく、単なる美少女ゲームのキャラなんです。画面からは出てこんのです。……なんて、お金持ち学校の人達を前にして言えないでしょうが。
姉様には、ギャルゲーのことは伏せつつも、この状況が俺の望まぬ形で偶然なってしまったものであることを訴えて、助けを乞うたところ、半ば呆れながらも「その噂は事実無根でえる」と発信してくれることになった。
こうして、「聖ディーテ学園」なんて学校は存在しないし、女っ気の全くない俺に許嫁なんているわけがないと姉様や義弥が諭してくれたおかげで、噂と亜梨沙たちの機嫌は少しずつ収まっていったのだ。
よかったよかった。
でも、どこか納得いかない。たしかに女っ気は殆どないけどさ。
何にせよ、ようやく身の回りが落ち着いてきていたのだ。
なのに。
「よお、キング」
そんなことがあったのに、なぜ俺はまたコイツに会ってしまったのだろう。
「……どなたですか?」
「冷たいこと言うなよ。俺達の仲だろ。さ、今日も邪魔の入らないところでギャルゲーのヒロインの髪色から見る性格の方向性についての話をしようぜ」
「やだよ」
即答した。
難しそうな言葉使ってるけど、言ってること「ピンクは淫乱」と同レベルじゃないか。
「ピンク髪がお色気担当と言われるのは、ひとえに桃色の持つ濃いイメージ性があると感じるよ。ただ、それって髪色以外にも言えることでしょう。なあ、キングは白とピンク、パンツの色なら、どちらによりエロさを感じる?」
「ピンク」
即答した。
「ハッ、やっぱり俺にはキングしかいないよ。ゲームをやったことがないなんて勿体ない」
ちなみに俺は、父様のお許しが出ないため、この世界では未だにゲームをやったことがない。
漫画は、なぜか読書と同じく文化的活動の一環と認められていたので、定期的に何冊か購入して読んでいるけどね。
この世界の漫画は、当然前世にあったような作品はないのだが、「なんかあの作品に似てるな」と感じるものは結構あるため、それらの違いを楽しむ、少し大人な嗜み方をしている。
話を戻そう。
要するに、コイツの話に付き合ってやりたくても、俺はゲームが出来ないから難しいということだ。
……言わんとしていることは分かるけど。
「そのゲームをやったかでなく、その女が好きかどうかを語りましょう。キング」
「ゲームやってないんだから、ヒロインも分かんねえよ」
なのに、この男はそう言って俺の話を聞いてくれないのだ。キング呼びもやめないし。
さらにタチが悪いのは、コイツがハマったものにめちゃくちゃのめり込むタイプだったことだ。
以前、趣味を聞かれた時、俺は話の流れ的に「この人飽き性なのかな?」と思ったから深く考えずに勧めたのに、まるでパズルのピースがぴったりと合ってしまったかのように、ギャルゲーの波がきちゃったんですよ。
ぶっちゃけ、桜川家の両親に怒られても仕方ないレベルです。とんでもないものを勧めてしまってごめんなさい。
しかしながら、桜川はこの学年の成績トップクラスに入るくらい頭が良い。あの病的なハマり具合が許されているのは、きっと、それが理由ではなかろうか。
「あのなぁ、キング。持ってないなら俺のをやるって言ってるじゃないの」
「ウチはゲーム禁止なんだよ。ギャルゲーなんてやってみろ。玄関先に裸で正座させられるわ」
「チッ……退屈だな」
桜川は悪態をつくが、そこまで怒ってはいないようで、持っているペットボトルから水を一口飲んだ後、
「それじゃキングがゲームをやる許可をもらった時のため、俺がオススメをピックアップして差し上げましょうか」
「いや、別にいいよ。俺そういうの興味ないし」
「ギャルか清楚か、キングは何系が好きだ?」
「ギャルに決まってるだろ」
「フッ、やっぱりキングは分かってるな。さすが俺が見込んだ男だよ」
嬉しくないよ。
そして、もう一つ嬉しくないことに、この時の話を誰かが聞いていたのか、後日俺がギャル好きだという噂が広まっていた。
本当に勘弁してくれ……。
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