第20話

 ついに今日は運動会当日だ。

 あれから自主練は欠かさずしてきたおかげか、自分でも体力がついたように思える。

 クラス対抗リレーのメンバーともバトン渡しの練習や走り込みを経て、学年を超えて仲良くなれたように思う。

 あとは、本番で全力を尽くすだけだ!

 

 朝。

 気合い十分にご飯をかき込む俺を見て、母様が微笑む。


「咲也さん、今日は頑張ってね。お母様もお父様と一緒に見に行きますからね」

「ありがとう、母様! クラス対抗リレーは是非見てくださいね!」

「ええ、楽しみだわ。ねえ、あなた」


 話を振られた父様がうむと頷く。


「ああ。……そうだ、咲也。怪我だけはしないよう気をつけなさい」

「大丈夫ですよ」


 父様は過保護だなあ。

 ……もう変なことはしませんよ。だから、もう少し信用してください。

 気を取り直して、姉様の方へ視線を向ける。


「姉様は玉入れに出るんですよね? 俺、頑張って応援しますね!」

「ありがとう。まあ、頑張るわ」


 残念ながら今日は敵同士ですけど、精一杯応援しますよ。

 だって、クールぶってるけど、人知れずこっそりと投げる練習をしていたのを俺はちゃーんと知っていますからね、姉様。


 今日は運動会なので授業はないが、朝は教室に集まることになっているため、駐車場で車を降りた後、下駄箱へ向かう。

 そこで、希空を見つけた。あちらも俺に気づいたようで、近づいてきた。今日は長い黒髪をポニーテールにしているため、ぴょこぴょこと跳ねて、まるで犬の尻尾だ。


「咲也様、おはようございます」

「おはよう、希空さん」


 あの歓迎会以降、銀水兄妹と希空とはかなり仲良くなってしまった。

 携帯を買った後、サロンで三人からメールアドレスを教えるよう言われて交換してからは、メールのやりとりも頻繁に行うようになった。

 いつの間にか名前で呼び合うようになっているし、こうして校内で会えば会話を交わすくらいには気を許している。

 もう普通に友達じゃん!

 でも今更冷たい態度なんてとれないし、まあ一緒にいて楽だからねえ。


「クラス対抗リレー頑張ってくださいね。私、応援いたしますから!」

「ありがたいけど、あまり期待はしないでよ?」

「ええ! 分かっています」


 希空はふんすと鼻を鳴らしている。いや本当に分かってる? 期待しないでよ?


 希空と教室の前で別れ、中に入る。すでに勝とうと言う熱気に満ちている。

 団結したクラスだなあ。


「明前様、今日はクラス対抗リレー頑張ってください!」


 入って来たことに気づいた女子生徒が何人か、俺のところへやってきてそう言った。話しかけてもらえて嬉しい。それに、そんな顔を赤らめながら言われると、勘違いするからやめてほしい。

 彼女らにありがとうと伝え、自席に向かう。すると、


「モテモテじゃないか」


 ぬっと義弥が現れた。


「そんなんじゃないでしょ」

「いやあ、咲也は女子から密かに人気があるみたいだよ」

「普段全く話しかけられないんだけど」

「きっと恥ずかしがってるのさ」


 そんなことあるのかと疑問に思う。

 普段から話しかけられたりすればある程度察するけど、そうでないと、単なる自惚れじゃないかと不安になるよね。


「クラス対抗リレーは盛り上がりそうだね」

「誰のせいだと思ってるんだ……」


 はあ。

 まあ決まったものは仕方ない。やれるだけ頑張ろう。

 それから、先生がきたので、誘導に従いグラウンドへ向かった。

 リレーまでなるべく体力を温存しておきたいのが本音だが、団体競技すごく楽しそう。まずは大縄跳びだ。頑張るぞ!

 結果、うちの組は四十回跳んで一位だった。

 運動会前、体育の授業を使って大縄跳びの練習に充てるのだが、その時から好成績を出していたから、良い線いくだろうとは思っていたけど、ここまで出来るなんてすごい!

 おまけに、練習を通して、朝の子のように一言だけとかではあるが、クラスで話かけてくれる子が増えた。縄跳び様々である。

 しかし、その後に続けて行われた障害物走と借り物競走は、残念ながらあまり成績は振るわなかった。

 まだまだ勝負の行方は分からないといったところで、午前の部は終了だ。

 うちの組は総合二位なので、まだ挽回できる芽はあるが、逆に三位に抜かれる可能性もあるため、油断できない。

 まずいな。このままだとクラス対抗リレーの成績によって決着がつきそうな雰囲気だ。胃が痛くなってきた……。

 とにかく、昼休みだ。気を取り直して保護者用のスペースに向かうとしよう。


 保護者用のスペースは、グラウンドの脇に設置された大量のテントの中にある。机や椅子が置かれてているので、基本的にレジャーシートなんてものは使わない。

 また、多くの家は自宅で料理人や使用人が作った弁当を持たせるし、当日も校内にあるカフェテリアで軽食や弁当を買えるため、玲明にとって親の手作り弁当というのは無縁な話だったりする。

 明前家だって、今日は家の使用人が作ったお弁当を持たされている。まあ、うちの場合、母様がまだ厨房には立てないからというのもあるんだけど。昔、姉様の運動会の時は手作り弁当を作ってらしたみたいだし。

 混んでいる人混みをすり抜け、明前家のテントを探す。

 あ、いた。

 父様と母様のいるテントを見つけたので、そこへ向かう。


「父様、母様! 見てくださいましたか?」

「ああ、咲也は随分楽しそうだったな」

「ええ、とても!」


 父様に頭を撫でられる。傍らで母様も微笑んでいた。

 その後、姉様がくるのを待って、家族揃ってお弁当を食べた。明前家で雇っている調理人が作った幕の内弁当だ。具の一つ一つがとても手間をかけて作られていて、とても美味しい。とくに唐揚げと煮物が気に入ったので、今度また作ってもらおう。

 食後、午後の競技について家族で話をしていた時、


「失礼いたします。咲也さん、今よろしくて?」


 亜梨沙が一人でテントの前に立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る