第16話

「皆さん、お待たせしました。ご注目くださるかしら?」


 と、話がひと段落ついたところで、丁度よく女性の先輩の声が響き、生徒会室内の会話がピタリと止まった。

 高等部の方だろうか、スラリと背が高く、玲明の制服を着こなす様は宝塚のスターのように麗しい。


「本日はお集まりいただいてありがとうございます。またこうして皆さんと新学期を迎えられて嬉しいですわ」


 堂々とした所作で挨拶を済ませたその先輩は、今期生徒会長の栗栖道流様だ。名は体を表すんだなあと惚れ惚れする。

 栗栖様は、今日この場は新たに入学した俺たちの歓迎会のため用意したものであること、このメンバーで一致団結していこうという趣旨の話を終えると、新入生に一人ずつ立ち上がって一言挨拶をするよう促した。

 ここは失敗できない。下手なこというと、この生徒会というコミュニティに入り込めなくなる。そうなったら玲明での学校生活は終わりだ。

 義弥が無難な挨拶を済ませ、次に俺の番がやってきた。

 気合を入れる。

 よし!


「明前咲也でひゅ。……よろしきゅお願いします」


 表情が凍った。

 噛んだ。しかも、二回も噛んだ。


「……っ! ……っ!」


 おい、希空。口を押さえて笑いを堪えるな。義弥もニヤニヤするな。亜梨沙は溜息つかないでください。一番きく。

 とはいえ、さすがは玲明。誰一人表立って茶化すようなことはせず、何事もなかったように会は進行し、歓談を楽しむ時間となり、栗栖様も自席へ戻っていった。

 すると、周りの卓の先輩方が話しかけにきてくれた。

 この生徒会室の説明や、今の役員をやっている先輩等、懇切丁寧に説明してもらった。どの先輩も気さくで優しそうだったので、なんとかうまくやっていけそうだ。

 選民意識の強そうな先輩もいて、それは少し怖かったけどね。

 生徒会は、選別された生徒しか入ることのできない組織の上、全員が由緒正しい名門の子どもだ。自分が選ばれた人間だと思っても不思議ではない。事実、咲也がそうだったのだから。

 ……気をつけよう。


 ひと通り先輩方との挨拶を終えたところで、少し喉が渇いた。この生徒会室のサロン部分には、コンシェルジュがおり、お茶や簡単な軽食ならもらうことができるようになっている。

 他の三人に断りを入れて、お茶をもらいにいく。


「あら」

「えっ」


 すると、一番初めに挨拶をされていた生徒会長の栗栖様とばったり鉢合わせしてしまった。


「明前さんもお茶を?」

「はい。皆様にとても良くしてもらい、つい話し過ぎてしまいましたので、喉が渇いてしまって」

「そう言ってもらえると嬉しいわ! ここの紅茶は良い茶葉を使っているからどれもオススメよ」

「ええと、それじゃこのオレンジティーを」


 その後、コンシェルジュにお願いして待っている間も、栗栖様が会話を続けてくれたおかげで手持ち無沙汰になることはなかった。彼女は、とても快活に喋られる方だが、気の強さはあまり感じないので、話していて気持ちが良い。さすがは生徒会長に推薦されるだけある。

 そして、一足早く注文していた飲み物を受け取った栗栖様だったが、そのままサロンに戻るというわけではなさそうだった。


「栗栖様はどちらへ?」

「ああ、この奥に執務用の別室があるのよ。少し目を通しておきたい書類があって」


 そうだったのか。言われてみれば、たしかに奥に扉が見えるので、普段生徒会としての活動はそちらの別室で行っているのか。

 まあ、このサロンでは集中して生徒会活動は難しいだろう。ゆったりとした空気に溢れていて、とても真面目に書類作業とかのできる感じではない。

 というか、本当にここ広いな。これが選別された生徒だけ利用できるというのだから、まさに特権階級だ。


「そういうわけで、せっかくの歓迎会なのに申し訳ないけれど、少しだけ席を外させていただくわ。またね、明前さん」

「はい。ありがとうございます」


 栗栖様を見送り、頼んでいた飲み物が出来たので受け取って席に戻った。

 テーブルでは、希空たち三人が歓談していたので、邪魔しないようにそっと戻ったのだが、義弥に見つかった。


「生徒会長と随分仲良さげだったね」


 見られていたのか。

 それを聞き、亜梨沙が不満そうに言う。


「私の誘いは断りましたのに……」

「別に仲良くないですって。たまたま飲み物をもらいにいくタイミングが被ったので、少しお話に付き合っていただいただけです」


 弁解するが、機嫌を損ねてしまったようだ。

 思い返す。

 たしかに、朝の教室で話しかけてくれた彼女への態度は褒められるものではなかった。たとえ、彼女のゲーム内での印象が最悪だったとしてもだ。

 違うな、ゲームの世界のことだからこそ、鵜呑みにしてはいけなかった。

 ゲームとこの世界は違う。たしかに前世の俺にとって、この世界はゲームの中の出来事に過ぎなかったけれど、今の俺にとってここは現実なのだ。

 ゲームの中の亜梨沙だって、プライドは高かったが、咲也のように卑怯なことにまで手を染めなかったところを見るに、本人なりに考え方の芯は通していたのだ。

 察するに、あのような態度でいたから、生徒会メンバーしか仲良くできる人がいなかった結果、その人たちのような考え方に流されていったのではないだろうか。憶測でしかないし、そもそもゲームだからそこまで深く設定練って作ってるわけはないんだけどさ。

 でも、今目の前にいるのは、俺にとっての現実世界に生きている、選民意識は多少あれども、わがまま気質で周りに構ってほしいだけの六歳の女の子だ。

 固定概念に囚われて、最低なことをしてしまった。

 

「銀水亜梨沙さん」

「はい、かしこまって何です?」

「朝は失礼なことをしました。ごめんなさい」


 頭を下げて謝る。


「あらためて、俺と友達になってください」


 都合のいい奴だと呆れられるかもしれないが、やはり誠意は示すべきだと思った。

 亜梨沙の顔を窺うと、なぜかポカンとしていた。


「明前さん、私はもうとっくにあなたを仲間だと思っていてよ」

「朝はお断りしたように記憶してますが」

「あれは照れ隠しだったのでしょう? だって、いきなり私のような美少女から話しかけられたらそうなるに決まってますわ!」

「ええ……」


 ちょっと真面目な空気出して言ったの後悔したよ。

 でも、やはり確信した。

 銀水亜梨沙という女の子は、根はまともだ。きちんと道を示してあげれば、面倒見のいい先輩になりそうだな。

 思わず、笑ってしまった。


「何がおかしくて?」

「いえ、じゃあ、あらためてよろしくお願いしますね、銀水さん」

「亜梨沙でいいですわ。双子ですから、苗字だとどちらか分かりませんもの」


 それもそうだ。


「分かりました、亜梨沙さん」


 すると、横から義弥がぬっと視界に入ってきた。


「それなら、僕のことも名前で呼んでくれるかい、咲也くん?」

「何でですか?」

「ええ、ひどいなあ。せっかく僕とも友達になってくれると思ったのに」

「冗談ですよ、義弥くん」

「……人が悪いなあ、もう。あと、敬語もいらないよ。同い年なんだから」

「それはもう少し仲良くなってからで」


 それからは、「私も混ぜてください!」とむくれた希空まで会話に入って、四人で時間を忘れて話し込んでしまった。

 俺たちの歓迎会なのに、俺たちだけで盛り上がってしまい顰蹙を買わないかビクビクだったが、どうやら杞憂に終わったようだ。……姉様は呆れた顔をしていたけど、見なかったことにした。

 それにしても、なるべく関わり持たないようにと思っていた三人とガッツリ仲良くなってしまった。

 大丈夫かなあ……。

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