第31話

 映画を観る前に、莉々様がお土産を持ってきてくれたので、それをいただくことになった。

 なんと、都心部にオープンしたばかりのチョコレート専門店のものだ。これ行ってみたいと思ってたんだよなあ。


「輝夜から、弟様が甘党とうかがっていたので、何を持っていこうか少し悩みましたのよ?」

「そうなんですか。チョコレートは好物ですので、とても嬉しいです」

「そう? お気に召したみたいで嬉しいわ」


 と、にこやかに微笑む莉々様。すごいわ、これはいつも周囲に男子がたくさんいるのも頷ける。

 その人たちは、彼氏でなくていいから、ただただお近づきになりたい、と考えて側にいるのだろう。

 あれ、ヤバい!

 この人とあまり仲良くしていると、嫉妬した取り巻きに良く思われないかもしれない。

 「のノア」の世界で、咲也を殺すメインキャラとは、成り行きで仲良くなってしまったけれど、まだ俺の平穏を脅かす者は他にもいるかもしれないのだ。

 これ以上の波風は立てないよう、大人しくしていないと。

 気を取り直して、お土産のチョコをいただく。一口サイズで、色んな味のチョコが入っている。

 俺は、紅茶に最近ハマっているので、ダージリンにした。ほのかに紅茶の味が広がって、チョコの甘味をちょうどいいものにしてくれている。俺、これ好きかも。


「弟様は、本当に甘いものが好きなんですのね」

「はい。それと、俺のことは咲也でいいですよ。思川先輩」

「あら。ふふ、先輩……。輝夜、私ついに先輩と言われたわ」

「よかったわね」


 さすがに直接話すのは初めてだし、先輩呼びをしてみたところ、莉々様はなんか目を輝かせて喜びだした。

 今まで周りに寄ってきた人は、皆が敬意をもって「莉々様」と呼ぶらしく、先輩なんて呼ばれたことはなかったらしい。


「やっぱり学校だもの。後輩からは、先輩と呼んで慕ってほしいわ」

「はあ。そういうものですか」

「ええ。でも咲也さん。私は、輝夜の弟である貴方とも仲良くしたいと思っているの。是非、私のことは名前で、莉々と呼んでくださる?」

「分かりました。莉々先輩」


 そんなこんなで、自己紹介やお菓子を食べながらの小休憩も終わり、ついに映画を観るかという流れになった。


「今日は、私のお勧めの映画を是非一緒に観たいと思っていましたのよ」


 どうやら、映画を観たいと提案したのは莉々先輩のようだ。


「へえ。どんな映画なんですか?」


 もう教えてくれるだろうと思い、聞いてみる。

 きっと洋画かな、なんて思い巡らせていると、先輩は持参した鞄からディスクケースを取り出して見せる。

 それは。


「和製ホラーですわ。ジメジメとした陰鬱さがたまりません」

「……姉様は、知っていたんですか」


 姉様は、ついと俺から顔を逸らした。

 知っていたな。

 俺は、ホラーが苦手なのです。

 以前、リビングにいた時に、たまたま名作ホラー特集とかいうのが始まったので、姉様と二人で観ることになったのだが、最後まで耐えられなかった。嫌な思い出だ。

 だって! ソファにうずくまり、もう怖いシーンは見たくないから、終わった時に教えてくださいと姉様にお願いしたのに、この人井戸から女が湧いて画面から出てくるシーンの真っ最中に「もう終わったわよ」とか言うんだよ!?

 それ以来、俺は絶対にホラー映画は見ないことにしているのだ。

 クソ。だから姉様は黙っていたのか。


「あら? 咲也さん、顔色が優れませんわ」

「たしかに、調子が悪くなってきました」

「そうなんですか。もしかして、私とは観たくありませんか?」

「えっ」

「悲しいです。輝夜から、咲也さんはホラー映画をとても楽しんで観ていたとお聞きしていましたので、同士が出来ると思って、ずっと楽しみにしておりましたの……」

「あの」


 莉々先輩は、およよと心底寂しそうな顔でそう言った。

 いや、そんなつもりは。

 姉様助けて……って、いないじゃん。

 どうしよう。

 せっかくこんな楽しそうにしてくれているのに、無下に出来ない。


「あの、体調悪いのは気のせいだったみたいです。是非ご一緒いたします」

「まあ! 本当? 私、楽しみですわ」


 俺は、折れた。

 すると、パアッと顔を輝かせ、莉々先輩はガッツポーズを作る。なんだかイメージと違うな、この人。


「お菓子と飲み物を持ってきたわ」


 見計ったかのようなタイミングで、姉様が現れた。お菓子とかを取りに行っていたようだが、絶対にわざとだ。


「輝夜、咲也さんも楽しみにしてくれているんですって! 私、後輩と趣味について語り合う夢が叶いましたわ」

「そう。よかったわね、莉々」

「ええ! さ、早く観ましょう? 咲也さんも。この映画は、恐怖を煽る手法がとてもよく出来てますのよ」

「はいよろこんで……」


 こうして、俺は自らの身をホラー映画に捧げた。

 その日からしばらく、夜にお手洗いに行けなくなったけど、姉様は少し俺に対して優しくなったような気がした。

 そして、莉々先輩とはまたホラー映画を観る約束をさせられてしまった。

 どうしよう! 誰か助けて!

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