第21話
「亜梨沙さん、どうしたの」
と、その手にタンブラーのようなものが握られている。もしや、以前言っていた「料理」ってこのことかな。
「実は、これからクラス対抗リレーに臨まれる咲也さんに、エネルギー吸収効率のいい栄養ドリンクを作って来ましたの」
「あらあら、咲也さんも隅におけないわね」
茶々を入れないで、母様。
そして、やはり予想は当たっていたようだ。まさか、手づくりの栄養ドリンクを作って来てくれるなんて思わなかったが。
まあ、各自で昼食を用意している可能性の高い今日みたいな日に渡すなら、栄養ドリンクのように食後でも飲めて味も失敗しにくいものはベストな選択だろう。
「ありがたくいただくよ」
「ええ! 私の能力でキンキンに冷やしてますから、是非これをお飲みになって、我が組を優勝に導いてくださいませ!」
「プレッシャーかけてくるなあ」
胸を張る亜梨沙に苦笑する。負けず嫌いだなあ。
そんな俺たちを見て、
「銀水家の娘さんで、亜梨沙さんだったかな。息子のためにありがとう。お礼といっては何だけれど、食後のお茶でも一緒にいかがかな?」
父様が提案する。たしかに貰いっぱなしは申し訳ない気がしたが、なんか裏がありそうな提案だ。
お互い大企業の子だから、許嫁候補の一人と見ているのかもしれない。値踏みするのはやめてくれ。
この学校は、身分の保証された子が通う学校ということもあり、親からすれば子どもの結婚相手を探せる場所であり、俺たちからすれば恋愛結婚する唯一のチャンスでもあるのだ。
このまま、無理やりくっつけられたりするのは俺も亜梨沙も望むところではないだろう。
「そんな、一家の団欒をお邪魔するわけには参りません。こちらをお持ちしただけですし、私も食事の途中で抜けて来てしまいましたので、これで失礼いたします!」
と、亜梨沙は緊張か顔を赤くしながら早口でそう言うと、俺にタンブラーを半押し付ける様に渡し、去っていった。
緊張してたのは分かるけど、お茶するのも嫌かしら。ちょっとへこむなあ。というか、このタンブラー冷たっ! 能力でずっと冷やしてくれていたのだろうけど、氷を持っているみたいだ。
「ふむ。まだそこまで親密ではなかったかな」
「ただの友達ですから」
「残念だ。まあ、他にも仲良くなった子がいたらいつでも家に連れて来なさい」
嫌だよ。
気を取り直し、タンブラーの中身を飲んでみようか。
蓋を開ける。
「うっ!」
開けたことを後悔した。何これ。俺が知っている飲み物のどれとも一致しない色してる。あの子何入れたの?!
でも飲まないのは、作ってくれた人に申し訳なくて出来ない。そして、角度的に中身が見えていない家族三人は、これから飲むのかなと視線を向けて来ている。
だめだ。逃げられない。
「どうしたの、咲也?」
なんとなく、様子がおかしいのを察知したのか、姉様が首を傾げる。
バレてはいけない。こんなの見られたら、銀水家の娘が明前家に毒を盛ったなんて後ろ指を差されてしまう。友達付き合いをやめるよう言われるかもしれない。
せっかく出来た友達を失うわけにはいかない。なにより、亜梨沙に悪気がないのは分かっているし。
「い、いえ、何でも。美味しそうだなと思って、つい」
「そう、それは良かったね」
ええ、何でどこか不機嫌そうなんだ。
いや、今は姉様よりこの劇物だ。下手に残すと見つかるおそれがあるから、一気飲みで流し込むしかない。
「……」
ええい! ままよ!
……うわあ、なんか舌触りがヌルヌルして、ナマコを飲み込んでいるみたいだ。なのに、ほのかに小さい頃飲んだ風邪薬の様なビタミン系の味がする。亜梨沙には申し訳ないが、美味しくはない。
とはいえ、能力のおかげでかなり冷えているため、味が感じづらくなっているのが救いか。
なんか胃が受け取り拒否しているんだけど、うまく飲み込めない!
ああ、意識が遠のく……。
気がつくと、昼休みが終わり、自分のクラスの応援席に立っていた。
……あれ?
「さ、そろそろ出番だよ、咲也」
隣にいた義弥に言われ、未だ朦朧とする意識のまま歩いていくと、入場口の前にクラス対抗リレーに参加する先輩方が集まっていた。
「明前君、来たか。泣いても笑ってもこれで勝敗が着くからな。後悔のないよう全力を出し切ろうぜ」
「……が、がんばります」
倉敷先輩に話しかけられたので、なんとか会釈を返す。
意識ははっきりしてきたが、身体が深部から熱い。血液が沸騰しているみたいだ。あの子、ホント何入れたんだ。
クラス対抗リレーは、それぞれ組ごとに走る順番を決めるため、違う学年の先輩や後輩と走る場合もある。まあ、大体は第一走者が一年で、以降学年が一つずつ上がっていき、アンカーは六年となることが多いらしいが。
うちの組も例に漏れず、第一走者は俺である。
ここで、出来るだけ差を広げて次に繋げることが俺の仕事というわけだ。張り切っていこう。
司会の放送とともに選手入場となったので、先輩たちとの会話を止めて小走りでトラックの内側へ向かう。ドリンクのせいですごく身体が軽い感じがする。火照りも止まらないし、これ絶対マムシとかそれ系入ってるよ。
中央まで進みます、一度整列した後、各自の配置へ向かう。俺は第一走者だからスタート地点へ。
玲明のグラウンドにあるトラックは一周400mだ。そこを、スタート地点と半周した200m地点の二箇所でバトンを受け渡していき、最後に第六走者がスタート地点に戻ったところでゴールとなる。
さて。
他の組の第一走者は誰かしら。多分、一年で固まるんじゃないかな。と、思っていたら、俺の横に並んだのは皆先輩方だった。
なるほど。下級生が走る可能性の高い一番目に上級生を当てて差をつけた後、ゴールまで逃げ切る作戦か。
汚ねえ……。そこまでして勝ちたいか。
でも誤算だったな。俺は今、ドーピング状態だ。結構いい勝負いくんじゃないかしら。
「や、今日は良い勝負をしようじゃないか」
「ええ。先輩方の胸を借りるつもりで頑張ります」
横に並んだ上級生に話しかけられたので、当たり障りのない返事をしておく。くそう。今に見てろよ。
と、その時。
「う゛っ……?」
突如、吐き気の様なものが俺を襲う。
結構やばい声だったのか、隣の煽ってきた先輩が、思わず心配して声をかけてきた。
「君、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ちょっと昼に食べたナマコみたいなものが暴れてて……」
「本当に大丈夫?!」
先生を呼ぼうとする先輩を制し、前を向く。吐き気はやばいが、身体の火照りや身軽さも最高潮だ。
さっと走りきってそのままトイレに行ければ、大丈夫。人としての尊厳を保てる。
よし。
パンと発砲音が鳴り響いた。
思い切り、力の限り走る。
周りの歓声が気持ちいい。
そのうち、なんだか身体がふわふわしてきて、どこまでもどこまでも行けそうだった。
順位なんて気にしている余裕はない。ただ、前に俺以外は走っていなかった。
こうして俺は、一位のままバトンを次のランナーへと渡し、その勢いでトイレへと全力疾走したのだった。
緑色のゲロなんて、前世でも出たことないぞ。亜梨沙は、本当に何を作ったんだ。
でも、彼女は善意で作ってくれたのだから、責めることなんて出来ない。が、せめて義弥に、変なもの入れないよう見張ってくれと伝えておこう。
結局、俺の組は逆転優勝したものの、しばらくトイレを離れられなかった俺は、その歓喜の輪に入ることはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます