第39話

 さあ、今日は庶民体験ツアー初回の開催日だ。

 今回は、放課後にサロン……ではなく、中央棟にある空き教室を借りている。理由は、駄菓子を持ってきていると、生徒会メンバーに知られるわけにはいかないからだ。

 玲明は、ブランドとしての価値の高い学校だ。全国的にもお金持ちの子供が通う有名校なのである。

 そこに通う生徒も、粛然たる姿でいることが求められているため、駄菓子を食べているのが見つかったら大変なことになる。波風は立てないに越したことはない。

 その辺は亜梨沙たちも見解は一致していたようで、場所については二つ返事で了解がとれたので、そこで俺と亜梨沙、そして義弥の三人だけで行うこととなった。

 希空に今日はサロンに行けない旨をメールしてから、教室を出て中央棟へ向かう。


「今日は一体何を体験させてくれるんだろうね、楽しみだなあ」

「そうですわね。まあ、私が驚くことなんてないでしょうけれど」


 義弥も亜梨沙も楽しみにはしてくれているようで、ほっとする。

 反面、期待値が高い分、「こんなもんか」とガッカリされたらどうしようという怖さもある。というか、駄菓子ってお金持ちの子に響くんだろうか。

 食べるどころか見る機会もないだろうから、物珍しさはあると思うんだけど。

 いつものようにあれこれ考え込んでいると、もう借りていた空き教室前まで着いてしまった。


「咲也さん、鍵をお願いしますわ」

「はい」

「何か緊張してない?」


 ぎこちない動作で鍵を開ける俺を見て、義弥が首を傾げる。


「してないよ」

「ふうん」


 否定したけれど、奴は意味ありげにニヤニヤと笑っている。心を読まないでほしい。

 扉を開けて中に入る。間違って誰かが入ってくることがないよう、内側から鍵をかけた。

 これで大丈夫だ。

 部屋の中は、会議室としても使われるのか、机と椅子がロの字の形に置かれていた。隅には流し台や電気ポットもあったため、ここを選んでちょうど良かったのかもしれない。

 俺は、電気ポットの中を軽く水洗いしてから、持ってきたミネラルウォーターを入れて電源を入れる。


「楽しみですわね。あの咲也さんが自信を持ってこうした場を用意してくださったのですから」

「ハードル上がっちゃうよねえ。僕も楽しみだよ」


 亜梨沙と義弥は、目を輝かせながら、俺のカバンを注視している。そう言ってもらえると嬉しいんだけど、本当に気に入ってもらえるか心配は心配だ。


「新鮮味はあるし、亜梨沙さんも気にいると思う」

「あら、それは楽しみですわ。ちなみに、今日持ってきていただいたのは、食べ物ですの?」

「ああ、お菓子のようなものだ」

「ふふ、それは楽しみですけど、私は味にはうるさいですわよ?」


 知ってるよ。だから心配なんだ。

 雑談に花を咲かせていると、お湯が湧いたので、持ってきた紙コップにティーバッグとお湯を入れる。


「それじゃあ、さっそく今日持ってきたものを紹介しましょう。俺が持ってきたのは、駄菓子です」


 と、カバンから袋を取り出し、中身を机の上に並べていく。余ったら自分用にしようとたくさん買ったから、全部並べる頃には机から溢れそうだった。


「……駄菓子?」

「聞いたことはあるなあ」


 二人の反応は正直微妙といった感じだったが、興味はあるようで、手にとってしげしげと眺めている。


「これは何です?」

「ああ、これはこうして……」


 中でも、亜梨沙は知育菓子が気になっているようだったので、やり方を教えてあげると、


「あ、色が変わりましたわ!」


 夢中になってやりだした。他にも笛のように吹けるラムネにも興味を持っていたので、吹き方を見せてから渡すと、楽しげに吹き始めた。


「これは何?」

「魚肉を小さくて平べったいチップ状にしたものだよ。ピリ辛でクセになる味なんだ」

「へえ。……ああ、味は安っぽいけど、いい感じに中毒性があるね」

「だろ。ほれ美味しい棒菓子」

「色んな味があるね。咲也のオススメは?」

「明太子かコーンポタージュ」


 義弥は、スナックやしょっぱい系の駄菓子が気に入ったようだ。

 すると、知育菓子の世界から戻ってきた亜梨沙が、義弥が食べわているのを見て、美味しい棒菓子を手に取った。


「ん! 私はたこ焼き味というのが気に入りましたわ」

「お目が高いな。俺もたこ焼き味は個人的に好きだ。ちなみに亜梨沙さんは、本物のたこ焼きを食べたことはあるの?」

「ないですわ。だから新鮮なのです。本物もこんな味なのかしら」

「お菓子だから、近からず遠からずだな。出来立てのたこ焼きはすごい美味しいよ」

「そうなのですか。では、いずれ連れていってくださいね?」


 と、食べるまでは訝しげな表情を浮かべていた彼らだったが、新鮮さと種類の多さに圧倒され、興味津々で駄菓子に手を伸ばしている。

 

「何なのでしょう。味は決して美味しいわけではないんですけど、どの駄菓子も私の興味を引きますわ」

「僕もだ。正直舐めてたよ。どれも小さいけれど、細かい趣向が凝らされていて、思わず感心してしまうよ」


 そら、駄菓子って子供が楽しめるように出来てるわけだし。大人びていて、とても初等部とは思えないなんて考えたこともあったが、こういうところは年相応といった感じだな。

 心配が杞憂で終わって良かったよ。二人とも気に入ってくれたようで何よりだ。


「庶民体験、とても有意義でしたわ」

「そうか。考えは変わった?」

「いいえ? 駄菓子は素晴らしいと思いますが、それだけではまだ私の考えを覆すものではないですわ」

「ええ……」

「なので、また庶民体験をエスコートしてくださいね、咲也さん」


 さすがに一度だけで考えを改めることはないか。

 にこりと微笑む亜梨沙に、俺は渋々頷くのだった。

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