第42話

 夏休みが目前に迫り、教室はどこか浮かれムードが漂っていた。

 とはいえ、お金持ちの子息令嬢ともなれば、習い事も多いし、社交会の行事に参加する用事なんかもあるから、そこまで遊んでいる暇はない。

 何より、めちゃくちゃたくさん学園から夏休みの課題が出るからね。

 そういえば真冬も、不思議と今も続いているメールの中で、休み中も習い事や塾で予定がぎっしりだから大変と言っていたっけ。

 クラスでも、友達同士で遊びに行く子たちは、あまりいないようだ。が、それでも数人で固まって遊びに行く予定を立てている子達を目にすることがある。

 今も、教室の後ろの方で、どこかのリゾート地にでも行く約束をしているのか、どこどこに行きたいとか、どこぞのブランド品を買いたいとか、嬉しそうに話している女子のグループがいる。

 生徒会メンバーを除けば、学年でも派手なグループだ。

 表立って対立することはないものの、希空や亜梨沙とは折り合いがあまり良くないらしい。ちなみに、この前義弥に告白したのも、そのグループの子だ。

 流し目でそれを一瞥し、それから窓の外に視線を向けた。

 夏休みかあ。

 思えば、初等部に入って三年経つが、夏休みにそれらしい予定が入ったことはない。たまには、夏らしいことしてみたいなあ。

 友達と、お祭りやプールとか行ってみたいが、小学生だけで遊びに行くことを良しとしない家も多いからなあ。「縁日って何?」って子も結構いるだろうし。

 明前咲也として転生してから、上流階級の生活を経験して、それが庶民とは本当にかけ離れているんだということを実感する。ゲームの世界だからなのかも分からないけどね。

 それはそれで刺激的だから、毎日がとても楽しいけれど、前世でも縁日とか花火大会とかに行くことは出来なかったから、友達とそういうところに行きたいという思いはずっとある。

 だから、亜梨沙の体験ツアーを兼ねて皆で行きたいなと考えたけど、少なくとも初等部の間は難しいだろう。

 というわけで、今日も俺は寂しくサロンへ向かうのだった。

 サロンは中等部や高等部の方々で賑わっていた。どうやら、生徒会メンバー同士で旅行に行く予定を立てているらしい。

 中等部に上がると、習い事がひと段落し、多少は時間の余裕が生まれてくることも多いみたいだからね。

 横目で先輩方を羨ましそうに眺めつつ、挨拶を返し、初等部の座るエリアに行くと、ぽつんと一人で座っている希空を見つけた。

 珍しいな、一人なんて。

 他のテーブルに知り合いもいないし、真っ直ぐそっちへ向かった。


「よう、希空さん」

「あら、咲也様。こんにちは」


 挨拶を返し、今日は一人なのか聞く。


「ええ。亜梨沙様も義弥様も今日は家の用事だそうでして。真冬も今日はピアノのレッスンがありますので早く帰りましたわ」

「そうか。ご一緒しても?」

「是非。一人ですと、やはり寂しくて」


 と、彼女は肩をすくめて苦笑した。

 希空のように才色兼備で交友関係が広い人が、一人でいるのは珍しい。

 一般生徒にも生徒会メンバーにもファンクラブがあるくらいには有名人だし、俺と違って他学年の人とも積極的に交流を持っているのだ。

 俺達がいない日は、別の学年の方と卓を囲んでお茶をしていると聞く。


「希空さんが、誰とも話さず一人でいるのは珍しいな」

「ふふ。そんなに珍しいですか? いつも周りに誰かいるわけでもないですし」


 いや、いるよ。いつも周りに。

 人に囲まれてるじゃないの。


「ただ」

「ん?」

「たまに、一人になりたい時は、ありますよ」


 一瞬、そう言う希空の表情が翳った気がする。


「何が悩みでもあるの?」

「え?」


 つい聞いてしまった。

 あまり踏み込むべきではないと思っているけど、このまま放っておくのは違う気がする。


「……」


 じっと、希空から値踏みするような視線を向けられる。

 目が怖いよ。俺は怖気づいてしまった。


「別に言いたくないならいい。でも、話を聞くだけでも楽になることもあると思う」

「……そうですね。ですが、人様にお話しすることでもないことです」


 希空は、首を横に振った。

 残念だが、そう言われては、これ以上無理に聞くことも出来ない。本人が話したくないなら、しつこく聞いても逆効果だ。


「分かった。無理には聞かない」

「申し訳ありません。……でも、本当に吐き出したいと思った時は、お話聞いてくださいますか?」

「勿論」

「ありがとうございます。では、この話はここまでに致しましょう」


 そう言って、希空は話を今日の授業の話に移した。まるで、今までの表情が最初からなかったかのように、いつも通りに戻った。

 俺もその調子に合わせて、相槌を返す。

 さっき、「本当に吐き出したい時」と言った時の、彼女が一瞬見せた縋るような瞳の理由を考えながら……。

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