第41話

「どなた様?」


 突然現れた声の主は、俺の問いに鼻で笑うと、すまし顔で答えた。


「人に名前を尋ねる時は、先に名乗るのが礼儀でしょう?」

「あ、はい。初等部三年、明前咲也です」

「あァ、知ってるよ。ウチの学年のキングじゃないの」


 知ってるのかよ。しかも同い年。

 あと、その「学年のキング」とかいう絶妙にダサいネーミングは何?


「有名でしょう。アンタに歯向かうと家族諸共、没落させられるって話だよ」

「何それ!?」


 初耳なんだけど!

 だから誰も寄ってこなかったのか。


「へえ、知らなかったのか。全くもってくだらない話だと思ってたけど、アンタの反応は面白かったよ」

「……俺は全く面白くないんだけど」

「それより、それは俺の特等席なんだ。ここにいたいなら別の席を探しなよ」

「え?」

「どいてくれって言ってるんですが分かりませんか、ハリボテキング」


 ハ、ハリボテキング……。

 さっきから酷くない? 何なんだこの人。イケメンだからって偉そうに。同じ学年とはいえ、全く話したことのない人に対して失礼な物言いじゃないか。

 ビジュアル的に、原作の登場人物ではなかったと思うんだけど、結局名乗ってないし。一体、この男子生徒は誰なのよ。

 とはいえ、どかないとまた詰られそうなので、素直に腰を上げて近くにある別の岩に移動する。うう、先がとんがっててケツが痛い……。痔とかならないといいんだけど。

 男子生徒は、フンと鼻を鳴らしつつも、満足気にその特等席とやらに腰掛ける。悔しいが、イケメンだし所作が滑らかだから、座る姿も俺なんかよりずっと様になっている。


「で、どちら様? 同じ学年みたいだけど」

「桜川鷹之助(さくらがわ たかのすけ)。アンタの隣のクラスだよ」


 義弥のクラスと同じだ。

 桜川は、話は終わりだと言わんばかりに、携帯をいじり始めた。

 一気に場が静まり返る。


「…………」

 

 一瞬、同じ学年の友達ができるかも、なんて思ったけど、全くもって無理そうです。

 俺のことハリボテキングって言ったし! ハリボテなのは認めるけど、俺はキングなんて名乗ってない!

 くそう、何でこんなことに……。

 というか、誰だよキングなんて言い出したの。今度、義弥に聞いてみよう。

 気を取り直して、俺は池の中に視線を落とし、泳ぐ鯉達を眺める作業に戻る。

 それから何十分か経った。

 普通に眺めて時間を忘れてしまった。この子達は、嫌なこと、全て忘れさせてくれるから……。


「なあ、キング」


 読んでいる本がひと段落したのか、パタンと閉じた後、桜川が声をかけてきた。


「何か?」

「ん? ……あァ、先程の無礼はお許しを。俺も少し気が立っていてね」


 俺の返事が塩っぽい理由を察したらしく、案外素直に謝られた。いや、素直にこられると逆に拍子抜けするじゃないですか。


「あ、はい」


 我ながら、何とも情けない返事をすると、気を取り直してと言わんばかりに、桜川は話を続ける。


「キングは、趣味とかあるかい?」

「趣味?」

「そう言ってる」


 急に普通の話されるとなんだか調子が狂うけど、まあいいか。趣味ね。

 あれ? 俺の趣味って何?

 アニメ見るのは好きだし、ゲームも好きだけど、身体を動かすのも好きだし、こうしてぼーっとしてるのも好きだ。

 難しいな。とりあえず無難に返しておくか。この中で最も子供らしい趣味といえば、やはりゲームとかだろうか。


「ゲームとかかな」

「へえ、意外だな。キングはもっとスポーツとかが好きなのと思ったよ」

「そんな意外か? スポーツだってもちろん好きだけど、ゲームだって好きだから」

「個人の自由だよな、そりゃそうだ」


 あけすけな物言いだし、失礼な奴だ。イケメンだからって、そんな風に自分のことだけ考えて喋っていると、女の子と仲良くなんて出来ないぞ。

 そして、いつか誰にも相手にされなくなるんだ。くけけ。


「キングは、どんなゲームが好きだ?」


 随分ぐいぐい来るな。

 理由を問うと、どうやら今やっている趣味は極めつつあるから、新しい分野を開拓したいらしい。

 しかし、ゲームはまだ触れたことがないらしく、どんなジャンルから始めればいいのか、俺の意見が欲しいとのこと。

 要するに、俺は今、彼が退屈しないような、趣味になり得るゲームはないのかと聞かれているということだ。

 いや、ほぼ初対面の俺に聞かないでよ、と思ったけど、どうやらあまりクラスに親しい子はいないらしい。

 でしょうよ。近付き難いもの。

 結局は、コイツも同類ということだ。

 だとしたら、


「ギャルゲー」


 奴におすすめするのは、そのただ一つだけだ。


「何だい、それ?」

「恋愛シュミレーションゲームだ。擬似的にゲームのキャラと恋愛出来る」

「へえ。たしかに興味深いけど、現実で女との会話に困ったことなんてないから、クリアなんて造作もないと思うけど」


 お前本当に小三か?

 親しい友人はいなくても、イケメンだから女子からはモテるのしら。

 羨ま憎らしい。

 いいや、負けてはいけない。


「それは現実の話だろ。現実で出来るからってゲームでも簡単にクリア出来るなんてことはない。やらずに言うだけは簡単だけどな」

「……アンタ、思ったより変な奴だな。面白い。そこまで言うなら、やってみようじゃないの」


 桜川は、面白そうに笑うと立ち上がり、そのまま校舎の方へ歩いて行った。

 ソフト名とか聞かなくていいの?

 まあ、自分で探せるか。

 というか、ギャルゲーじゃなくて対人コミュニケーション力を鍛えるゲームをオススメすればよかった。そっちの方がずっと大切なのだし、是非とも学んでほしい。

 あとキング呼びはやめてよ?


 後日。


「キング、今いいか」


 廊下を歩いていると、桜川に呼び止められた。


「いいけど」

「ギャルゲーって奴、やってみた」

「えっ」


 そうなんだ。って、廊下で話し始める話題ではないよ! 誰か知り合いに聞かれたらどうする!

 俺は、そそくさと桜川を廊下の隅へ誘導する。


「フン、そんな隠す必要ないでしょう。何か言うやつがいたら、言わせとけばいいじゃないの」

「いや、俺はそういうわけにはいかないから」

「ハッ、それより、キング。さすが俺が見込んだ男だよ、アンタは」

「何の話ですか」


 思わず敬語で返事すると、桜川は不敵な笑みを浮かべる。


「『どきどきメモリア』のメインヒロインが全然攻略出来ない。ゲームだと舐めてたが、アイツは大した女だよ」

「知らないよ」


 ハマったのかよ。

 すげえのめりこんでるじゃないか。

 こうして、俺は、生徒会以外ではあるけど、変な奴と知り合いになってしまったのだった。

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