私は、「野望の王国」を知りませんでしたが、何人かの登場人物を検索すると、同じく雁屋哲氏原作(池上遼一画)の「男組」の画によく似ていたので、ちょっと吹いてしまいました。
特に、片岡仁なんて、「男組」に出てくる主人公のライバルである、神竜剛次にそっくりでした。
理想世界の構築ではなく、日本制服の名の下でのバイオレンス劇画のようですね。
作者からの返信
『野望の王国』は『男組』の連載中に始まった作品で、いろいろよく似ています。明らかに『男組』のより過激なバージョンとして作られた作品ですね。
『野望の王国』の主人公の片割れがまんま神竜剛次なのは、要するに彼を主人公にした話として『野望の王国』を考えたからでしよう。それにしても風貌までそっくりにせんでもいい気はしますが。
『男組』は『週刊少年サンデー』に連載されていたために、主人公は平等だの絆だの言って正義を標榜するわけですが、雁屋本人としては、そんなの馬鹿げているという思いがあったのでしょう。
というわけで、『野望の王国』の主人公達は完全に私欲のためだけに日本征服を企てるわけですが、そのくせ兄弟愛や恋愛に溺れて手を緩めてしまうあたりが面白いところ。
雁屋は悪が主人公の作品を書きたかったのでしょうけど、そこに徹しきれないところがあったのだろうと思います。それで、主人公よりも巨悪を登場させてそれを倒すという、なんか変な展開の漫画になってしまったように思えます。
サルまんで知ったの同じです笑
『男組』がバイブルで、池上遼一の絵が好きだったもんで、絵柄がなーとか思ってましたけど、読むとやっぱり最後まで。
柿崎は強烈でしたね。話もうほとんど覚えてないですけど、彼だけは主人公を食ってた気がします。
作者からの返信
『サルまん』は連載当時、雁屋哲から抗議を受けたらしいですが、結局『サルまん』はいい宣伝になったような気がします。ゴラクを読まない層が手に取るきっかけを作ったわけで。
そもそも『男組』が好きな人ですら『野望の王国』を『サルまん』経由で知っているというのが、本作というかゴラクというかの知名度の低さを物語っていますね。
池上遼一に似せようとしている由起賢二の絵柄は、最初違和感があるのはわかります。しかし、読んでいるとあれがクセになってくるんですよね。勢いだけの狂った内容に、あの絵はよく合っていると思います。
柿崎は途中で権力基盤を失ってからが面白いんですよね。もうほとんど詰んでいるのに、そこから次々と奇策を繰り出して蘇ってくる。普通の漫画だったら主人公がやるべきことを柿崎がやっている。
一方、主人公は黒幕として、できるだけ自ら手を下さないのが最上という立場にあるため、漫画の中での役割が逆転してしまうんですよね。