13◇模擬戦

 少しの休息を挟むと、点呼された。姜の里の人々が次々に呼ばれる。


「――愽展可」

「はい!」


 勢いよく返事をした展可を、兵士が訝しげに見た。


「愽展可、十六歳。姜の里、愽家長男。――相違ないな?」


 役人の目つきが展可を上から下まで値踏みするようだった。きっと、女みたいなやつだ、くらいには思っているのだろう。


「相違ございません」


 展可は拝礼した。役人も展可にばかり構っているゆとりはないようで、すぐにうなずく。


「これから隊を編成するため、簡単な模擬戦を行う。名を呼ばれたら前に出ろ」

「はい」


 何もかもが初めてのことなので展可は戸惑うばかりだったが、それを面には出せなかった。


 模擬戦とは、用意された棒を使い、一対一で打ち合う程度のものだった。味方同士で傷つけ合っても意味がない。相手にひどい怪我をさせたら罰すると、厳しいことを言われた。


「姜の里、尤全、前へ」


 全が呼ばれた。展可が案じながら師を見つめると、全は腰を浮かせる。


「どれ、行ってくるか」

「お気をつけて」


 弟子が師を案ずるのも生意気だと、全は笑うばかりだった。ちなみに、他の里人はすべて負けて戻ってきた。武器がくわなら勝てたと言うけれど、その場合、なんの勝負なのだろう。


「でも、勝ったって最前線に送られるだけだろ? それなら負けた方がいいんじゃないのか?」

「そうそう。無事に生きて帰るのが大事なんだからさ、しょ――て、展可もあんまり張りきりすぎるなよ」


 里の小父おじさんがそんなことを言う。

 しかし、張りきるなというのは展可には無理なことである。もし、なんらかの役に立てたら黎基からひと声くらいはかけてもらえるかもしれない。そんな期待が捨てられないのだ。


「うん、そうだね」


 口と心は裏腹だった。


 

 全は、こちらに戻ってこなかった。それは勝ち進んだためである。さすがに全員で負けたのでは姜の里の面目に関わると思ったのかもしれない。

 その後の師の試合を、展可は悠長に眺めている場合ではなくなった。


「姜の里、愽展可、前へ」


 ドキリと胸が高鳴る。展可はさらしで押えた胸元を摩り、気持ちを落ち着けてから前に出た。


「はい!」


 やはりここでも兵士から怪訝そうに目を向けられた。――が、後がつかえている。兵士は淡々と続けた。


「武具や荷物はそこに置け。使っていいのは己の体とこの棒だけだ。相手に怪我を負わせるなよ。……まあ、お前には怪我をするなと言った方がいいな」


 子供扱いされたが、それも仕方がない。展可は棒を受け取ると落ち着いてうなずいた。


「ありがとうございます。では――」


 展可は刀剣や腰に巻いた薬入れなどを外し、言われた台の上に置いた。展可の相手は誰かと思って見回すと、一人の男が同じような棒を持って立っていた。


 年の頃は二十三、四くらいだろうか。中肉中背、顔立ちも平凡だ。ただ、浮かべた表情がその男の性質を表していた。着衣は上等の帛物きぬものだが、明らかに人品が卑しい。


 相手が子供だと気づいた時、その男はさらに顔を歪めて笑ったのだ。嗜虐心の塊と言える。弱者をいたぶるのが好きな男の顔だ。これなら展可も手加減は要らないと思えた。


瓶董へいとう、愽展可、両名構えよ」


 いけ好かない男は瓶董というらしい。

 瓶董はニヤニヤと笑いながら構えた。展可もまた、表情ひとつ変えずに構えた。


「始め!」


 相手から一切の手心は加えられなかった。瓶董は展可の首に向けて棒を思いきり叩きつけてきたのだ。

 怪我をさせない程度にという話を聞いていなかったのか。聞いていても、手が滑ったとでも言ってごまかすつもりだったのか。

 そうやってここまで生きてきたような男らしい。


 しかし、展可はこの荒っぽいだけの打ち筋を無駄な動きをせずに、頭を逸らすだけで躱した。その次の瞬間、展可の持つ棒が旋回し、瓶董の首筋に添えられる。

 当てたというほどのこともなく、展可は寸止めにしたのだ。一合も打ち合うことなく、展可は瓶董の急所を押えたのである。


 この男は相手を侮りすぎていた。だからこの時、何が起こったのかを理解するまでに随分と時を要した。ようやく呑み込んだ時には、まるで酒に酔ったように顔が真っ赤に染まっていた。

 展可の棒を手で乱暴に払い除けるが、それで展可が怯むことはない。


「おい小僧! 俺は侃群かんぐん嗇夫しょくふ(税務、訴訟をつかさどる)を務める羅丁敬ていけい三郎さんなん、羅瓶董だ! 俺への不敬は父の顔に泥を塗るに等し――」

「勝者、愽展可。次が控えているからすぐに引きなさい」


 瓶董の怒号は兵士に急き立てられ、すべて吐き出すこともできずに終わった。展可は一応頭を下げてから退いた。


 この戦地において重要なのは能力だ。地方役人の三男など、その集落を出てしまえば敬ってもらえるはずもない。それがわからないとは、視野が狭いまま年を取ってしまったようだ。

 まだ何か騒いでいた瓶董を置き去りに、手荷物を持って展可は勝者の方へ進んだ。



 勝者は約半数いるわけで、そんな中から全を探し出すことはできなかった。きょろきょろと周囲を見遣っていると、背の高い青年が隣に立った。先ほどの瓶董と同じ年頃だが、打って変わって爽やかな青年である。


 着ている服は麻で、飾り気もない。髪もまったく気にしていないといったふうで散切りだが、それでも見苦しくはない。顔立ちが凛々しいからだろうか。

 なよなよしたところはなく、視線も定まっており、多分強いと展可にはわかった。


「お前、随分と若いな。いくつだ?」


 馬鹿にするのではない。若いから心配だという目だった。


「十……六、ですが?」


 本来なら十七なのだが、展可は十六だ。だから、ここは十六と答えねばならない。

 警戒しつつ答えると、青年は眉根をキュッと寄せた。


「十六か。それじゃあ初陣だろう?」

「はい」


 青年は、そうか、とつぶやくと、うっすらと目を潤ませていた。展可の方が戸惑ってしまう。


「人が足りないから仕方ないにしても、お前みたいに若いのが戦に出なくちゃいけないんだから、不安だよな。配属が同じなら面倒も見てやれるんだけど」


 この人はどうやらいい人だ。面倒見のいい兄貴肌らしい。年下の展可を可哀想に思うようだ。


「お気遣い痛み入ります」


 こういう人もいるのだな、と展可はほんの少しほっとした。

 その時、この青年が呼ばれた。


とうの里、策瑛さくえい、前へ」

「はい」


 この青年は策瑛というらしい。これだけ人が多いともう一度会うとは限らないが、名前くらいは覚えておこう。


「じゃあな、気をつけてな」


 と、策瑛は大きな手で展可の頭をぐりぐりと撫でた。性質はまるで似ていないけれど、そういうことをするから兄を思い出す。離れてからまだそんなに経っていないのに、懐かしくなってしまった。


 ――策瑛はやはり強かった。難なく勝ち進む。

 とはいえ、師について習ったような動きではない。もっと野性的な、感覚で戦っているようなところがあった。我流であれなら、もしかすると名のある武人に習ったら相当強くなるのではないだろうか。


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