第12話

 ついに、今日は玲明の初等部の入学式である。俺は、家の車から降りると、高くそびえる正門の前に立ち、学園内を見据えた。

 俺の将来はここでの生活次第。どうか穏やかな生活を送れますように。ついでに彼女もできますように。


「咲也。なぜ正門前で祈っているんだ」

「無事に学校生活を過ごせるようにです」

「いずれ生徒会に入るのに、そんな弱気でどうするんだ……」


 父様が呆れたように言う。

 仕方ない。やれることはやっておきませんとね。

 それに、俺は生徒会で権力を誇示するようなことをするつもりはありませんので。


「あら、明前様ではありませんか」

「雨林院様」


 げ! この声は!

 なぜここに。いや、目的は一緒だからいて当然か。それでも何で!?

 後ろを振り向くと、雨林院夫婦と希空、そして真冬の四人が車から降りてくるところだった。


「夫人とはこの前の採寸以来ですが、雨林院会長は久しぶりですね、いつもお世話になっております」

「こちらこそ、この前は妻がお世話になりましたね」

「おかげさまで先日は楽しかったですわ。咲也さんも、希空さんととても仲良くなったみたいで、何よりですわ」

「えっ」


 正確には、俺が仲良くしてもらっただけのような。あまり変に仲良しみたいな言い方しないでほしい。

 ほら、雨林院会長が俺を見る目が厳しくなった気がする!

 それに気づいていないのか、希空が俺の横へやってきて言った。


「ごきげんよう、明前様。もしよかったら、一緒に参りませんか?」

「……そうですね。是非お願いします」


 こうして、成り行きで一緒に会場まで行くことになってしまった。

 まあ仕方ない。この状況では断る方が不自然だし、感じ悪いからね。

 と、歩き始めると、自然と親は親同士、子は子同士で固まっていく。

 とりあえず俺は開口一番尋ねた。


「雨林院さん、お隣にいらっしゃるのは、もしかして妹様ですか」

「そうなんです。可愛らしいでしょう、自慢の妹なのです。ほら真冬、一人でご挨拶できる?」

「雨林院真冬と申します。よろしくお願いします、明前様」


 ぺこりと、希空の隣にいた小さな女の子が、こちらへお辞儀をしてくれた。

 そう、裏ボスである。

 なのに、背伸びしている感じが可愛らしい。姉同様に、将来は美人になるのだろうと思わせる端正な顔立ちをしているから、その仕草にグッとくる男は多いだろう。

 でも、裏ボスである。

 その所作は、五歳なのにどこかしっかりしようとしすぎている。まるで、姉に負けんと言わんばかりに見える。


「よろしく。きちんと挨拶が出来て偉いね」

「お褒めに預かり嬉しいです」


 素直に褒めてみたが、あまり嬉しそうには見えない。うーむ、これは仲良くなるまで時間がかかるかもしれないな。


 ふと周りを見回すと、中庭が目に入った。今の季節はスイートピー、牡丹等が色とりどりの花を咲かせている。

 春は咲く花の色が暖色系で鮮やかなものが多いから、見ていて癒されるなあ。……おや、あそこにはマリーゴールドが一輪だけ咲いている。綺麗だなあ。


「明前様、何を見てらっしゃるのですか? ……あら、マリーゴールド」

「ええ、一輪だけ咲いているみたいで、綺麗でーー」

「綺麗ですけれど、めでたい場にはあまり相応しくない花ですから、種が紛れてしまったのかもしれませんね。後で摘んでもらうようにしましょうか」

「ーーそうですね」


 長いものには巻かれましょう。なぜマリーゴールドなんて咲いているんだ。

 なんか隣で真冬が小さく吹き出したが、失礼な。最初から分かっていたよ、俺は。

 たしかあの花の花言葉って嫉妬、絶望とか……って、すこぶる縁起悪いじゃないか!

 ふと、中庭向こう側から遠巻きに同い年くらいの子たちの目線を感じる。

 明前家も雨林院家も家格的には生徒会入りするくらい高いので、その両家が一緒にいることで注目を浴びているのだろう。

 これもしかして、気軽に話しかけられない雰囲気?

 友達、できないかも。

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