第43話

 とある放課後、いつものようにサロンに寄った後、習い事があるからと早めに一人出て三年の廊下を歩いていた時のことだった。

 床にへたり込んでいる女子生徒を見つけた。

 初等部は部活動が盛んではないから、生徒会選別メンバー以外はあまり教室に残らず帰ってしまうことが多い。そのため、見渡す限り、廊下には俺と彼女の他に誰もいなかった。

 よく見ると、ただへたり込んでいるのではなく、立ち上がれなくなっているみたいだ。足を押さえているから、おそらく怪我でもしているのだろう。

 俺は慌てて駆け寄り、声をかける。


「大丈夫か?」

「ピッ!」


 ピ? 鳥かな?

 今のはもしかして、驚いた悲鳴ですか。いきなり声をかけたのは申し訳なかったけど、流石にそこまで怖がられるのは、多少なりともショックを受けるが、気にしないよう努めて状況を確認する。


「足が腫れてるな。捻ったのか」

「えっと、は、はい。わたし、鈍臭くて……」


 少し言い淀んだものの、彼女はそう言って首を縦に振った。鈍臭いのはあまり関係ないと思うけど。

 とにかく、捻挫くらいならば、俺の能力を使えばすぐに治療出来る。


「俺は治癒能力を持ってるから、君の捻挫をすぐ治すことが出来る」

「は、はあ」

「それでだ、俺は能力を使う時は直接身体に触れていなければならない。だから、もし君が差し支えなければ、治癒したいんだけど、触っても平気か?」

「ピッ!? そ、そんな恐れ多いこと! 大丈夫です、歩いて保健室まで行けます!」


 とんでもなく恐縮した彼女は、起きて歩こうとするが、足はプルプル震えて、顔も痛みを堪えて歪んでいる。

 こんな状態の人放っておけませんて。


「こんな状態で無理するな。転ぶ危険もあるし、患部をさらに悪化させる。大人しく俺の言うことを聞いて治癒をさせてくれ」

「……でも」

「俺では何か不都合でも?」

「ないです!」


 ようやく観念してくれた彼女が、右の靴下を脱いで足をこちらへ向けた。布の上からでも分かるほど盛り上がっていたから、予想はしていたが、赤く腫れている。

 これは痛いはずだよ。よく頑張ったな。

 俺は彼女の足に触れた。


「ふわぁ……何か温かいです」

「効いてる証拠だよ」


 少しくすぐったそうに彼女が言う。治るまではもう少しかかる。俺はあらためて聞いてみた。


「まだ名乗ってなかったな。俺は三年の明前咲也だ」

「知ってます。というか、知らない人はいないと思います」

「……そうか。それで、君は?」

「あ、申し訳ありません。さ、三宮実花(さんのみや みか)です。同じ三年です」


 やはり同い年だったか。

 顔は知らなかったが、その名前には聞き覚えがあった。多分、顔を見たことがないのは、同じクラスにはなったことがないからだろう。俺、あまり他のクラス行かないからさ。


「そうか。よろしくな、三宮さん」

「こちらこそ、よ、よろしくです!」

「怯えすぎだ。取って食うなんてしないから、安心してくれ」

「申し訳ありません!」


 何だか気弱な子だなあ。三宮さんって、確か生徒会選別メンバーでこそないけれど、父親が政界の重鎮であり、家柄的には決して劣らぬレベルの方だ。

 彼女の父親は、何かのパーティーでお見かけしたことがあるが、まさに酸いも甘いも吸い尽くしたという古強者といった人だった。

 目の前の彼女は、顔を伏せてとても恐れ多そうにしているけど、そんなことしなくても、もっと堂々としていればいいのに。亜梨沙のようにとまでは言わないけどさ。


「さて、そろそろ大丈夫だな」


 腫れが引いてきて、彼女に痛みがなくなったことを確認してから手を離す。

 彼女が、無事立ち上がることが出来ることを確認したので、ほっと息をついた。


「ところで、三宮さんはなぜ一人で廊下に? 何かの用事か?」

「……えっと」

「ああ、別に詮索してるわけじゃない。単に聞いてみただけだから、気を悪くしたならすまない」

「いえ! 少し習い事まで時間があったので、授業の予習をしていまして」

「そうだったのか。何にせよ、また同じことにならないよう気をつけて」


 俺は、三宮さんに「それじゃ」と告げて歩き出す。後ろから、


「あの、明前様! ありがとうございました!」


 と、声が聞こえたので、片手を振って返した。

 こうして能力を使って感謝されると、嬉しくなった。

 原作の咲也が、能力を単なる嫌がらせにしか使わなかったことが、勿体ないなと、そう思う。

 俺は、間違えない。間違えないようにしなければ。

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