第32話

「さあ、咲也さん。行きますわよ」


 放課後、井戸から幽霊が這い出る可能性について考えていたら、亜梨沙に声をかけられた。


「え、どこへ?」

「忘れましたの? 今日はサロンでお茶会をする約束ではありませんか」


 え、そうだっけ?

 手帳を見ると、おやたしかに書いてあるな。


「もう、しっかりしてくださいな」

「ごめん。考え事をしてたんだよ。って、義弥は?」

「後から来ますわ」


 いつになく素っ気ない態度で、亜梨沙はそう言って、先に教室を出て行く。俺も慌てて後ろをついていった。

 どうしたんだろう。義弥が何かしたのかな。全く、わがままな姫の面倒を見るのは大変なんだぞ。

 今日は、二年の生徒会選別メンバープラス真冬でお茶会をする約束となっている。

 真冬が入学して、もう何ヶ月も経つので今更という感じもするが、習い事をはじめとした予定が沢山入っている俺たちの都合を合わせるのは、中々に難しかったのだ。

 本当に大変だった。

 言い出しっぺである俺が、日程調整をちまちま行い、ようやく今日なら皆の予定が合うということで実施の運びとなったのだ。

 今日を逃すと、しばらくは予定が合う日はないみたいなので、忘れないようにしないとと思っていたのに、あの映画め。

 今でも夢に出るなんて迷惑すぎる。

 あれから姉様は少しだけ優しくなったのはよかったけどさ。

 それはさておき。

 お茶会が楽しみだ。

 何せ、真冬とまともに話すのは、花を渡したあの時以来だ。接触を図り、彼女に自信を持ってもらう作戦の遂行のため、何とかして動かなければと考えていたのだが、どちらも習い事で忙しく、サロンに顔を出す日があまり被らなかったのだ。

 お金持ちの子って初等部からこんな忙しいのかと、あらためて驚く。俺にとっては、全てが新鮮で楽しいと思えなくもないのだが、他の子は面倒だと思う子も多いんだろうなあ。

 というわけで、真冬との直接の交流というのはほとんど出来ていない。

 しかしながら、実はメールという形で、彼女と連絡は取り合っていた。

 あの後、花のお礼と称して、真冬から一通のメールが届いたのだ。

 彼女とアドレスの交換はしていなかったはずだが、どうやらお礼が言いたいからと、希空から聞いたらしい。

 もしかしたら、希空からお礼のメールでも送ったらとでも言ったのかもしれない。

 ノアえもん……。

 はっきり言おう、ベッドの上で飛び跳ねながら叫んじゃったよ。おかげで、隣の部屋の姉様から苦情はくるし、母様は何かを悟ったように「あらあら」なんて笑っているし、父様はちょっと青筋立てていた。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 その真冬からのメールを皮切りにして、俺たちの間で文通のようなやりとりが始まった。

 お互い忙しいから、決して頻度は高くないのだが、一回のメールに近況を長々と書いてお互いに報告し合うのは、なんだか秘密を共有しているようで、とても心が躍った。

 彼女からメールが来た時は嬉しくなったし、逆にメールを送る時はこれで返信なかったらどうしようと心配になったり、思わず一喜一憂してしまった。

 なんか学生っぽいなあ。

 今日は、久しぶりに真冬と直接話す機会がある。ここで、また距離を縮めるぞ。

 と、思っていたのだが。


「明前先輩、ご無沙汰しています」


 真冬の隣に綾小路君がいました。

 またこいつか。

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